第181話 それぞれの新人紹介
「うちで、ですか?」
アンが頷いた。
「既にあの子は第三国の人間に顔が割れてしまっている。再びスパイ活動に戻すことは出来ない。かといって、ここで娼婦として働くのも厳しい」
「二重スパイを疑われる、ということね。そのせいでアウ・ルムでも客を取ることは出来ない」
なぜ囚われていたのに命が助かった? もしかして、敵国と通じているからでは? そう疑われてもおかしくない。
「そして、イーナが疑われてしまうと、他の子たちまで影響を受けてしまう。それはオーナーとして看過できない。だから、医者や関係者全員に事情を説明し、あの子にはこのまま敵の拷問のせいで死んだ、ということにした」
なるほど、話が見えてきた。
「そうすることで、フェミナンとスパイの関係を結びつける証拠が形としては消える。まあ、もちろん疑いはくすぶり続けるけれど、それでも手放せないのが快楽というものよ。現時点で、特にどこの支店に対しても営業妨害、業績悪化等の報告は来てない。本当にそういう話が広まっていたら、すでに支店はその国の人間に襲われ、フェミナンは傾いているだろうから」
社会的に彼女が死んだ事にすれば、方々が丸く収まるという事か。他の五大国ならまだしも、小国が証拠もなしに騒いだところで、名誉棄損でアウ・ルムにカウンターを食らい、滅ぼされかねない。
残る問題は、実際は生きている彼女の存在だ。死んだはずの人間が動き回っていたらおかしい。
「私が言うのもなんだけど、かなり優秀な子よ。特に隠密行動は忍者顔負け。けしてあなた達の足手まといにはならないわ」
「ちょっと待って」
前のめりに力説するアンの前に手の平を向けた。
「アンは、それで本当に良いの」
そう言うと、彼女は胸を衝かれたように押し黙った。
「やっぱり。イーナさんのこと、本当は手放したくないんでしょう?」
指摘すると、観念したようにアンは息を吐いた。
「当然よ。あんなひどい目に遭ったんだから。それ以前から、イーナにはアウ・ルムからの過酷な任務が課せられ続けていた。私たちのためにいろんなものを我慢して苦しい思いもいっぱいしてきた。もう休んでも良いはず。娼婦として働かなくても、他に色々とやりようはある。うちの屋敷で暮らすという手もあるって言ったのに」
「ならどうして」
「意識を取り戻してから今日まで、皆にこれ以上迷惑をかけたくない、迷惑をかける前に出ていくって、頑なに私の提案を拒否し続けてるの。隙あらば出ていこうとするから、今護衛のみんなに監視してもらって、何とか部屋に閉じ込めてる。ただそれもいつまで持つか。どうせ街から出ていくというなら、信頼できるあなたと一緒にいてもらえると、私も安心できる」
なるほど、イーナの言い分もわからなくはない。どんなに上手く匿えたとしても、些細な事で秘密は露呈してしまう。そして、秘密にしていた分突き上げは大きいものになる。なぜ隠していた、まさか、という疑いのコンボだ。「お願い」とアンが頭を下げた。
「突然無理な事を言っているのはわかってるわ。けれど、こんな話あなたにしか頼めないの」
彼女の頭頂部を見ながら思案する。正直、願ってもない提案だ。情報収集の重要さは身に染みて理解している。今はジュールやボブがメインで行ってくれているが、そこに女性目線が加われば更に多角的な物の見方ができる。女性でしか得られない情報も必ず存在する。しかしだ。本人不在のまま話を進めるわけにはいかない。
「アンの頼みはわかった。けれど、こればっかりはまず団員たちと相談したい。その後、本人と話をさせてほしい。傭兵は依頼次第、金次第で敵にも味方にもなりうる職業。アウ・ルム、ひいてはフェミナンに敵対する可能性だって出てくる。そしてなにより命の危険が常について回る。特に私たちはドラゴン討伐がメインだから、危険度は高い。そのことを本人に説明して、それでも良いというなら、私たちは迎え入れる。本人が嫌がったら、その時は諦めて」
「ええ、それでいいわ。あの子に会ってあげて」
「・・・あと、もう一つ。交換条件じゃないけど、私からも相談があるんだけど、良いかな」
「もちろん。何でも言って」
数週間後、完全に回復したイーナと面談を行った。最初彼女は、私たちにも迷惑がかかると渋っていた。私は自分たちの団のメリットデメリットに加え、彼女の能力を買っている点を正直に伝えた。アンのフォローもあって、イーナは新たなアスカロンの団員となった。
団員たちは、それはもう大層喜んだ。それも致し方ない事だと思う。イーナは女の私から見ても綺麗で魅力的な女性だった。ウェーブのかかった赤い髪、愛嬌のある大きな垂れ目、つんと上を向いた小さな鼻、ぷるんとした艶めかしい唇、チョコレート色のつややかな肌。悩ましいほどに抜群のプロポーション。前日に面談するんだけど、と団員たちに相談した時、全員が血走った目で「絶対採用してくれ!」「お願いだから引っ張ってきてくれ!」「神よ、今こそ団長に話術を」と逆にプレッシャーをかけられたほどだ。
ただ、その喜びは彼女の自己紹介でちょっと萎んでしまったけれど。彼女は、見た目と違って、と言っては失礼になるが、礼儀正しく真面目な性格だった。
「初めまして。アスカロンの皆さん。今日からお世話になるイーナと申します」
「「「「「イエアァァァァァッ!」」」」」
狂喜する団員たちに若干引きつつイーナは続ける。
「先日はオーナーをはじめフェミナンの皆を助けていただき、本当にありがとうございました。皆は私にとって家族みたいなものだから。アスカロンの皆さんにはなんてお礼を言ったらいいか」
「良いってことよ!」「女を助けるのは男の本懐だぜ!」「気にしない気にしない!」
「微力ながら、こちらで働くことでこのご恩を返せればと思います」
「フゥー!」「可愛い!」「健気!」「こっち向いて!」「君、料理何作れる?」「やったぜ団長より若い娘っ子だ!」「得意な事って何かな?」
昔見たアニメ映画みたいな質問したの誰だ。後、私を引き合いに出した奴、絶対探し出して報酬削ってやるから覚悟しろよ。
「え、ええと、得意、という訳ではないですが、自分がこれまで行ってきたのは、潜入、諜報、あと暗殺です」
空気が、固まった。真面目だから、イーナは自分の出来ることをきちんと説明してくれているだけだ。何ができて何ができないかを互いに把握しておくのは、連携の基本だからだ。ただ、そこまで言わなくても、という部分も言っている気がするけど。
「閨での実行が主でした」
団員たちのテンションが、みるみる下がっていく。多分、これまでベッド上で殺された相手と自分とを重ね合わせたんだろう。はっ、無意味な事を。どうして自分たちが彼女とねんごろになれると思い込めるんだ? ほんっと男ってバカばっかり。
「歴戦の猛者である皆さんの足を引っ張らないよう頑張ります。どうぞよろしくお願いします」
「「「「「よ、よろしくぅううう!」」」」」
それでも可愛い子が入ったことがマイナス面を上回ったらしい。
「ようこそアスカロンへ」
私は彼女に手を差し伸べる。
「今日から、私たちがあなたの第二の家族、みたいなものかな、なんて」
緊張がほぐれたか、年相応の笑顔で彼女は私の手を握り返した。さて、こっちの新人のお披露目は済んだけど、あっちの新人はどうなったかな?
―――――――――――――
「皆、ちょっと集まって」
フェミナン開店前、アンはスタッフ全員を呼び集めた。
「もうすでに知っているかとは思うけど、フェミナンは今後飲食業にも目を向け、事業展開させていく方針です。いずれはフェミナンで飲食に加え宿泊、そしてメインである風俗。訪れる旅人をフェミナン関連の店で満足させられるよう考えています。ですが、新たな事業を始める前に、我々が本当に顧客に満足していただけるものを出せるのかを確認せねばなりません。その一環として、本日より店内にてお酒を出すお店『バー』を試験的にオープンいたします。このバーはお酒だけでなく、簡単な軽食も提供します。これまでの食事では外のレストランにお金を落としていたけど、中で落としてもらった方が儲けにつながるし、皆の報酬にも還元されるしね」
スタッフがどっと笑う。
「では、そのバーの店主を紹介します」
どうぞ、と優雅な仕草でアンが手招きすると、一人の男が杖をつきながらゆっくりとスタッフの前に現れた。リハビリや、頑として言う事を利かなかった『前』雇い主からの退職祝いで送られた、体の動きを補助する魔道具のおかげで、一人で移動できるまでに回復していた。
「初めまして皆様。本日よりお世話になります、ギースと申します」
「中々良い男じゃない」「渋くて落ち着きがあるわ」「声も良い」「ちょっとタイプかも」
きゃあきゃあと明るい声が響くと、ギースは照れたように頬を掻き苦笑した。
女性陣の反応は上々だった。対して、男性陣はカチコチに固まって緊張していた。何故なら目の前にいる男は、自分たち傭兵崩れでも知っている有名傭兵団アスカロンの創始者の一人であり、かの龍殺しを鍛えあげた切れ者だからだ。事実、先日のオーナー誘拐事件の時、襲われた受付のシャワラ嬢を救い、的確な指示で自分たちをまとめ上げその実力を示している。
「オーナーのご厚意でこの度バーの店主を任されました。皆様、そしてお客様には美味い酒と精力のつく食事を提供させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
お辞儀する彼に、拍手が送られる。
「紹介も終わったところで、そろそろ時間ね。眠らぬ街で、一夜の夢を始めましょう。フェミナン、オープンよ」
「「「イエス、マム」」」
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