第180話 旧友の頼み
アンが待っていたのは、以前シャワラから話を聞くために借りた個室だった。私に会った彼女は、さっと私の顔を観察して、何かあったことを察したものの特に追及せず、すぐに何事もなかったかのように席に着いた。泣いたばかりで、多分酷い顔をしていたと思うが、それをわざわざ口にしない彼女に感謝しつつ席に着く。
「まずは、互いの再開を喜びましょうか。本当に無事でよかったわ。敵は人間だけじゃなく、ドラゴンまで出たってきいたから」
「ええ。何とか討伐することが出来た。かなり綱渡りの戦いだったけどね。・・・何? どうしたの?」
まじまじとアンが人の顔を覗いてくる。
「いや、アカリって本当に龍殺しなのねぇ」
「そのあだ名、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「同級生が龍を屠るとか、未だに信じられないわ」
「それを言ったら、私の同級生はこの世界ナンバーワンの娼館のオーナーで、下手な貴族よりも権力があるってことの方が信じられないわよ」
互いに顔を見合わせて、吹き出す。
「それで、ドラゴンを無事討伐できたのは良かったけど、もう一方の敵はどうなったの?」
「それなんだけど、ごめんなさい。逃げられたわ。というか、見逃された、と言った方が正しいかな」
ラーミナ討伐直後、ユグム山麓にて。全員の無事を確認出来たタイミングで、彼らは私たちを囲むように布陣した。武器まで携えたただならぬ気配に、私たちも武器を構えて応戦の姿勢を見せる。
「山頂での続きをご所望かしら?」
そう、中央で構えるソダールに言うと、彼は私の姿を見て鼻で笑った。
「満身創痍の分際でよく言う」
彼の言う通り、私はすでにぼろぼろで、身構えたものの一歩も動けないような状況だ。ムトの肩がなければその場で倒れてしまうだろう。他の面々も疲弊の色が濃く、コンディションは最悪と言っていい状況だ。くそ、車があれば、包囲を強引に突破できるのに。
にらみ合うことしばし。ソダールは部下に武器をしまうよう命じた。呆気にとられる私たちの前から撤退していく。
「お前たちとは、今はまだ協力体制が続いているからな。だが次は」
最後にソダールが踵を返す。
「次会う時は、敵同士だ。龍殺し。アスカロン。覚悟しておけ」
言い残して彼らは去っていった。
「という訳。アンには申し訳ないけど、犯人逮捕には至らなかった」
「そんなこと、別に良いの。すでにシャワラを守ってもらっているし、イーナと私を救出してもらっている。私たち皆が無事だった。あなた達も無事。それだけで充分よ」
「そう言ってもらえると助かる」
「あ、そうそう、あなた、うちのシャワラにずいぶん吹っ掛けたみたいね」
意地悪そうな笑みを浮かべてアンは言った。
「私の救出に金貨五百枚だなんて」
彼女が手を叩くと、部屋に男が一人、大きな麻袋を持って入ってきた。以前見かけた彼女の護衛だ。彼がその麻袋を私の方によこした。ずいぶんな重量があるらしく、袋を置いた机がミシッと軋んだ。アンが「ありがとう」と声掛けすると、護衛は一礼し、そのまま退室した。
「金貨で千枚あるわ」
「千?! 何で? 彼女に言ったのは五百枚だし」
そもそも、払ってもらえなくても救出に行くつもりだった。シャワラの覚悟を見ただけだったのだが。
「あなたが言ったんじゃない。私、こう見えてリムス最大の娼館のオーナーなの。その命、加えて優秀な部下たちの命。千枚でも安いくらいよ。改めてお礼を言わせて。本当にありがとう」
改めて言われると照れくさいが、依頼を達成できたのだという実感も同時にわいてくる。
「ただ、代わりと言ってはなんだけど、少しお願いをしても良いかな」
そういえば、アンはもともと相談事があると言って私を訪ねてきていたのだ。これからが本題という事か。
「相談事って聞いたけど、何かあったの?」
まさか、アウ・ルムに裏切られたのか、と最悪の事態まで考えたが、そうではないらしい。心配そうな私を見てアンは察し、「私たちの事なら大丈夫」と説明してくれた。
「私たちも、ただ奴らに言われるがまま協力してきたわけじゃないわ。既にフェミナンはアウ・ルムの内部に深く入り込んでいる。無理に私たちを切り捨てようとすると、自分たちまで傷つけるほどに、影響力の根は深く広く張り巡らされているの」
すでに今回の件はラクリモサを通じてアウ・ルム上層部に伝わっているらしい。少し前に彼女の元に届いたアウ・ルムからの知らせは、スパイ活動は今後も継続する代わりに、警備体制を充実させ、フェミナンを国を挙げて守る、という流れになった。
「ま、警備は本当だろうけど、実際は監視よね。今回の事でアウ・ルムが私たちを守ってくれないなら、その情報はいずれ第三国に渡っちゃうかも、みたいな話が会議で出たらしいから」
出たらしいとはよく言う。おそらく、その上層部が出席する会議に、自分の息のかかった貴族がいるのだろう。しかも、第三国云々の話は事実ではないかと推察する。彼女がその気になれば、いつでも各地の支店が本店に名前を変えることになる。例えばフェミナン『ラーワー本店』、『アーダマス本店』というように。この辺りはプルウィクス王家の事情と似ている。守ってくれないのなら、守ってくれる相手と協力するだけなのだろう。その時は、アウ・ルムの情報を手土産にすれば、もろ手を挙げて歓迎されるはずだ。流石と言うべきか、ずいぶんな搦め手を使うものだ。この分ならフェミナンがどうこうなる、という事はないだろう。
「何にせよ、警備が厚くなるのは良い事だと思うし、このまま利用させてもらうわ」
「アンやフェミナンが安全なのはわかった。なら相談事とは?」
「・・・イーナの事よ」
少し言いにくそうにしてから、意を決したようにアンは口を開いた。イーナ、確かソダールたちに捉えられていたスパイの娘だ。
「あの子を、アスカロンで面倒見てあげてほしいの」
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