第178話 大地の怒り
体が揺さぶられる。無意識の海から意識が浮上していく。意識に引っ張られるようにして、体を起こす。無呼吸症候群の人がする、引きつったような空気の吸い込み方をして目覚める。
「団長!」
荒い息をつく私を支えていたのはムトだった。
「ムト君?」
「よかった、気づかれたんですね」
「私は、意識を・・・?」
「はい。ラーミナに吹っ飛ばされた後、地面に落ちて。どこか、痛むところや吐き気はありませんか?」
ムトの話の後半は入ってこなかった。私はラーミナと戦っていたはずだ。奴はどうなった。慌てて立ち上がり、ふらついて、またムトに支えられる。
「急に動いたらダメですって!」
「ラーミナは。戦いはどうなったの」
尋ねると、ムトは私を肩で支えながら、ゆっくりと向きを変えた。
「もちろん、勝ちました」
面前にラーミナの巨体が横たわっている。
「団長が意識を失われていたのはほんの数分です。その間に撤収作業と、ラーミナが死んだのを確認しました。奴の心臓は止まっています。あと、団長のウェントゥスは回収しておきました」
私が気にしていることを、彼らはきちんと確認してくれたわけか。安心すると、足の力が抜けた。
「大丈夫ですか?!」
「うん、ごめん。ありがとう」
「無茶しないでください。麓から迎えに、あの車ってやつが来るはずです。それに乗って一足先に帰ってください。ラーミナの運搬は僕たちでやるので」
いつの間に車を実装していたのだろう。確かにパーツは揃っていた。エンジンはプラエが暇を見て作ってたし、部品の歯車に関してはゲオーロに渡しておいたが。今回の往復のために突貫で組み立てたのか。そういう事だったら、彼女らには無理をさせたかな。だが、ここはそれに甘えさせてもらおう。
「そうしてもらえるかな。流石に、今回はきつかった」
ラーミナに何度も襲われて何度も命の危機があって、倒すためとはいえ生身で空まで飛んだ。バンジージャンプすらやったことない私が、だ。今更ながら無茶をやったと思う。もう一度やれと言われてもできないことばかりだ。それほどの無理を押し通さなければ勝てない相手だった。どれか一つでも失敗していたらと思うとぞっとする。もちろん、勝算があって打って出たわけだが。
ゆっくりと腰を下ろし、カテナをラーミナに絡めていく団員たちを見守る。あのまま引きずって下ろすのだが、巨体ゆえにかなり苦戦している。ペルグラヌスも大きかったが、あの時は街の中だったからそのまま現地で解体できたので苦労はなかった。今後もっと巨大なドラゴン種とやりあう事もある。もっといい方法を考えなきゃいけない。
ぼんやりと考えを巡らせていた時だ。突如不気味な地鳴りがして、地面が揺れ始めた。
「地震か?!」「またかよ!」「作業中止! 中止だ!」
団員たちが戸惑いながら手を止めて地に伏せる。勝利に水を差すような、無粋な天変地異に眉を顰めるも、すぐに収まるだろうと、安心していたその時だ。
天が、赤く染まった。
「なっ・・・」
誰もが言葉を失い、空を見上げた。さっきまで見えていた月は隠れてしまっている。ほかならぬ、ユグム山から吹き上がる噴煙のせいで。赤く見えるのは溶岩だ。ユグム山が、噴火したのだ。
「撤退だ!」
いち早く指示を出したのはソダールだ。
「祖父が言っていた。あれが大地の怒り、ユグム山の噴火だ。過去にも一度噴火し、中腹にあった村が溶岩に飲み込まれている。このままでは、我らも飲まれるぞ!」
その言葉を受け、浮足立っていた心を無理やり着地させる。
「アスカロン、撤退! すぐに回収できるもの以外、道具は全て破棄して構わない!」
「マジですか団長! 地面に刺さったままのカテナは、いや、そもそもラーミナは!」
ムトが訴えるが、却下だ。
「溶岩がどんな成分で、どの程度の速さで流れてくるかわからない。火砕流とか、原理はよくわからないけど高速で迫ってくる脅威が起こることだってある。傭兵の原則は?!」
「うっうう、名誉の死より、明日の生ですぅ!」
「その通り! 全員、一目散に逃げるわよ! 合流は麓の安全圏!」
再びの逃走劇、今度は自然が相手だ。最近走ってばっかりだ。ムトにはああいったが、悔しいのは私だって同じだ。ありったけのカテナをこれでもかと使って、死ぬような思いで戦って、ようやく討ったラーミナを捨てることになるのだから。ドラゴンはそれ自体が金の生る木だ。鱗や牙、骨は武具の素材、魔道具の媒体になる。内臓や肉は加工すれば滋味豊かな万能食、捨てる所のない素材の塊なのだ。上位種ラーミナともなれば、鱗の硬さは身をもって理解している。高品質、高硬度、高価格の武具が出来たに違いない。
「くそ、くそォ!」
ムトに支えられながら、泣きたい気持ちをこらえて走る。稼ぎはほぼゼロ。むしろ雑費、経費でマイナスだ。多少の蓄えがあるとはいえ痛いものは痛い。
「うわあ、なんか赤いのが流れてくる!」
中腹辺りを越えた頃。後ろを肩越しに振り返ったムトが叫ぶ。つられて振り返ると、先ほどまで私たちがいた場所に溶岩が流れ込もうとしている。ああ、ラーミナが見えない。飲み込まれてしまったのか。何千年か先、ジュラシックパークみたいに地層から化石として発見されるのだろうか。
同時に、自分の判断は間違っていなかったと確信する。もったいながってあのままカテナ回収を命じていたら、間に合わなかったかもしれない。
「もうすぐですからね団長」
私を肩で担ぐムトが、額の汗を拭いながら最後の力を振り絞る。彼の言う通り、麓がみえてきている。他のみんなは、もう麓に辿り着いただろうか。
ジャアアアアアアアアアアッ
びくりと私たちは肩を震わせた。聞き間違いか、いや、違う。聞き間違えるはずがない。
空を見上げた。何かの影が過ぎり、地面を震わせて何かが目の前に落ちてきた。
「嘘でしょ。こんな時に?」
ラーミナだった。血を流し、翼の一部はおそらく溶岩のせいで焼け焦げ、満身創痍という言葉がしっくりくる状態で、それでも強大なドラゴンは目の前に立ち塞がった。なんという生命力、なんという執念。その状態で、私を追ってきたのか。
「死んだはず、死んだはずだ。だって心臓が止まってたんだぞ!」
もしかして、死んだのではなく仮死状態だったのか? 人間は電気ショックで心肺停止に陥るが、あれと同じことが起こったのだろうか。一時的に心臓が止まり、また動き出した。
あれこれ考えるのは後だ。今は生き残ることを考えないと。
しかし、どうすればいい。あちらと同レベルでこっちもぼろぼろだ。ウェントゥスは回収されたままで私の手元にない。あったとしても今の魔力でどこまで太刀打ちできるか。ムトだってここまで私を担いできて体力は尽きかけている。満足に動けるとは思えない。
絶対絶命。頭に四文字熟語が浮かんだ。
「ムト君、アレーナであなたを逃がすわ。そしたらまた、私が時間を稼いでいる間に助けを呼びに行ってくれない?」
彼の肩からゆっくりと逃れようとした。すると、がしっとわき腹に手を当ててホールドされる。
「嘘ですね。その傷で時間稼ぎなんかできるわけありません。それでしたら僕が囮になるんで、アレーナで飛んでいってください。そう言うからには一回くらい伸ばせるんでしょう?」
「無茶言わないで。あなたじゃすぐ捕まってしまうわ」
「無茶を言っているのは団長の方ですよ。今度こそ、僕はあなたの役に立ちます」
ジャア ジャアアアアッ
ラーミナが突進してきた。二人一緒に横っ飛びし、なんとか難を逃れる。そして理解する。このままでは逃げ切れないことを。溶岩もかなり近くまで迫ってきた。このままではラーミナと一緒に溶岩に飲まれるか、ラーミナに飲まれた後にラーミナごと溶岩に飲まれるかだ。覚悟を決め、アレーナに魔力を込める。せめて彼だけでも。こちらを振り返るラーミナを睨みながら、そう考えていた時だ。
『二人とも、伏せろ!』
通信機から突如指示が飛ぶ。何も考えずに指示に従い、その場に伏せる。
ラーミナのものとは違う唸り声。それがエンジンの駆動音だと後で気づいた。時速八十キロの物体が斜面の凹凸でその巨体を弾ませる。私たちの真上を飛んでいくのは、馬が引かなくても馬力が出る、この世界初であろう魔道具、人が運転する車だった。
私たちを飛び越えた車はそのまま直進し、ラーミナの横っ腹に直撃した。流石のラーミナも押し込まれていく。
「ギースさん!」
声で分かった。何度も聞いた声、私たちを導いてくれた声だ。間違えるわけがない。ギュルギュルとタイヤがその場で回転する。ラーミナとの力比べが始まった。ラーミナがハッとしたように後ろを振り向く。溶岩が、奴の間近まで迫っている。逃げようともがくも、車に取り付けた鉄板に鱗が引っかかったか上手く飛ぶことも体を逸らすこともできない。
このままラーミナを溶岩に飲み込ませる気だ。だが、そんなことをしたら。
「ギースさん! 早く逃げて! ギースさん!」
『駄目だ。今魔力を弱めたら逃げられる』
エンジンの唸り声が、弱々しいラーミナの吠え声をかき消す。
『アカリ、ムト、今のうちに早く逃げろ』
「ギースさん駄目です! ギースさんも! 一緒に逃げるんです!」
命がけでラーミナを縫い留めている彼に声をかける。駆け寄ろうとして、体を羽交い絞めにされる。
「ムト君、離して!」
「ダメです団長! あなたまで死んじゃいます!」
「命令よ!」
「その命令だけは聞けません! 後でどんな処罰でも受ける覚悟です! だから、絶対行かせません!」
ずるずると麓の方へと引きずられていく。
『ムト、そうだ。後は任せたぞ。団長を守ってくれ』
「はい! 絶対、絶対守ります!」
『アカリ。ここでお別れだ』
「そんな、嫌です、ギースさん! まだ一年経ってないじゃないですか。一年はいてくれる約束ですよね! こんな、こんなところで!」
『許せ。お前は、こんな契約違反をするんじゃないぞ』
こんな時だというのにギースは冗談を言った。車がさらにラーミナを押し込む。溶岩はもう目と鼻の先だ。
『じゃあな、アカリ。楽しかったぞ』
ラーミナの悲鳴が上がる。あれほど強靭だった奴の肉体が溶岩に飲まれ燃えている。車は、溶岩の熱のせいか、それともエンジンのオーバーロードか、溶岩が触れた瞬間爆発した。花火のように、白い破片が空に打ちあがった。
「ギースさぁぁぁぁぁぁんっ!」
涙が溢れ、視界を歪めていく。
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