第177話 雷光満つる処に汝あり

 地に伏すラーミナの上を、カテナの綱が飛び交う。

「引けぇっ!」

 網目状に張り巡らされた綱と、その先のカテナが地面に突き刺さるのを見計らい、テーバが指示を飛ばした。左右に配した団員たちが、力の限り綱を引く。四肢に力を入れ、身体を持ち上げようとしたラーミナの頭を抑えつける。ラーミナが身体をよじり、自身の体の周りにある煩わしい綱を自慢の鱗で削ろうとするが、ところどころにウィーテンで固められた場所があり、うまくいかない。

「行ぃくぞぉ!」

 坂道を走って下る。一直線に、わき目もふらずに。後ろに団員たちの気配を感じながら。

 空中でのやり取りで理解した。

 奴は、懐に潜り込まれるのが苦手だ。硬い鱗とその鱗を飛ばす攻撃方法は人間も動物も広く知られている。だから、これまで奴の至近距離に近づく生物はいなかった。奴にとっては自分の懐は自分と同族以外近づく者のない領域だった。だから、超至近距離に敵に潜り込まれることは未知の体験なのだ。


 ジャアアアアアアアアアッ


 迎え撃つようにラーミナが吠えた。

 綱に妨害されながらも振り回す爪は、それでもなお鋭く速く。身体を半身にして、最小限の動きで脳天に落ちてくる死を避けた。スピードを殺さず、ラーミナへと肉薄する。

 狙いは急所。脳のある頭、先ほど傷を負わせた横腹だ。鎌首もたげた頭部が近づく。

 苦手、未知とはいえ、それでも相手は上位種。ただされるがままでいるはずがない。綱の妨害が少ない真後ろに首を引き絞っている。S字に曲がっているラーミナの首が私たちに向かって放たれた。

「下がれ!」

 予期していたモンドが一歩前に出る。巨大な盾を斜めに、擦り付けるように当てる。ギャギャンッと盾が削れ、モンドが錐もみ回転しながら吹き飛ばされる。しかし、ラーミナの首も軌道を逸らされる。真正面から受ければ負けるのは必至。しかし、受ける威力は最小限、進行方向を変える事のみに焦点を当てた受け流しであれば、一度であれば可能。もちろん、モンドの力と技量があってこそになるが。

 そして、一度防げるだけで変わるのが戦局というものだ。

 伸びきった首に、団員たちはこれでもかと剣を、槍を突き入れる。ガリガリと鱗と刃先が火花を散らす。嫌がったラーミナが首を振り回すが、綱が邪魔になり思うように振り回せない。追い打ちをかけるように、団員が内側からもカテナを射出する。首の可動域をさらに縮小させるためだ。他の綱と絡み、ラーミナはさらに身動きが取れなくなる。

 アレーナを伸ばしてラーミナの背を越える。滴る血が見える。先ほど傷つけた横腹に到達。走りながら、ウェントゥスを腰だめに構えた。

「あああああああああああ!」

 体ごと叩きつける。狙い違わず、先ほどと同じ個所にウェントゥスが突き入れられた。


 ジャアアアアアアアアアアアアアアァッ!


 カテナの網の中でラーミナが悶えのたうち回る。暴れる度に噴き出す血液が体中にかかる。血に触れた部分が燃えるように熱い。構わずウェントゥスを伸ばし、ぐりぐりと中を抉っていく。足先で土を削りながら踏ん張る。鎧で覆いきれない腕や頬に鱗に触れる度に擦過傷が生まれて、血が滴り落ちる。痛みを無視して、ウェントゥスをさらに押し込む。

 咆哮が上がる。耳が潰れそうだ。至近距離で叩きつけられる咆哮は、もはや空気の壁だ。物理的な威力すらあるそれは、私たちの心をへし折りに来る。

「みんな、力を振り絞って!」

「「「応ぉっ!」」」

 負けじと声を張り上げる。互いに命がけだ。出せる物はすべて出す。力も技術も感情も全て出し惜しみなしで相手に叩きつけ、叩き潰す。

 ビン、ビンと綱が張る。向こうで、綱を引いているテーバたちの苦悶の表情が見えた。そろそろ押さえつけるのも限界かもしれない。急がなければ。

 バシン、とカテナが一本、大地から外れる。尻尾の部分を押さえていた綱が外れたのだ。

 動きを取り戻したラーミナの尻尾が縦横無尽に振り回される。悲鳴が聞こえた。団員とソダールの部下たちが何名かが飛ばされ斜面を転がっていく。安否を確認したいが、その暇がない。

 ラーミナが胴体を左右に振った。力士の体当たりを食らったみたいに体が軽々と吹っ飛ぶ。張り巡らされた綱にぶつかり、叩き落される。咳き込み、顔についた泥とも血ともつかない何かを拭いながら立ち上がる。

 強い。これだけ攻撃を加えてもまだ死なない。アスカロンとして戦ってきたこれまでのドラゴンの中でも随一だ。

 だが、この先に奴がいる。インフェルナムがいる。こいつを倒せないようでは、奴を倒すことなどできない。負けるわけにはいかない。

「すまん団長! そろそろ限界だ!」

 テーバが悲鳴を上げた。同時に一、二本とカテナが引き抜かれる。動き出されたら終わりだ。奴を止める術が無くなる。すでに胴体の下半分は自由になりつつある。判断を早くしろ。もっと効果的に、もっと効率的に。最大限の戦果を挙げるために、頭を回し続けろ。

「カテナで押さえる人員を最小限に! 後は全員狙撃に回ってトニトルス用意!」

 ここで決着をつける。

「団長無理だ! こんなに暴れられちゃトニトルスじゃ狙えねえ! そもそも針が刺さらねえぞ!」

 テーバが叫んだ。

「わかってます! だから、今から狙撃目標をつくります! いつでも撃てる準備を!」

「おい、何しようってんだ!」

「いいから、準備!」

 テーバが困惑する前で、私は再びラーミナの背に上った。源義経の八艘飛びを真似て、上下左右に跳ねる龍の背を飛ぶ。

 バシン、とまたカテナが外された。今度はとうとう首の部分だ。一本外れれば、二本、三本と勢いをつけたラーミナに抗うこと叶わず外れていく。上に持ち上がったラーミナの頭部にアレーナを伸ばし、掴む。

「テーバさん、トニトルスを! 私のウェントス目掛けて撃って! なるべく根本付近を!」

 そう言って私はウェントゥスを天に向けて伸ばした。

「はぁっ!? 何言ってんだお前! 撃ってどうするんだよ! つか団長に当たっちまうぞ!」

「信じて! 私も信じてるから!」

「っくそ! どうなっても知らねえぞ! 野郎ども、狙いは団長のウェントゥスだ! 間違っても団長には当てんなよ・・・撃てぇ!」

 空気の抜けるような音と共に、トニトルスが射出される。目視で見えるほどだ。そんな速度でラーミナに刺さるわけがないというテーバの懸念も当然だろう。だが、刺さる刺さらないは関係ない。トニトルスがウェントゥスを通り過ぎたのを見計らって、ウェントゥスを大きく振り回す。剣の腹部分でトニトルスに繋がる線を押すと、ぐるぐるとトニトルスが巻き付き絡まっていく。線をウェントゥスもろともまとめて掴み、アレーナを一気に縮めてラーミナ頭部に駆け上がっていく。飛び上がるように頭に上り詰め、ウェントゥスを逆手で振り上げる。切っ先の行く先は奴の目だ。

「これでぇええええええええええええ!」

 切っ先が目玉を突き破り、奥、生物の弱点である脳付近まで突き進む。ラーミナが吠えた。頭を、首を無茶苦茶に振り回す。『手』を離した私はそのまま宙へと跳ね飛ばされた。だが、これでいい。

 耳がやられ、無音の中に私はいる。だがそれは自分だけ。他のみんなは聞こえているはず。そう信じて、指示を出す。

「電撃を! ぶち込め!」

 スローモーションの世界で、四方で小さな光が瞬く。光は線となり、一か所へと収束していく。行き先はウェントゥス。そして、その先にあるラーミナの頭部だ。収束した電撃が、ウェントゥスを通って奴の脳天を直撃する!

 ラーミナが大きくのけ反る。ゆっくりと倒れていくのを見ながら、私は背中に衝撃を受けて意識を失った。

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