第176話 泣こよか、ひっ飛べ
上空のラーミナがこちらに狙いを定めた。
「来ます! 準備は良いですね!」
私の明るいコールに、団員たちの自棄気味な野太いレスポンスが返ってくる。
「本気か、本気なのか?! 冗談でも何でもなくその作戦で行くのか!?」
ソダールが信じられないものを見るような目で私たちを見ている。
「本気よ。私はいつだって。文句があるなら別の有効な案を今すぐ出して」
「いや、そんなものないが、かといって、お前、そんな冗談みたいな作戦、聞いたことないぞ!」
「今、聞いたじゃない」
ソダールが黙ってしまった。何か、おかしなことを言っただろうか。ソダールの部下たちが口々に呟く。
「ドラゴンを倒すなんて頭おかしい連中なんだろうと思ってたけど、本当におかしいんじゃねえか」
「これをやり続けなきゃ龍殺しになれないのなら、俺はただの人でいい」
「普通が最高」
「どうかしてやがる。この団は、団長も、団員も!」
はっはっは、懐かしいねそういう苦情。うちの団員たちは良くも悪くも慣れちゃったから。
ラーミナが突っ込んでくる。すぐさま散開、全員が落下点から離れる。私はラーミナの目を引くように、少し遅れがちに退避。ズンと体が一瞬宙に浮いたような感覚。ガリガリと山の斜面が抉れる音が追ってくる。聞く者を震え上がらせる鳴き声を上げて、ラーミナが追ってくる。背後に迫る気配を感じながら、タイミングを見計らって右に飛ぶ。通り過ぎようとしたラーミナが、前足で踏ん張った。前足を軸にして、胴体が円を描く。大気を押しのけながら巨大な尻尾が圧し潰さんと・・・違う! 力を溜めるように、ぐぐぐと曲げたまま止まった。この動きは。
「全員、退避!」
私の声に、ラーミナの背後から新兵器を使おうとしていたモンドたちは驚いて動きを止めた。退避と言われても何もない斜面には体を隠す場所がない。
ブン、とラーミナが尻尾を薙いだ。その軌道上には団員は一人もいない。が。
炸裂音がユグム山に木霊する。団員たちとソダールたちに向けて、ラーミナが鱗を飛ばしたのだ。彼らがどうなったか、ラーミナの巨体のせいで見えない。
尻尾を振り切ったラーミナはそのまま方向転換し、モンドたちのいた場所へと突き進もうとしている。
「このっ!」
急ブレーキをかけて体ごと振り返り、新兵器を投げつける。球状のそれがラーミナに命中すると割れ、中身の液体がぶちまけられる。これでこっちに気を引き付けられれば。
しかしラーミナは意に介さず反対側へ進攻しようとする。隙間から向こう側が見えた。
モンドたちも、鱗が飛んでくることを察知したのだろう。彼らはラーミナの鱗の射線上に対して、縦一列となって当たる面積を減らし、前面に複数の盾を重ねて展開することで耐え抜いていた。弾雨を浴びた盾は抉れ、削れひび割れ、ぼろぼろではあったが、何とか背後の人間を守り切っていた。
ラーミナが吠えながら盾に向かって突っ込んでいく。自分の自慢の鱗を防いだ物が存在することを認めないと言わんばかりだ。このまま衝突すればすり潰されてしまうのが目に見えている。彼らが体勢を整える時間を稼がなければ。
「待てって言ってんでしょうが!」
アレーナを伸ばし、なんとか尻尾を掴む。一気に縮め、勢いを利用してウェントゥスを突き立てた。
ラーミナがのけ反る。それは痛みのせいというよりも、驚きのせいのようだ。手ごたえも浅い。すぐさま体をねじり、自分の体についた異物を追い払おうとくちばしで突いてくる。右、左とくちばしが突き出されるたび、体を捻り、振って躱す。
「団長!」
時間を稼いだ甲斐はあった。態勢を整えたモンドたちがこちらに気づいた。助けに来ようと動き出した。
「大丈夫! 作戦通りに!」
ラーミナが同じ場所にとどまっている今がチャンスだ。モンドたちがラーミナに向かって新兵器を投げつける。私の時と同じように液体がばら撒かれ、ラーミナに付着する。長大な体のあちこちが、まだらに色が違う部分ができる。流石に多量の液体が掛かった故に苛立ったラーミナが、体をぶるぶると震わせる。同時に、こちらに向かって鱗を飛ばそうとしていた。
だが、鱗は団員もソダールたちも、そして私も害すことはなかった。先ほどの鱗飛ばしは、視界を埋め尽くすほどの鱗、まさに面での射撃だった。今回の鱗飛ばしは、先のものには程遠い、まばらな点の射撃となった。ソダールたちはもちろん、当のラーミナも一瞬体の動きを止めて驚きを表しているように見えた。
新兵器『ウィーテン』
以前暗殺者集団に追いかけまわされた経験を活かし、相手を封じる罠として作っていた新兵器。中に入っている二種の液体が混ざると、徐々に水からトリモチへと変質し、空気に触れることで徐々に固まっていく。モンドの斧マグルーンと似たコンセプトで開発が進んだが、マグルーンは流し込まれる魔力によって着脱が簡単に切り替えられるのに対し、こちらは手軽さと罠としての使用を考えて作られた。追手の足を止めたり、獲物を傷つけずにとらえるときに重宝すると思って考えていたのが、今効果を発揮した。
ウィーテンのおかげで、その下の鱗は引っ付いて飛ばない、もしくは威力を激減されて地面に落ちたのだ。これで、奴の武器の一つを抑え込んだ。
「流石はプラエさんね!」
期待通りの効果に口が吊り上がる。すかさず作戦を第二段階に移行。とはいっても大したことじゃない。
ジャアッジャアアアアアアッ!
ラーミナが叫びながら一旦空に逃げる。奴の武器は鱗だけじゃない。強靭な肉体から繰り出される突進、手の届かない空からの強襲奇襲。どれも人の手には余る。それらに対抗するためには、相手の動きを封じるか、相手が動いていないのと同じ状況に持ち込むしかない。
「待ってたわ。この時を!」
暴風に負けない声を張り上げる。ラーミナと目が合う。奴も度肝を抜かれたに違いない。まさか、自分の腹を足場にして、真横に立つ人間がいるなんて、と。
私が立っているのは、奴の横っ腹だ。片足の裏を固まりかけたウィーテンに押し付け、アレーナをひっかけて、レスキュー隊員の懸垂下降みたいな姿勢でいる。上空数十メートルにて私たちは対峙した。
これぞムトの話から考案された策『走る馬の背は静か』だ。どれだけ早く走る馬であろうと、その背に乗れば追いつく必要がない。背中に乗っているのだから突進を食らう事もなければ、空から襲われる心配もない。そして、この距離なら、どれだけ早く動かれようと私は狙いを外さない。
ウィーテンの本当の狙いは、鱗を飛ばさないようにする為でも、動きを鈍らせるためでもない。触れれば削れる鱗の上に足場を作ることにあった。
ラーミナが暴れる。アレーナを離し、一瞬の空中浮遊。狙いを定め、ラーミナの体の前にある足場に伸ばす。掴み、体を引っ張り上げる。ここならくちばしも届かない。
今度は空中で胴をねじり、振り回してきた。落とされないように踏ん張る。急降下、急上昇を繰り返され、体にGがかかるのを必死で耐える。耐えて耐えて、耐え抜いた先。月が近づいていた。
上昇から降下に移行する、一瞬の停滞。飛びかけた意識を繋ぎとめてウェントゥスを構える。狙いは先ほど見つけた、右横腹にある不自然な凹み。そこ目掛けてウェントゥスを伸ばす。刃先が鱗に当たり、手に返ってくる抵抗は、これまでの鱗よりも弱い。歯が噛み砕けんばかりに食いしばり、さらにウェントゥスを突き入れ、鱗を破る!
ジャアアアアアアアアアアアアアアアッ
これまでで一番のラーミナの鳴き声が遮るもののない上空で雷鳴のように響き渡る。構わず、差し込んだままのウェントゥスを出鱈目に動かし、傷口を抉った。
痛みでもがき苦しみながら血を撒き散らすラーミナが、ゆっくりと速度を上げながら落下する。このまま一緒に落ちれば、ラーミナの動きは止められるが私の心臓も止まってしまう。脱出しなければ。
落ち行く中探すのは、もう一つの仕掛け。この作戦で最も大事なのは、脱出方法だ。ラーミナを落とせても、自分が死んだら元も子もない。
「あった・・・!」
見つけたのは、モンドの斧マグルーン。モンドが投げたのはこれだ。もがくラーミナを足場にして飛ぶ。地面が見えてきた。マグルーンを掴み、通信機に向かって叫ぶ。
「モンドさん!」
『おうよ! 引き寄せるぞ!』
魔力を込められたマグルーンがラーミナから外れ、引っ張られる。下に向かっていたベクトルが突如横に切り替わり、斜め上へと変わる。Uの字を描きながら体が引っ張られる。
「来たぞムト!」
「はい!」
マグルーンを離さないのに必死で、彼らの声は聞こえるが、自分の状態がどうなっているかわからない。
「団長、斧離せ!」
指示通り離す。しかし引っ張られてきた勢いは消えず、そのまま地面と平行にかっ飛ぶ。
ずん、と背中に衝撃を受ける。抱きかかえられたのはわかったが、勢いは殺し切れずそのままさらに飛び、再度衝撃。
「無事ですか、団長!」
目を開くと、間近にムトの顔があった。彼に抱えられている。
「おし、生きてんな!」
そのさらに後ろにはモンド、その周りに団員たちがいる。まずムトが私を抱きかかえて威力を殺し、モンドたちが受けとめてくれたのか。一回でキャッチしたら落下するのとあまり変わらない。ムトがクッション代わりをしてくれたおかげで、死なずに済んだ。背中を中心に全身痛いが、生きてる。生きてるってことは、成功したも同然だ。ムトに支えてもらいながら、立つ。
視線の先に起き上がろうとするラーミナがいる。ようやく生まれた好機。全員の協力を積み重ねて作り出した好機だ。
「行きましょう!」
人間の雄叫びが、ドラゴンの咆哮に衝突する。
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