第175話 次の手
面前には怒り心頭中のラーミナ。
全身は傷だらけ。特に右腕と左足が痛む。止血しても、傷口から血は流れ続けている。
それがなんだ、という気分だ。団員たちがいる。彼らがいるだけで、何とかなると錯覚するほど心強い。自分で彼らに退避指示を出しておいてなんだが、知らないうちに彼らがいないことに不安を感じていたようだ。満身創痍の体に込められる力が違う。モチベーションが違う。
「配置状況は!」
突進してきたラーミナを躱し、通信機に向かって叫ぶ。
『現在、ラーミナを中心に扇形で展開中! 団長の位置は、丁度扇の要に当たる!』
モンドからの返答で、自分の立ち位置と団員たちの大体の位置を掴む。ラーミナも彼らの気配を察したか、私たちから視線を外して左右に首を振り、周囲を見渡している。その隙に作戦を詰める。
「了解です。まずは動きを封じにかかります。扇の左右に位置する団員はカテナの準備を!」
『オッケーだ!』『いつでもいいぜ』
テーバとジュールからの返答があった。どちらも狙撃手として高い技量を持つ。私が考えることを見越しての配置だ。
「狙いはペルグラヌス同様、無理に体を狙わず、カテナで網をかける方式で行きます」
『『了解!』』
「私の正面、扇の真ん中にいるのはモンドさんたちですね」
『おう!』『僕もいます!』
その声はムトか。この二人は良いコンビになっている。モンドが守りを固めながら戦況を把握し、ムトが切り込んでかく乱する。ムトが敵の隙を作ったところをモンドが突く、といった相乗効果が期待できる。
「カテナ狙撃の援護の為、ラーミナの気を引きます」
『オーケーだ。プラエから新兵器も預かってる。こいつが使えると聞いたからな』
脳内に新兵器の性能と形が浮かぶ。多分、今回の戦いでかなり効果があるはずだ。全員にそれを準備させる。
「先ほど二回目の鱗飛ばしがありました。おそらく頭周辺の鱗だけを飛ばしたものと思われます。まだ尻尾辺りは飛ばせる可能性がありますので、慎重にいきますよ」
『『了解』』
いったん通信を終え、左右の団員たちから再びこっちに狙いを定めたラーミナを見据えながら、隣のソダールたちに言う。
「聞いての通り、ここからは対ドラゴン討伐戦になる。今なら撤退できるわよ?」
「撤退、したいのは山々だがな。そうもいくまい。逃げている我らに対してお前らがラーミナをけしかけ囮にするかも、という疑念が消えないんでな」
そんな器用な事、出来るならすでにやっている。
こちらに向かって鎌首をもたげたラーミナを見据えながらソダールは続けた。
「それに、我々も戦果が欲しいのさ。ただ逃げ帰っただけでは罰せられるのが目に見えている。だから欲しい。龍殺しの称号は、失敗を補って余りあるんでね」
にやりと笑い、彼の部下たちは剣と盾を構えた。
「死んでも、責任は取らないわ」
「人が死んだ責任など、誰にも取れはしない。・・・さあ、来るぞ」
通信機に向かって告げる。
「作戦開始!」
ジャアアアアアアアアアアアッ!
私が叫ぶのとラーミナが突進してくるのはほぼ同時だった。私とソダールたちは左右に分かれて退避する。奴が向かう先はアスカロンの包囲網の中だ。通り過ぎた後体勢を整えて、新兵器とカテナを投入、動けなくなったところを叩く。シミュレーションし、行動に移そう通信機を握りしめてタイミングを計る。が・・・
「飛んだ!?」
誰かが叫んだ。見上げれば、ラーミナが空中にいる。羽があるのだから飛ぶのはわかっていたが、実際飛ばれると驚愕しかない。あの巨体が宙に浮いている威容。上から圧し潰されそうな錯覚。でも何で急に攻撃パターンが変わるんだ。さっきまで飛ぶような様子なかったのに。包囲されて、警戒したからか? とにもかくにも。
「まずい」
飛ばれたら、作戦の前提が覆ってしまう。その前提に戻すには撃ち落とすしかない。が、どうやって?
こっちにある飛び道具はボウガンと銃、電撃を放つ針トニトルス、凍らせる針スティリア、カテナ、ウェントゥスだ。ウェントゥスはこれまで他のドラゴン種を貫いた実績があるが、その効果範囲は狭い。急所を的確に貫かなければ落とすどころか火に油を注ぐだけだ。かといって私の魔力を全部注いで貫通力と効果範囲を上げたところで、今度はどうやって動きを止めるかが問題になってくる。インフェルナムに命中させられたのは、皆が命がけで動きを止めてくれたからだ。確実に当てるためには動きを止めねばならず、動きを止めるには地上に落とさねばならず、地上に落とすためには急所に当てなければならない。堂々巡りだ。
トニトルス、スティリアは針型で、電撃を流すためのコードや凍らせるための液体を含んでいるため、通常の弾丸よりも大きいので空気抵抗がある。射程距離はどう頑張っても二十メートルだ。それ以上離れると貫通力が極端に下がる。カテナも同様の理由で威力が下がる。残るは銃だが。
「っ、来た!」
見上げれば、ラーミナがこっちに向かって急降下してくる。落下地点から飛んで逃げる。ズズンと局所的な地震が這いつくばった私の体を揺さぶる。転がるようにして体を起こし、再び伏せた。
うなりを上げて、ラーミナの尻尾が振り回された。巨大なモーニングスターが巻き起こす風で、髪の毛がもみくちゃにされる。斜面で助かった。平地だったらラフの中のゴルフボールよろしくナイスショットで地平の彼方だ。
『団長を援護しろ!』
モンドの声が聞こえた。同時、銃声が轟き、カンッカンッと金属的な軽い音が断続的に響く。やはり、遠距離からの射撃では銃でも効果が薄いか! ボウガンで多少の傷は作れたが、あれは超至近距離という条件で、しかも鱗の隙間部分に運よく当たったからだ。
運で出た成果は何度も期待できない。再び空へ舞い上がったラーミナを見上げながら考えを巡らせる。目標は変わらない。ラーミナをカテナで封じて叩く。その前に地上に落とす等の手順が増えただけだ。その『だけ』がえらく遠いのだが。
『また来るぞ!』
テーバの声だ。今度は、モンドたちが陣取る辺りに向かってラーミナが降下する。
『おおおおっ!?』『うひいいいっ?!』
モンドとムトの悲鳴が通信機から漏れ、時間差で肉声が向こうから聞こえてくる。くそ、考える時間が欲しい!
「左右から援護を!」
通信機に叫び、アレーナを松葉杖のように足の補助にして駆ける。目測で距離を測り、アレーナで飛ぶ。真下を荒れ狂う暴風と尻尾が通り抜けていく。前足を軸に反転したラーミナと目が合った。ラーミナがこっちに向かって首を伸ばす。
「はああああああっ!」
ウェントゥスを振り下ろす。
ウェントゥスとくちばしが交錯する。ギリギリギリとこすれ、火花を散らす。ラーミナが首を振る。それだけで、私の体はたやすく押し返される。尻と背中を打ち付けながら転がり、足裏を踏ん張って地面に叩きつけ慣性を使って体を起こす。
面前に迫るはラーミナの追撃。逃げられない!
勇ましい雄叫びを引き連れて横からソダールたちが突っ込んできた。完璧なタイミングでラーミナの横っ面に盾を叩きつける。押し切れるわけもなくソダールたちは弾き飛ばされたが、おかげでラーミナは私を逸れていった。こっちを振り返ろうとしたラーミナは左右からの銃弾を受け、五月蠅そうに空へ上がっていく。
「くそ、本当に化け物だな!」
立ち上がって愚痴るソダールだが、まだ体力と戦意は失われていないようだ。
「助かったわ」
「礼などいらん。しかし、どうする? 地面にいても手が付けられないのに、飛ばれたら手すら出せんぞ」
そんなことは言われなくてもわかっている。向こうも、言わなくても私がわかっていることを知っているが、それでも言わずにはいられなくなったのだ。
「モンドさん、ムト君、無事ですか!」
三度舞い上がり、こちらを睥睨しているラーミナを警戒しながら声をかける。
「生きてる」「僕もです。他のみんなも無事です」
むくりと体を起こす影たちが見える。まずは無事を確認できてよかった。
「テーバさん。地上に降りた時を見計らって、カテナで動きを封じることは出来ますか?」
『無理だ』
即答だった。
『ただ着陸しただけならまだしも、ああやって動き回られたらカテナを弾いちまう。よしんば網みたいに張り巡らせて絡めとれても、あの突進力じゃあ網はすぐに破られる』
「やはり、一度動きを止めなければなりませんか」
『悔しいが、その通りだ。ギースから、もうすぐ車に乗り切れなかった後続部隊が到着すると連絡があったが、そいつらのカテナを合わせても厳しい。動きを止めたところに網をかけるのがベストだろう』
硬い鱗、突進力、飛行。こちらの攻撃が届かない三つの要因。
「くそ、僕の足がもっと速ければな」
こちらに合流してきたムトが妙な事で悔しがっていた。
「何で足が速いと何とかなるんだ?」
モンドが尋ねている。
「前にテーバさんたちが話してたんですよ。暴れ馬を傷つけずに捕まえる方法を。その方法の一つに、別の馬で並走して暴れ馬に飛び乗る方法があるらしいんです。同じ速度なら、衝撃も少ないとかなんとか。てことは、ラーミナと同じ速度で走ることが出来れば、ひとまずあの突進を無効化出来るじゃないですか」
「前提からして不可能じゃねえか」
モンドは呆れたように言うが、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。そうだ。その手があった。そして、それを可能にする魔道具もある。何でこんなシンプルで簡単なことに気づかなかったのか。
「・・・団長、お前、まさか」
自分たちをじっと見つめていた私に、モンドとムトが気づいた。
「バカな事、考えてません、よね?」
恐る恐る、といった風にムトが尋ねてきた。馬鹿な事? まさか。
「考え付いたのは、次の手です」
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