第174話 異世界ラリーレイド
時間は少し遡る。
何だ、あれは。
道端で座り込んでいたムトは、ちらちらと視界の端で動く光に気づき、顔を上げた。光はラクリモサの方から近づいてくる。かなり早い。ランタンを灯した馬車か、だがそれにしては馬の嘶きも蹄の音も聞こえない。代わりに聞こえるのは不気味な唸り声だ。声は、光と一緒に近づいてくる。
「え、ちょ、嘘だろ? 何、何何怖っ?!」
光が近づくにつれ、ムトは及び腰になった。明らかに、光は自分の方を目指している。左右を見渡し、身を隠すところを探すも岩場も木もない。そうこうしている間にも光は近づいてきて。
「ムト!」
あろうことか、光の方向から自分の名を呼ぶ声まで聞こえた。
「え、やめて、や、やめ、やめてやめて来ないでぇっ!」
腰を抜かし、へたり込むムト。その前に、甲高い音をかき鳴らしながら光が徐々に接近し、目の前で止まった。
「どうしたの、ムト」
涙目になっているムトにかけられた声は、彼も良く知る人物の声だった。
「げ、ゲオーロ・・・?」
光を遮り、ムトの前に現れた影は鍛冶師のゲオーロだった。
「大丈夫?」
「お、おう」
差し出されたゲオーロの手を取り立ち上がる。
「こいつは、一体?」
尻についた土を払いながら、腰を抜かしていた気恥ずかしさを誤魔化すように尋ねる。光で眩んでいた目が慣れ、それの全貌がようやく見えてきた。というか、ついさっき見たことのあるものだった。人質事件の犯人が使っていたと思われる馬車に馬がなくて、代わりに前面に鉄板が張られただけの、車輪のついた箱。鉄板の隙間から光と、誰かが覗いている気配がする。
「こいつは、俺たちの秘密兵器さ!」
とにかく乗って、とゲオーロに腕を引かれ、ムトは一緒に乗り込む。
「乗ったわね?」
中では、箱の前にはプラエが座り、後ろにはギースとジュールがどうしてか気分悪そうに座り込んでいた。
「飛ばすわよ、しっかり掴まってなさい」
「飛ばす?」
言葉の意味を理解する前に、体が理解させられた。ドルンと箱全体が振動したかと思うと、急加速して箱が走り始めた。完全に油断していたムトは足元をすくわれて箱の中でばたんと倒れ、転がる。
「大丈夫?」
転がっていくムトを掴んで、ゲオーロは彼を座らせた。
「な、なななな何コレ! 何コレ!?」
「俺は見てないけど、ムトたちは一度見たことあるはずだよ」
「『車』だ」
気分悪そうなギースが答えた。
「車って、アルボスで見た?」
確か、馬がなくても勝手に走るという魔道具だ。だが、あれはもっと手押しの荷車みたいな形だったはず。敵は爆弾を積んで、それを突っ込ませていたが。
「形にこだわる必要はないんだ。団長が言うには、車輪がついて、動力で動けば車みたいなものなんだって」
時折ケツが飛び上がる。かなりの速度を出しているからか、ちょっとした小石を踏んでも車がバウンドするのだ。つられて、中にいるムトたちも跳ね上がる。暴れ馬に乗っているような感覚だ。
「理論値だけど最高速度は八十キロを超えるのよ! でも、これまではその出力に耐える部品『歯車』がなかったから、泣く泣くお蔵入りだったんだけど」
「俺がその歯車を作ったってわけ。車輪を急遽取り換えて、プラエさんの試作魔導エンジンとセットしたんだ。加えて、舵を前輪に取り付け、舵輪を回せば右に左にと曲がるって寸法なのさ」
「すごくない!? ねえ!」
プラエが舵輪を回した。途端、車が急に曲がり、ムトたちは壁に叩きつけられる。
「プラエ! 頼むからもっと丁寧に頼む!」
ジュールが悲鳴を上げた。彼らが気分悪そうにしていた原因は彼女のせいのようだ。自分もすぐにああなるんだろうなとムトは確信した。
「馬鹿言ってんじゃないわよ! アカリのピンチに間に合わなきゃ意味ないでしょうが! トロトロ走ってられるかっての!」
「それはそうなんだが・・・、かといって荷物が壊れたら意味ないだろ!」
「だったらあなたたちで支えて! 気合で何とかしなさい!」
「無茶を、仰、っる!」
バウンドしながらもジュールは装備品が飛び跳ねないように体で支えた。
「はっはぁ! ガンガン行くわよ!」
プラエのテンションを燃料代わりに、車がどんどん加速していく。たった数キロの街道は一気に踏破され、車が徐々に傾いていく。山道に差し掛かったのだ。
「こ、こんな山道でそんな速度出したら危なくないですか!?」
「ヘーキヘーキ! 天才ドライバープラエに任せておきなさい!」
「ど、どらいばー?」
「団長が仰るには、何でも車を運転する人の事を指すんだって」
この速度、振動の中で、ゲオーロは平然と解説をしている。
「ゲオーロ、お前、平気なのか?」
「うん、何か平気。というか、うん。プラエさんほどじゃないけど、興奮している自分がいるよ」
確かにいつものゲオーロより言葉数が多い。彼もまた、自分の作品が活躍しているのを見て満足する職人ということか。
「見て! モンドたちよ!」
プラエが舵輪から手を離して指差した。お願いだから手は離さないでほしいと思いながら、ムトも前を覗く。光に照らされた、驚愕の表情のモンドたちがいた。気持ちは痛いほどよくわかる。きっと自分も、あんな顔をしていたのだろう。
流石に全員乗ることが叶わなかったので、ギースとゲオーロは車から下り徒歩で進み、代わりにドラゴンを縫い留める魔道具カテナの扱いに慣れたモンドやテーバたちを中心に、団員を乗せられるだけ乗せて車は再出発する。先ほど以上の悲鳴を生み出しながら車は荒れた坂道を駆けあがる。かなりの重量のはずなのに、スピードが落ちることがない。これがプラエ、ゲオーロの秘密兵器。団員たちは改めて、二人の凄さを認識する。
「団長、聞こえるか!」
山頂付近に近づき、モンドが通信機に向かって怒鳴る。だが、反応がない。全員に緊張が走る。最悪の状況が頭をよぎり、それを振り払うようにモンドはもう一度叫んだ。
「団長! 俺だ! 返事をしてくれ!」
反応が、ない。考えたくない。考えたくないことだが、まさか、団長は。
「おかしくない?」
痛いほどの沈黙の中、プラエが言った。
「何がだ?」
モンドが尋ねる。
「山頂まで来て、アカリの返答がないのはともかく、ラーミナの気配がないのはどういう訳? こんなでかい物が縄張りにくれば、絶対に気づくでしょう?」
「そういえば、そうだな」
これだけ派手に走り回っている車に、ラーミナが気づかないはずがない。という事は、ここにラーミナはいない。なぜ?
「戦場が、移動した?」
ムトが呟いた。それだ、と全員が手を打った。ここでの時間稼ぎが困難になり、移動したことは十分に考えられる。その際、ここ以外でラーミナの猛攻を耐えしのげる場所と言えばたった一つ。
「「「奴らの砦だ!」」」
プラエが舵輪を勢いよく回す。車体を斜めにしながら斜面を進み、ぐるりとカルデラ外周を走る。自分たちが昇ってきたところのちょうど反対側に辿り着いた時、ドンと遠くで光った。
「いたぞ! ラーミナだ!」
テーバが叫んだ。見れば、ラーミナが斜面に向かって猛攻を仕掛けている。あそこは砦のあった場所だ。ラーミナが暴れているってことは、つまり。
「無事だったか!」
モンドが安堵のため息を吐いた。
「良かった、団長・・・」
「馬鹿、安心してる場合!?」
ムトが腰から崩れそうになっているのを見て、プラエが怒鳴る。
「まだピンチ継続中でしょうが! こっからが本番でしょ!」
その通りだ。団員たちはすぐさま戦闘体勢に入る。
「ラーミナを中心に、扇状に展開する! 全員カテナを持ってけ! プラエ、ギリギリまで俺たちを送れるか?」
モンドが指示を飛ばす。
「任せときなさい!」
斜面を駆ける。準備が整った団員から順に車を飛び降りていく。その様子を見ながら、モンドは今度こそ確信をもって通信機で呼びかける。
「待たせたな! 団長!」
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