第172話 こんなこともあろうかと
『・・・・か・・・』
通信機から雑音が漏れた。一瞬の事だったので、気のせいかとギースは作業に戻った。
けが人はすでに医者の元に連れて行った。容体はプラエの見立て通り衰弱で、外傷については命にかかわることはない。それでも、女性の傷はない方が良いに決まっている。しっかりと見てくれるよう頼み、監視ではないがボブとティゲルに付き添いを頼んでその場を後にした。
フェミナンにはオーナーアンの無事を報告した。シャワラはアンの姿を見るなり彼女に抱きつき、涙を流した。他のスタッフや傭兵たちも安心したように彼女を取り囲み、無事を祝った。しかし、まだ終わりではない。フェミナンはアウ・ルムのスパイ活動に協力してきた。今回はそのことがバレたから起こった事件だ。スパイ活動を停止すれば、商売は元どおりで狙われることは二度とない、なんてうまい話はない。一体誰がそんな話を信じるというのか。今後も彼女たちは狙われる可能性がある。しかも、アウ・ルム側はこれまで利用するだけ利用したフェミナンを簡単に切り捨てるかもしれない。守るどころか、彼女らが勝手にやってきたこととして敵に売る可能性だってある。貴族に裏切られたことのあるギース達にとっては他人事とは思えなかった。
「こちらの事は心配ご無用です。それよりも、アカリをお願いします」
心配顔のギース達に、アンは自信ありげな表情で言った。ギースが心配していることは、すでにアンの方も考えていたらしく、感動の再開もそこそこにすぐさま部下たちに指示を飛ばし、自分たちを守るために奔走し始めた。こんなこともあろうかと、いくつかの策を用意していたようだ。彼女たちの動きに迷いも悲壮感もなかった。この辺りの情報戦は流石というべきか。ラクリモサ、ひいてはアウ・ルムへの報告と対策はアンに任せて、ギース達は足止めしてくれているアカリたちを迎えに行くための準備を始めた。
相手は敵国に潜入し、長期にわたって情報を探っていた手練れの部隊。プラエとジュールと共に対人戦用の魔道具類を用意し、馬車に詰め込んでいる最中、ギースの耳が異音を捉えた。
『・・れ・・・ん・・・』
聞き間違えじゃ、ない。通信機を手に取り、すぐに通話を開始する。
「こちらギース。どうした。何があった。こちらでは聞き取りづらい」
通信機の最大受信距離は今のところ三キロ。この三キロも、障害物などの周囲の状況で変わり、雑音交じりになることがある。綺麗に聞こえるのは二キロ以下からだ。雑音として聞こえたのは、まだ距離が離れているからだ。
「すまない、準備を頼む」
「ちょっとギース?! どこ行くの?」
プラエの言葉を振り切り、ギースは外へ飛び出した。向かうは自分たちが戻ってきた方向、外へ通じる城門。
『き・・・・す・・。お・・・・い』
声がだんだん明瞭になってくる。ギースも通信機に向かって呼びかける。
「こちらギース。まだ距離が遠いようだ。もう少し近づけ。そちらは今どこにいる」
『ギー・・・・・かった』
この声、ムトだ。彼の声が聞き取れるようになってきた。それにつれ、彼のかなり荒い息遣いも通信機は拾っていた。
『ギースさん、聞こえますか? ムトです』
「ああ。聞こえているぞ。どうしたんだムト。敵を振り切れたのか?」
『違うんです! 団長が、皆が危険なんです。すぐに戻らないと!』
「落ち着け。教えただろう。報告は結論から。理由を順序だてて簡潔に、だ」
『は、はい! すみません』
何度か深呼吸する様子を聞きながら、ムトの返答を待つ。
『ギースさん。すぐに対ドラゴン用の準備をお願いします』
「ドラゴン用だと?」
ギースは訝しんだ。戦っていたのは人間ではなかったか。
『山頂にてドラゴン上位種、ラーミナが出現しました。団長は全員がラーミナから逃げ切るのは不可能と判断し、自らを囮にして僕たちを逃がしました』
「あのバカ」
頭を抱える。彼女の性格ならやりかねないが、団長としてその判断はどうなんだ。成長したアカリの唯一の欠点は、自分でやりすぎることだ。団長は、時に団を生かすために非常な決断をしなければならないのに、その甘さはいつか致命傷になりかねない。
いや、今はいつかの心配をしている場合ではない。
「わかった。対ドラゴン用の装備をこれから手配する。ムト、お前は今どこにいる」
『ラクリモサから、多分、二キロほど離れた道端で倒れてます。ここまで全力で走ってきたんで』
荒い息遣いはそのせいか。ギースは大体の事情を察する。アカリが時間を稼ぎ、その間にムトを走らせ、自分たちに装備を持たせて戻ってこさせるつもりだろう。
「ムト。こちらはこれから準備を始めてすぐに出発する」
『わかりました。僕は引き返して、モンドさんたちと合流します』
「いや、そのまま道で休んでいろ。少しでも疲労を癒すんだ。馬車で拾う」
『・・・わかりました。待っています』
ムトに指示を出し、ギースはプラエたちの元へ取って返した。
「ギース、一体何があったの?」
「今、ムトから連絡が入った。アカリたちが、ドラゴン種ラーミナの襲撃にあったらしい」
プラエが顔色を変え、馬車に荷物を積み込んでいたジュールとゲオーロがこっちを振り向いた。
「ちょっと、どういう事? アカリたちは大丈夫なの?」
「今のところ無事だ。アカリは団を撤退させるために一人でラーミナの囮を引き受けたようだ」
「馬鹿じゃないのあの子!」
プラエがギースと同じ感想を抱いた。
「怒るのはわかるが、その馬鹿を今は助けに行くのが先決だ。ジュール、ゲオーロ、聞いての通りだ。急ぎ荷物をドラゴン戦用に変更する」
「了解」「わ、わかりました!」
四人がかりで、大急ぎで荷物を詰め替える。荷物を積み替えるのは良い。問題は、この大荷物を山の頂上まで運ばなければならないという事だ。ラーミナのせいで、訓練された馬でもない限り、怯え切って山に近づくことすらできないだろう。だが、馬車無しでこの大荷物を運ぶことはできない。モンドたちもこっちに近づいているはずだ。行ける所まで行って、後は全員で運搬するしかないのか。
積み替え作業中の他の面々に抱えている問題を話した。手を動かしながら頭と口で問題解決のための議論をする。
「プラエさん」
ゲオーロが手を止め、プラエに声をかけた。
「アレ、使えませんかね」
プラエもピンときたようで「はいはい」と頷いた。
「確かにあれなら、ラーミナも関係ないか。でも、肝になる部品の硬度の問題は大丈夫なの?」
「団長の話を参考に、加工を工夫しました。実験では高出力じゃなければ耐えることに成功しています。プラエさんの方の問題だった、段階的に出力を上昇させる仕組みの方はどうですか?」
「そっちは任せて。リミッターをつけることでその問題を・・・」
「ちょっと待ってくれ、一体何の話をしているんだ」
話についていけず、ギースが思わず割って入った。すると、二人は同じ笑みを浮かべた。作り手が良く浮かべる、自分の作品をお披露目したくて仕方がなくてようやく来た出番の時の笑みだ。
「何の話って」
「それはもちろん」
二人は一度顔を合わせ、そしてこちらを向いていった。
「「秘密兵器の事(です)よ」」
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