第171話 ラーミナ耐久戦

「柱を補強して! 家具でも武器でも何でもいいから! クロス状にするの! そっちの台には上と下に板をかまして隙間を無くして!」

 私が指示を飛ばすと、すぐさまソダールの部下たちが迅速に無駄なく動く。

 呉越同舟、とはこういう事だろうか。さっきまで殺しあっていた、アンを誘拐した連中と、必死になって生き残るために協力している。

 相手も同じようで、こちらの指示に反発一つすることなく的確に仕事をこなしている。完全に割り切っているのだろう。ソダールが協力すると決めた瞬間から、彼らの中の頭のスイッチが切り替わり、今生き延びることに全力を注いでいる。

 お互いに理解できているからだ。協力しなければ生き残れない。協力しても生き残れないかも、とはさすがに言えないけれどね。

「言われた通りの準備は終わったぞ!」

 ソダールが声を張り上げた。

「これからどうする気だ」

 全員が私の顔を注視する。彼らの視線に頷き、告げる。

「では、ラーミナ耐久戦の作戦概要を説明します」


 ラーミナの感覚が、獲物の動きを捉えた。複数の音がラーミナのいる位置から下へと移っていく。獲物の【巣】の上部を破壊したことで、奴らは下の穴から這い出る選択をしたのだ。

 愚かな。先ほど何匹か餌食になったばかりだというのに。

 ラーミナは内心呆れながら、音の方へと這いずって首を伸ばす。穴の位置はすでにわかっている。そこで待ち構えれば。

「う、うわあああ!」

 出た。獲物だ。ラーミナはアギトを開き、閉じた。

 ラーミナの頭に疑問符が浮かぶ。獲物を捕らえたはずのアギトに感触はなく、口内に獲物の滴る血の香りも肉の歯ごたえもない。代わりに視覚に映ったのは、穴へと勢いよく戻っていく獲物の姿だ。

 確かに捉えたはずだ。獲物の動きを完璧に捉えた。ラーミナのアギトが閉じる前に、あの鈍重な獲物が引き返すことなど不可能なはずだ。だが事実、獲物はアギトを逃れ、巣穴に戻っている。

 再びラーミナが音を捕らえる。今度は上だ。移動し、持ち上げた首と同じ高さに、這いずり出た獲物の姿を捉えた。

 今度こそ。ラーミナの首が伸びる、が。またも獲物は目の前から消えた。音は再び下へ。ラーミナの移動速度が上がる。今度こそ、今度こそ。だが、三度、獲物はラーミナから逃げおおせる。今度は上。失敗、下、失敗。それが何度も続いた。

 ラーミナの沸点は頂点に達しようとしていた。もういっそ、この巣穴ごと潰してしまおうかと考え始めた時、再び獲物が飛び出した。怒りに任せ、ラーミナは飛んだ。アギトは、今度こそ獲物を捉えた。口に広がるは、甘美なる血肉の味。これまでの苦労が、苛立ちが吹き飛ぶような、先ほどよりも強い旨みをラーミナは感じていた。

 再び味わいたい。この味に再び出会えるなら、多少の苦労は厭うべきではない。ラーミナは再び、巣穴を壊さない程度にちょっかいを出し始める。獲物が再び飛び出してくるのを、今か今かと待ちわびながら。

 その巣穴の奥にいる獲物たちがほくそ笑んでいるのも知らずに。



「かかった」

 ラーミナの逆立っていた鱗が収まったのを確認して、私は小さく拳を握りしめた。見た目で怒っている状態がわかる相手でよかった。

「何がかかったというのだ? 一体どういうことか説明してくれ。どうしてラーミナの攻撃が穏やかになった?」

 ソダールが不思議そうに尋ねてきた。

「まさか、我らがため込んでいた備蓄を喰って、満足した、という訳ではあるまい?」

「いえ、そのまさかよ」

 視線をソダールから彼の背後に移動させる。そこでは彼らの備蓄品である牛や豚、鳥、猪に鹿に兎と、様々な肉を縄で縛り、余っている服を着せる作業が行われていた。先ほどラーミナが喰う事に成功したのは、この人型だ。

「ラーミナは非常に知能が高く、学習能力もある。だから、学習してもらったの。苦労して食べた餌の方がおいしいという事を」

「ん? いや、まて。言っていることが良くわからん。学習能力があるのはわかるが、それが今とどうつながるんだ?」

「生物は知能が高いのと比例して、様々な感情を得るわ。例えば、人間は生きるためだけでなく、楽しむために食事を取るわよね?」

 ソダールたちの反応を見ながら話す。

「これまでラーミナは、生きるためと殺すためだけに獲物を喰ってきた。そこに、楽しむために喰う事を覚えてもらった。苦労して得た食材はただ提供されるものよりもおいしいと感じたりしない?」

「ふむ、確かに狩りで得た猪肉や鹿肉は、普段よりも上手い気がする」

「同じことを、ラーミナに覚えてもらったの。苦労して得た獲物の方が美味いという、奴にとって新しい知識をね」

 そろそろ相手が焦れてくる頃合いだ。

「人型の準備はいかが?」

「オーケー。今できた。今度は猪と鹿多めだ」

 ジビエの盛り合わせとは贅沢な話だ。もちろん、タダでくれてやるわけにはいかない。アレーナで人型を掴み、一階の出口から伸ばす。あたかも人が慌てて飛び出したくらいの速さで。

 案の定、ラーミナがアギトを開けて待ち構えていた。すかさず人型を引き戻し、上に向かう。ラーミナが追ってくる気配を感じながら、二階の窓から人型を出す。ラーミナのアギトが迫り、喰われる前にひっこめる。これを数度繰り返すと、ラーミナの鱗が徐々に逆立ち始める。苛立ってきた証拠だ。そろそろ頃合いか。

 アレーナで、今度は人型を伸ばす。今度はひっこめず、逆に手放す。放り出された人型を、横からラーミナがかっさらっていった。人型を喰えたラーミナは、再び落ち着きを取り戻した。二度目の成功で、作戦が上手くいっている手ごたえを掴む。

 私が考えた作戦は、ラーミナに依存症になってもらう事だ。ヒントは昔聞いた動物実験だった。スイッチを押すと餌が出る仕掛けを用意し、動物にスイッチを押すことで餌が出てくることを覚えさせる。次に、スイッチを押しても出るときと出ないときを作る。すると、動物は出るまで押し続けることになり、その後スイッチを押しても餌が出ないようにしても、ずっと押し続ける。

 この実験に加えて、ラーミナの性質を考えてみる。執念深いとは、イコール一つの事に固執しやすいという事だ。手間暇かけて食した獲物は普段よりも美味いという、味以上の知識という新しい刺激が頭に刻まれたラーミナは、同じ喰い方に固執するのではないか。では、時間のかかる調理法を教えてやれば、それに乗っかってくるのではないだろうかと考えた。

 砦を壊されないように仕向けるには、砦を餌が出てくるスイッチだとラーミナに教え込む必要があった。壊したら二度とジビエ盛り合わせも牛と豚と鳥の合い挽き肉も喰う事ができないのだ、と。

 結果は見ての通り。ラーミナは餌が出てくるかどうかわからないスイッチを押すように天井で足踏みし、時折出てくる人型に目を輝かせて追い回す。少しずつ、人型が飛び出るタイミングが遅くなっているのに、奴は気づいているのかどうか。

 これぞパブロフのラーミナ作戦。

「人型は、後何体作れそう?」

「出来て、そうだな、十二、三体ってところか」

 ソダールが応えた。一体につき、今のところ十四、五分稼げている。もう少し頑張れば二十分近くまで持たせられるはずだ。単純計算で三時間は稼げるだろう。

 モンドたちと別れてから、今丁度一時間経過した。ユグム山をそろそろ下山できる頃合いだろう。そこから街に戻り、装備を整え、再び戻ってくる。三時間は、かなりギリギリのタイムリミットだ。だが、なんの心配もしていない。

「お前の団員は、間に合うのか」

 私の考えを読んだかのように、ソダールが言った。

「問題ないわ」

 平然と、確信をもって答えた。

「ずいぶんとはっきり言うんだな。何か根拠があるのか?」

「私は時間を稼ぐと彼らに約束した。彼らは戻ってくると言った。私が信じる根拠なら、それで充分でしょう?」

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