第168話 今、自分にできることを
ラクリモサの煌々と輝く街並みが遠くに見える。死に物狂いで走ってきたムトが指定された合流地点に辿り着いた時、テーバたち狙撃部隊が先に到着して待っていた。
「おう、無事だったか」
テーバがこちらに片手を上げて迎えてくれた。
「テーバさんも」
「ああ。後は」
テーバがそこで言葉を切り、ムトの背後に向けて手を振った。振り返ると、モンドが息を切らしながら駆け寄ってくるところだった。撤退の時、団長と一緒に最後まで残って団員たちの逃げ遅れがないかの確認や、ラーミナの動きを見張っていた。彼が来たということは、まもなく団長も来るはずだ。
しかし、ムトの推測は外れる。モンドの後ろから団長の姿は現れない。どころか。
「合流できたな。すぐに出発するぞ」
いつもよりも固い声と表情でモンドが団員たちに告げた。
「え? モンドさん、待ってください。まだ団長が」
「団長は来ない」
団員たちがざわつく。中でもムトの動揺は人一倍大きかった。
「団長が来ないって、どうして?! 何で!」
「団長は自らラーミナの囮になっている。俺たちを逃がすために」
落ち着いてみれば、モンドが歯を噛み砕かんばかりに食いしばっていることも、手のひらから血が滴るほど拳を握りしめていることにも気づけただろう。普段のムトであれば見落とさない。
だが、自分の尊敬する団長が、危険極まりないドラゴンを一人で相手しているかと思うと平静を保てなくなり、相手の様子をみられなくなっていた。
「どこに行く気だ」
駆けだそうとしたムトの腕をモンドが掴む。
「助けに行かないと! 団長が!」
「団長なら大丈夫だ」
「何でそんなことが言えるんですか! 相手はあのラーミナですよ! ペルグラヌスより強いんですよ! いくら団長だからって」
「落ち着け。俺たちが行っても足手まといになるだけだ!」
「行ってみないとわからないじゃないですか! 何でそんなに冷静なんですか! 団長がどうなっても良いってんですか!」
ムトの目の前に、自分の顔と同じくらいの拳が飛んできた。鈍い音がして斜面に叩きつけられる。
「そんなわけないだろうが!」
モンドが冷静でいられるはずがなかった。彼も、そして他の団員たちも、以前所属していたガリオン兵団のガリオン団長や多くの仲間を、ほかならぬドラゴンに殺されている。
「俺だって残りたかった。今度こそ、命を懸けて団長を守ると誓ったんだ。なのに現実じゃ、俺たちは無力で、逆に守られている。力がねえからだ」
ムトは呆然と、憤怒の形相の、その奥に深い悲しみと後悔を秘めたモンドを見ていた。
「団長は言った。全員が助かるにはこれしかないと。団長がこれまで誰も死なせないように苦心してきたのは知っているだろう。団長は甘い。甘すぎる。いつ誰が死んでもおかしくない傭兵稼業で、誰も死なせないなんて不可能だ。でも、それが団長の願いだ。その団長に全員を無事下山させろと頼まれちゃ、やるしかないだろうが。それに、この作戦には続きがある」
「続き、ですか」
「そうだ。急いで下山し、先に下りたギースたちに連絡を取る。あいつらに対ドラゴン装備を運んでもらって、もう一度ラーミナに挑む。団長が力尽きる前に、俺たちは山を往復する必要があるんだよ。そしてムト、この中で一番持久力があって足が速いのは、お前だ」
モンドがムトを引っ張り上げ、立たせた。
「自分が今出来る役目を全力で果たすしかねえんだ。それが、団長を守る一番の方法だ」
まだわからねえのなら、もう一発喰らっとくか? と、モンドがムトの前に拳を突き出す。
その必要がないことはモンドにはわかっていた。ムトの顔つきが変わっていたからだ。
「行けるな、ムト」
「はい!」
口元の血を拭い、ムトは走り出した。
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煙の晴れたカルデラを見渡す。周囲には私とラーミナ、一人と一匹しかいない。団員たちは上手く撤退できたようだ。そのことに、まずは胸をなでおろす。
敵兵たちも、さっきのドサクサに紛れて撤退していた。私たちが何をするのか知らなかったはずだが、まさに機を見るに敏。あの指揮官、用兵技術も判断力も優れていたようだ。あのまま戦っていたら、もしかしたら負けていたのはこっちだったかもしれない。
「そう考えれば、もしかしたらあなたに会えたのは幸運だったのかな」
ラーミナを見据えて冗談めかして言う。長い舌を出し入れし、ゆっくりと長い鎌首を時計回りに動かしながら、こちらに近づいてくる。
改めて、ラーミナの全身を観察する。体長は二十メートルから三十メートルといったところか。色が頭と尻尾で微妙に違うのは、先ほど飛ばした古い鱗が残っているかどうかの違いだろう。
「ん?」
ふと気づく。右側の胴体の真ん中あたりに、不自然な凹みがある。そういうフォルムかと思ったが、左側にそんな凹みはない。
「もしかして、あなたがプルウィクスで目撃された手負いのドラゴン?」
答えが返ってくるはずがないけれど、直感的に正解な気がした。攻防一体のラーミナの鱗を貫き、その身を傷つけるなんてよほどの相手だったはず。
まさか。
そもそもの話、プースとムステが縄張りを追い出されたのは、ラーミナが来たからだ。つまり、ラーミナももともとここにはいなかった。別の場所を縄張りにしていて、何者かと戦い、敗れ、追い出されたのだ。上位種のラーミナに傷を負わせる存在など、そうはいない。
脳裏に浮かぶのは、炎。溶岩よりも赤く熱くうねる憎悪。
「あなたも『奴』に追い出されちゃったのね」
思わず同情し、苦笑する。こちらの馬鹿にしたような発言に、言葉がわかるわけじゃないのにラーミナは激高し、鱗を震わせた。
ジャアアアアアアアッ
持ち上げていた鎌首を叩きつけるようにしてラーミナが突進してきた。私はすかさずアレーナを伸ばし、ラーミナの突進軌道上から逃れる。突進したラーミナはそこかしこに転がる岩を砕きながら進み、ようやく止まった。
モンドにも話した推測だが、ラーミナの鱗飛ばしは連発はできない。当たり前だが、新しい鱗がすぐに生えてくるはずはないからだ。人間の皮膚だって二十八日の肌周期がある。その証拠に、逃げる敵兵は自分の足で追いかけていた。百メートル走世界記録でも逃げ切れない速度だが、付け入る隙はある。
一トンを軽く超えるであろう巨体が、その速度で走れば当然慣性が働き、急に止まったり曲がったりすることはできない。反対にこちらは小回りが利き、加えてアレーナがある。体力が続く限り、鱗飛ばしのないラーミナから逃げ続けるのはそこまで難しくはないと踏んだ。私が耐久戦を挑んでいる間に、モンドたちには下山して、先に帰還したギースたちと連携して装備を運び込む。
一番は時間を稼いだ私自身がラーミナから逃げ切れればいいのだが、それは難しそうだ。ラーミナは完全に私をロックオンし、多少の距離は追ってくる。戦闘は避けられそうにない。ならばただ逃げるだけではなく、ラーミナの行動パターンを少しでも多く見抜いておきたい。その余裕があれば、の話にはなるが。
「一番の問題は、私の体力がどこまで持つか、なんだよねぇ」
瓦礫をものともせずかき分け、こちらに向き直るラーミナを見据えながら、私は顔に滴ってくる汗を拭った。
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