第166話 それは、火山の噴火にも似ていた

 音と光が弾けた。相手の足元に投げ込まれた閃光手榴弾が期待通りの効果を発揮したのだ。一瞬現れる長い影が消えたタイミングで、私たちは物陰から躍り出る。

 銃砲が断続的に木霊する。合図はしない。目を奪われている敵が混乱しながらも頼るのは耳だ。ならばわざわざ、こちらの発射タイミングを教えてやる必要はない。

 相手が動けない間に集中して火力を叩き込む。ここで戦いの趨勢を決めてしまいたい。向こうも数は多くない。二、三割も味方が倒れれば撤退を考え始めるはず。

 だが、想定よりも相手にダメージが与えられていないように見受けられる。膝をつきつつも、掲げる盾は力強くこちらの銃弾を防いでいる。

「銃撃止め! 接近戦に切り替えます! 狙撃手は弾の補充を!」

 通信機に叫び、敵陣へと切り込む。アレーナを射出機代わりに自分の体を加速させて飛ばす。十数メートルの距離が一気に縮まり、盾に足裏を叩きつける。盾を押し込むようにしてそのままジャンプし私は宙へ逃げ、蹴られた相手は体勢崩した。だが、後ろに控えていた敵の仲間が支え、すぐに立て直す。そして、私の方を見上げた。

「対策を取られている・・・!?」

 こちらの閃光手榴弾が、全く効果がなかったわけではない。数名は完全に目元を手で覆っているし、半数以上はしかめ面をして半目になっている。だが残りの一割二割はすでに体勢を整えている。見たところ、完全な対策ではないが、こういう目くらましの戦術があり、それに対する知識や心構えを彼らは備えていたということか。

 これまで閃光手榴弾を用いたことは何度もある。いずれ対策なり、似た手口なり出てくるとは思っていたが、今日、ここでとは。

 落下の力を利用しウェントゥスを突き下ろす。目の前の敵兵の鎧の隙間、肩の付け根から胸に向かって刃が通る。絶命した相手を蹴倒し、反動で離れる。密集して盾を出し、こちらの銃弾を防いでいるのならば、逆に身動きがとりにくい。そこを突く。

 集団の反対側にモンドが襲い掛かったのが見えた。ゲオーロが打ち直し、プラエの魔道具を組み込んだ彼の新しい相棒が、切る、ではなく、剛力にて相手を圧し潰した。

 おそらくは魔道具による防護強化の効果が張られている敵の盾は、銃弾を防ぎ切り、モンドの一撃をも防いだ。が、それまでだ。盾を構える人間が耐え切れなかった。閃光で目をやられているのも力が発揮できなかった要因だ。盾で攻撃を防ぐのは、腕力だけでなく技術がいる。攻撃の方向を見定め、可能な限り力をいなす必要がある。でなければ、腕が痺れ、防ぐ力を維持できない。膝をついた相手に、モンドはもう一度斧を叩きつけた。

 振り下ろしの後、モンドは振り上げと同時、その斧を投擲した。彼の手を離れた斧は、別の敵兵の盾に命中し、吸着した。武器を失った、かと思いきや、モンドは右腕に装着された魔道具に魔力を流し込む。

 分かたれた斧の柄の魔道具が輝き、敵兵ごと自分の元へ引き寄せる!

「な、うあっ?!」

 何が起こったかわからない兵は、盾を握りしめたまま宙を舞った。行きつく先は彼の右腕が待ち構えている。高々と上げたモンドの腕に斧と、盾を構えたままの敵兵がたどり着き、一閃。すでに地面に横たわる仲間の上に、もう一人が追加された。

「初陣にしちゃ上出来じゃないか」

 にやりと笑い、モンドは次の敵に相対する。

 プラエが開発した新たな魔道具を組み込んだ斧『マグルーン』だ。斧には二種類の魔道具がつけられていて、刃の部分には刃を保護するためともう一つ、触れたものに引っ付く能力があった。以前相対した特殊なスライムからヒントを得た。スライムは、高い粘着力で餌を取り込み、外部からの攻撃に対し、身を硬質化させてはじき返していた。それを武器に取り込めないかと試して出来たものだ。

 もう一つが私のアレーナを元にして作られたものだ。アレーナは魔力を流し込むことで磁場が発生し、特殊な砂を自在に動かすことが出来るが、普段は強力な磁石同士のように互いに引っ付いて篭手の形になっている。この磁石のような効果をどうにか引き出せないかと常々考えていた。磁石でなくても、離れた場所にある自分の武器を引き寄せることはできないか。常在戦場は口では言えるが、実際に行うのはなかなか難しい。武器が手元から離れることはあり得ることだし、例えば敵の攻撃で弾かれ、取り落とすことだってある。武器がなければ待っているのは圧倒的不利な状況だ。しかし実現すれば、不利を打開し、しかも相手の意表を突ける一石二鳥の効果となる。

 新しい斧の調子は上々らしく、モンドは次々と敵を蹴散らしている。彼の隣に立つムトも、モンドの背中を守りつつ敵を倒していく。

 このままかく乱し、敵を削っていく、そう思っていた矢先だ。

「全員、盾を捨て武器構え!」

 敵の指揮官らしき男が叫び、剣を抜いた。

「混戦となれば飛び道具はない! 接近戦にて敵を蹴散らし、切り崩すぞ!」

 その一言で、敵が鬨の声を上げ、蘇る。混乱が消えて士気が上がり、力が増した。

 やることが明確化したからだ。舌打ちしながらこちらに切り結んでくる相手をいなし、蹴り飛ばす。

 混乱とは、多くの選択肢の中からどれを選んでいいかわからない不安な状態でもある。不安や迷いは力が分散する。人間の割り振れる力が百だとして、迷うと思考に五割は取られる。しかもこの迷っている場合の思考は手枷となり、本来手足に入るべき力を削ぐ。力を削がれればすべてが中途半端になり、本来の力を半分も出せなくなる。

 しかし迷いがなくなると、脳に使っていた力が体に行き渡り、本来の能力が出せる。迷いを無くすために、別に自分が何とかする必要はない。誰かが方針を決めてくれれば、それに従えばいい。特に、指示を出す人間が優秀であるなら、それは間違いではなく、むしろ最適解で、更に相手への信頼によって力が増幅する。

 こうなると、数で劣るこちらが不利になってくる。数の不利を奇襲とかく乱によって打ち消していたのに、閃光手榴弾と銃による奇襲は成功とはいえず、かく乱も収まりつつある。逆に退こうとすれば背中を討たれかねない。

 となれば、取れる手段は新たな混乱を生み出すこと。視線を走らせ、敵指揮官を探す。統率にて力を増幅するなら、統率している頭を潰す。

 見つけ、そして見つかった。敵指揮官と目が合う。どちらという訳でもなく、自然と互いに引き寄せられる。男女が距離を縮めるのは、恋愛ドラマであればロマンティックな展開まっしぐらだが、残念だ。

「おおっ!」

「はあっ!」

 交わされるは愛の言葉ではなく裂ぱくの気合が乗せられた剣と剣。火花を散らしながら刃が削れ、耳障りな音を奏でる。

 一合、二合切り結び、鍔競り合いとなる。

「敵ながら、見事な手腕だ!」

「そいつは、どうも!」

 ぐいと押し込まれるのを嫌い、こちらから手を突き放して離れる。だが、相手は私を逃がすつもりはない。向こうも同じことを考えていたようだ。距離を詰め、上段より切りかかる。振り下ろされた剣をアレーナで防ぐ。剣が行き過ぎるのを見計らって、アレーナで相手の足を狙う。敵指揮官は素早い反応で飛び退り、アレーナを躱す。距離を取って再び相対する。

「だが、負けてやるわけにはいかない! こちらも譲れんのだ! 我らの悲願を果たすために!」

「参考までに、その悲願をお聞かせ願うわ! か弱い女を誘拐し、痛めつけて果たす悲願ってのは、どれほど大層なもんかをね!」

「貴様のような傭兵にはわからんさ! 愛する国が長年搾取され続ける苦しさを、それを良しとするしかない屈辱を!」

「は、じゃああんたらも虐げられる側ってやつね! 虐げられる人間が、さらに弱者を虐げるなんて笑い話にもなりゃしないわ!」

 この指揮官は手強い。少しでも隙を作るべきだ。挑発のつもりで言葉の応酬を続ける。だが、指揮官が見せたのは怒りではなく驚きだった。

「まさか、貴様なのか?」

「何の事・・・?」

「俺の今の言葉で、あんたらも、と言ったな。俺と同じようなことを口にした人間にあったということだ」

 過去の記憶が脳裏をよぎる。まさか、アルボスでボブの店を占拠していた連中の仲間か!? 今度は私が驚く番だった。

「やはり、心当たりがあるようだな。では貴様たちが報告にあった、我らの邪魔をしている傭兵団か。そして、お前たちが存命という事は、アルボスに潜入したラリアスたちはもう」

 悲しげに首を二、三横に振り、再び上げた顔には私に対する怒りとそれを上回る使命感のようなものが見て取れた。

「戦場でのことだ。死んだかもしれないと覚悟はしていた。が、仇は討たせてもらう」

 両手で剣を持って顔の横にもってくる、剣術の示現流と呼ばれる型に似た構えで指揮官は私の前に立った。対して私は、両手をだらんとさげ、左手のウェントゥスを、右手のアレーナをいつでも振るえるようにする。どちらで攻め、どちらで守るか悟らせず、迷わせるためだ。相手の手を読みあう。

 シミュレーションは出来た。向こうも覚悟を決めた。いざ尋常に。


 そして、私たちの奮闘も、彼らの覚悟も。全てを飲み込み、ぶち壊す咆哮が轟いた。

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