第164話 救出作戦

「何か、不味いことになってるかも・・・」

 メアリーで内部の音を聞いていたプラエが、アンの窮地を察知した。

「プラエさん、内部の敵の位置や数はわかりますか?」

 話をしながら策を練る。

「敵の位置はわかる。内部は三階で一部屋ずつ。各階それぞれで音を検知。人数は、詳細はわからないけど、足音や話し声からして一階は二、三人。二階は休憩所も兼ねているのか十数人だと思う。三階は四、五名ほどかな」

「アンがいるのは?」

「三階。今、彼女が口論しているのが聞こえた。話す、話さない云々の話をしているっぽい」

 情報を引き出そうとしているのだろう。急がなければ。

「三階の部屋の場所はわかりますか」

「音が取れてるのはこの管だから、ええと、この方向、あの辺り、かな」

 プラエが指で示す方向は、ここから十メートル程上の山の斜面だった。ぱっと見はただの崖だが、カモフラージュされた空気穴らしき物が複数存在する。上に行けば、その穴から下が見えるかもしれない。

「モンドさん、ここを任せても良いですか」

「ああ。陽動だな」

 頷く。話が早くて助かる。

「プラエさん。以前作ってもらった、爆弾を貰えますか。形を変えられるやつを」

「粘土型で良いの? アレ、威力はそれほどじゃないわよ?」

「強すぎると中のアンまで吹っ飛ばしてしまうので。あの穴に入れて壁だけを爆破しようかと」

「なるほどね。よし、ちょっと待ってて」

 彼女から爆弾を受け取る。以前は魔力を流すことで車のエンジンとするものを、過剰に流すことで内部の回路をオーバーヒートさせて爆弾とした。それを少しずつ改良すること一年以上、魔力を流すと内部で変質し、爆発力に変換させる物を開発して、今ではパイナップル型、液体混合型、可塑性型と複数のレパートリーが存在する。材料の関係であまり多くは作れないのが唯一の悩みだ。

 こうして新しい物を作る度に、嫌でもモヤシの言葉を思い出す。

 ―魔法は理論的で、理屈にあった法則で出来ている―

 まさにその通りだ。使用する物が違うだけで、根本的な考え方はほぼ同じ。物質に力や刺激を加えることで起こる変化や反応を測定し、一つ一つ検証して、目的にあった効果を選び、常にそれが発揮できる状態を創る。無から有は生まれない。全て理由や理屈があり、その先に結果がある。

「ギースさん、狙撃手数名とプラエさんたち非戦闘員を率いて、山頂の方角へお願いします」

「獣の集団を避けてラクリモサに戻るにはそれしかないか」

 頭の中の位置情報を共有する。ここまでの山道は俯瞰でみると、等高線に沿うようにぐるっと登ってきた。現在地は麓の入り口から山頂を挟んで丁度反対側にある。群れに出合ったのが中間地点なので、山頂付近を通って向こう側に出る。山を縦走する形だ。

「はい。まだ下で陣取っていないとも限りませんので。救出後、私たちもそちらの方向へ退避します」

「わかった。お前たちの追手は私たちでけん制する」

「お願いします。では、一分後に作戦を開始します。皆さん、よろしくお願いします」

 頷き、各員が配置につく。私も右腕のアレーナを伸ばして斜面に突き刺し駆け上がる。空気穴に近づき、中を覗き込む。中が何とか見える。

 アンを確認した。椅子に座らされ、拘束されている。それを囲むようにして男が三人。うち二人が、アンではない女性を乱暴に羽交い絞めにし、ナイフを突きつけている。アンはそれを制止しようと悲痛な声を上げていた。正体まではわからないが、あの男連中は敵、という認識で良いだろう。

 粘土爆弾を穴に押し込んでいく。押し込んだ爆弾に魔力を通す線の先を突き刺し、少し離れる。

 足元で鬨の声が上がる。一階付近でモンドが仕掛けたようだ。時間を置いて、手に持った線に魔力を込める。線を伝って爆弾に魔力が通い、期待通りの効果を発揮する。指向性を持った爆発は、建物の内側に向かって破裂、突き刺した穴周辺をきれいに吹き飛ばした。すぐに中を確認する。幸い中の明かりは爆発の影響を受けずに周囲を照らしている。アレーナをブランコのように使って飛び込む。同時にウェントゥスを振るった。粉じんに映る頭部の影が体から離れる。

 残り二つの影が、仲間がやられたのに気づいた。が、こちらにまでは気が向かない。一歩、地を這うように低く間合いを詰める。粉じんが風圧で晴れ、男の顔が見える。相手も私に気づき、叫び声をあげる間もなく口から血を吐いた。男の喉元にウェントゥスが突き刺さっている。素早く引き抜き、振り向きざまに最後の一人がいた場所へアレーナをしならせて振るった。空気を裂いて、アレーナの先端は男の顎を打ち抜く。脳震盪を起こした男はガクンと崩れ落ち、私はその無防備な頭部に追撃を加えた。完全に沈黙したのを確認してから、改めて内部を見渡す。

「まずいわね」

 想定よりも爆発が大きかった。普通の爆弾は火薬量で爆発力が決まる。しかし、プラエが作った爆弾は流し込んだ魔力量で爆発力が変わる。もちろん爆弾の使用量と魔力量は比例するので、量の威力限界は存在するが。

「ちょっと流す魔力量を誤ったわ。生きてるかな?」

 急がないとと気が逸ったせいだ。

「・・・勝手に殺さないで」

 楽しそうなうめき声が聞こえる。爆発で出来た穴から吹き込む風で粉じんが消え、目の前にアンが横たわっていた。

「元気そうで何よりね。さ、逃げよう」

 彼女に近づき、素早く縄を切る。解放されたアンは拘束されていた手首をグルグルと回した。

「ありがとう。でも、本当に来てくれるとは思わなかったわ」

「あなたの部下から依頼されたの。必ず助けてくれって」

「良かった。シャワラは、無事あなた達に合流できたのね」

「ええ。今はフェミナンにいる。悪いけど、勝手に指示を出させてもらったから。全スタッフをフェミナンに集めて、護衛たちに守りを固めてもらうようにって」

「問題ないわ。流石は傭兵団の団長。危機管理能力が高い」

「お褒め頂きどうも。で、この子は?」

 死骸以外で倒れている女性をみやる。外傷はひどいが、呼吸は安定しているし出血も止まっている。すぐに死ぬような致命傷は見受けられない。爆発の衝撃かはわからないが、気を失っているだけだろう。

「イーナよ。うちのスタッフ。行方不明になってたんだけど、彼らに拉致されていたみたい」

「拉致?」

 敵が拉致したという事は、彼女こそがもしやアウ・ルムの・・・。いや、追及は後にしよう。気を失った彼女を抱きかかえる。

「聞かないの?」

「後にする。彼女は助けるべき人間でしょ?」

「ええ。他のスタッフと同じ、私の大切な仲間よ」

「それで充分。行こう」

 外とつながる穴に近づき、下を覗く。モンドたちが敵を上手い具合に砦から引き離している。無線を入れる。

「こちら救出成功しました」

『了解。・・・野郎ども!』

 モンドの指示で、団員たちの陣形が守備から撤退しやすいものへと変化する。

『団長、モンド。煙幕弾フームスを打ち込むぜ。心の準備はオーケーか?』

 モンドの後ろで援護していたテーバが笑う。阿吽の呼吸だ。

「撃て」

 フームスがそこかしこに撃ち込まれる。真っ白な煙が視界を覆っていく。煙が三階まで立ち上ってきたのをみて、アンを呼び寄せる。窓から体を半分乗り出し、アレーナを伸ばして側面に突き刺す。空いた左腕でしっかりと気を失ったイーナを抱えた。

「しっかり掴まっていて」

「え、嘘でしょ、ここから飛ぶ気?!」

「一番早いんで」

 その時、部屋の入り口が勢いよく開いた。

「おい、人質は・・・」

 入ってきた男と目が合う。マズい。男の顔が憤怒に染まる。

「貴様!」

「アン!」

「ああもう! これだから効率重視の人間はぁあああああああああああああ!」

 しっかりと捕まったことを確認し、急速でアレーナを縮める。

 悲鳴を木霊させながら、私たちは斜面と並行にかっ飛んだ。

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