第162話 スタンピード
ユグム山は確かになだらかで、登山道として考えると優しい初心者向けのように思えた。草木もないはげ山なので、遭難もしにくい。道もところどころ隆起していたり切り立っている部分のせいで曲がりくねってはいるが、ほぼ一本道だ。このまま進めば、隣国コンヒュムに誰でも辿り着けるだろう。
問題は二点。
一点は、硫化水素の濃度だ。登山道に差し掛かったところで、どれほど効果があるかはわからないが全員に顔に布を巻き付けてもらった。そして、プラエには現在の空気中の成分濃度に変化があったらすぐに教えてほしいと頼んでおいた。硫化水素による死亡なんて絶対に避けたい。
幸いにして、というのもなんだが、今日は程よく山頂付近から吹き降ろされる風があり、空気が滞るようなことはない。ティゲルが言うには、この季節は西南からの季節風があるとのこと。犯人もそのことを承知しているから、この道を選んだのだろう。
ただもう一つの問題が、私たちの目の前に立ちはだかっている。
「上から来るぞ!」
警告しながらテーバが銃を撃つ。弾丸が対象の翼を打ち抜いた。ぎぃぎぃとわめきながら、姿勢を崩した奴が落ちてくる。命中したのに、テーバは舌打ちし、すぐさま次弾装填する。
視線を外したテーバの前にギースが盾を掲げて構える。その盾目掛けて子どもほどの大きさの奴が落下してきた。ぶつかった瞬間、ギースは歯を食いしばり顔を真っ赤に染めた。ガリガリと盾の上で爪を好き勝手振り回している奴を、ギースは力任せに振り払う。奴が弾かれた先にいたムトが、背後から圧し掛かるようにして胴体を小刀で貫く。
「ムト、助かった!」
「無事でよかった! でも・・・」
ギースに褒められたムトだが、仕留めた喜びもすぐに萎む。すぐに新手が上空から飛来し、彼らに狙いを定めたからだ。
彼らの隣ではモンドと私が、地を這い寄ってくる連中の相手に苦戦させられていた。
「狙撃手に絶対近づけさせるな!」
モンドが他の団員を鼓舞し、自らも盾と斧を掲げて、飛び掛かってきたそいつを弾いた。私はその隙を見逃さず、転倒した相手に接近し目掛けてウェントゥスを振るい、首を落とす。
「下がれ、団長!」
モンドの警告に素直に従い、バックステップで距離を取った。私の居た場所に放物線を描きながら液体が飛んで落ちると、じゅう、と地面から陽炎が立ち上った。他の個体が口から吐き出した液だ。粘性で高温、喰らえば体に火がまとわりついたように酷い火傷を負う。
「この急いでいる時に・・・」
歯噛みし、前を睨む。薄闇の向こうにいくつもの金色の双眸が輝き、こちらの様子を窺っている。
空中から襲ってくるのは『プース』。全長一メートルほどで、蛇の胴体に蝙蝠の翼を合わせた生き物だ。両翼を開いて飛ぶ姿は、どことなく十字架っぽくて、夜も相まって気味が悪い。
地上で私たちの行く手を阻んでいる毛の生えたコモドオオトカゲみたいなのは『ムステ』、鋭い爪と牙、そして高温の液体を吐き出すドラゴンの亜種だ。
山の中腹辺りから、私たちはこの二種類の生物から襲撃を受けていた。
最初、先頭を進んでいたテーバが気配と異音を感知した。
「何か変だ。警戒を!」
後続の私たちにもその音や空気の流れのような物がわかるようになり、武器を構えながら周囲を警戒していると、現れた。一匹、二匹がぴょこんと顔を出したのではない。波のように横にずらっと揃い並んだムステと、上空で戦闘機のデルタ飛行のように編隊を汲んだプース、ともにこちらに照準を合わせて吠えたのだ。そこからは二種の混成群が私たちを飲み込まんと同時に襲ってきた。
「団長、どうする!? こいつはキリがないぞ!」
ジュールが先端に杭がついた鞭、魔道具ウガッカでムステを射抜きながら叫んだ。一匹一匹はどちらも大した強さではない。しかし、いかんせん数が多い。倒しても倒してもすぐに増援が現れて出来た穴を塞いでしまい、彼の言う通りキリがない。その間にも刻一刻と時間は経過し、アンとの距離が開いていく。
撤退も、視野に入れるべきか?
頭をよぎる弱音を、頭を振って物理的な遠心力をもって振り払う。弱音が出ていった頭の空きを、打開策を考えるために使う。何か手を考えろ。
『アカリ、今話せる!』
後方で避難しているプラエから連絡があった。
「どうしました!?」
『ティゲルが話したいって!』
プラエの声が消えるか消えないかの内に、すかさずティゲルの声が通信機に割り込んでくる。
『アカリさん、ティゲルです。そこにいるプースとムステの資料をやっと思い出せました。生息域は火山の火口など、どちらも高温の場所で生息する生物です。反対に、そういう場所以外での発見例はありません。なので、推測になってしまうのですが』
「低い温度に弱い、ってこと?」
『はい。自らの力で体温を保つことが出来ないので、外からの熱で体温調節をしているらしいのです。あとは体内の血液や体液の循環とか内臓機能とかが温度に関係するらしいのですがそこまではわかっていません。何が言いたいかっていいますと、結論として高温で活発に行動するなら、低温では活動力が下がるのではないかと。後は、夜行性ってことくらいでしょうか・・・すみません、知識しか取り柄がないのに、思い出すのに手間取るなんて~。しかも最後は不確実になっちゃって、重ね重ね申し訳ありません~』
「いえ、そんなことはありません。おかげで切り抜けられそうです」
泣きそうな声のティゲルに礼を言う。
「狙撃手はスティリアを準備! 準備中は私たちで守るわ! 近づけさせないで!」
団員に指示を飛ばす。相手を凍らせる特殊な液体を詰めた弾丸型の魔道具を準備させ、その間深追いはせずに専守に回る。
「閃光手榴弾でけん制します! 皆、目を塞いで!」
言いながら、ムステの群れに向けて閃光手榴弾を投擲。一拍置いて、激しい閃光が奴らの眼を眩ませた。ぎゃあぎゃあとムステが騒がしく喚き、プースは視力を奪われたことで高度の感覚が狂ったか地面まで落ちてきている。そんな連中目掛けて、私は水を撒いた。
私が取り出したのは水を出す魔道具だ。以前ラーワーの鉱夫が騙され、鉄を盗掘するのに使っていた物をムトが奪い取ってくれていたものだ。その後色々あって領主に渡しそびれそのまま貰っておいたのだが、正解だった。水気が体温をより効率よく下げるだろう。
「スティリアの用意は!」
「いつでもいいぜ!」
「準備完了!」
私の声にテーバとジュールが応える。
「目標は奴らの手前の地面です!」
「地面だと。本体じゃなくて良いのか!?」
「スティリアの中身をぶちまけて、周囲の温度を一気に下げます!」
「そういう事か。了解だ! 野郎ども!」
ガチャ、と同じ目的のための装填音が揃う。その音を合図に、私は号令をかけた。
「撃て!」
轟音の後、スティリアを詰めた弾丸が着弾して割れる、甲高い音が連続して響く。
一瞬、目の前に巨大な掃除機が現れて、吸い込まれているのかと錯覚した。それは、体温が急速に奪われたためだと理解した。先ほどまで南国もかくやの気温だったのに、今は手がかじかむほどの低温になっている。
目の前のプースやムステに至っては、表面が凍り付き、翼や尻尾からは霜が降りていた。心なしか萎んだ奴らは、身動きできずに固まっている。味わったことのない低温は刺激的過ぎたようだ。
成功だ。だが、安心している場合ではない。こんなもの一時の事、すぐさま地熱で溶かされる。
「全速力で走り抜けるわよ!」
凍えるムステを蹴り飛ばして、群れを突破する。
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