第157話 悲しい生き物

 宿に戻った私は、食堂にて団員たちから一日の報告を受けている。受けて、いるのだが。

「以上になります。現状、大きな依頼は案内所にはありません。代わりに、細かい個人の依頼が多数ありますね。例えば、お気に入りの子に渡す珍しい花を取ってきてほしいとか、精力を増強させるための珍味を取ってきてほしいとか、質のいい革が数種類欲しいとか、直接、間接問わずフェミナン関連の依頼がほとんどですが」

「ありがとうムト君。それで、あの」

 私はテーブルにつく他の団員を見渡しながら、報告を終えた彼に尋ねた。

「皆、どうしたの?」

「どうした、と言われましても」

 困ったように、ムトは苦笑いを浮かべた。

 どうもさっきから違和感がぬぐえない。

 まずはモンドだ。伸ばし放題だったひげが、芝刈りされたのかと思うほど、丁寧に刈られて整えられ、オシャレ髭になっている。髪も切り揃えられ、油で撫でつけられていて、仙人の風貌がちょい悪オヤジに変化していた。

 テーバは、その服いつ取り換えたの? と問いただした事があるくらい同じ服を着っぱなしだった男だ。そして、彼はこう答えた。「新しい服の匂いは獲物に勘づかれる」と。ほう、猟師の心構えかと納得して引き下がった。

 なのに、今の彼は刺繍の入った小綺麗な白いシャツを纏っていた。心構えはどこに脱ぎ捨てたのか?

 他の団員もそうだ。ある者は手鏡で自分の顔を写して毛先や鼻毛のチェックをし、ある者は香水の香りを纏っている。

 うちの団員って、こんなにオシャレ意識の高い傭兵ばかりだったっけ?

 少し考えて、まさか、そんな理由の訳ないよね、傭兵としての矜持を持つアスカロン団員がね、と心の中で首を振りながら言葉を発する。

「確かにフェミナンのオーナーは私の古い知り合いですが、だからと言って私から彼女に対しサービス等の口利きはできませんし、向こうから皆さんの内の誰かを紹介してほしいという話も来ていませんよ」

 ため息が室内を占拠し、あからさまなやる気の低下がみられた。整えられていた髪はくしゃくしゃと掻き乱れ、きっちりととまっていたシャツのボタンはだらしなく開き、鏡は投げ捨てられ、香水の香りは放屁で消えた。本性を現したようだ。

「何を期待しているんですか良い大人が揃いも揃って。そんな上手い話あるわけないでしょう」

 呆れたいのはこっちだ。

「だって、なあ?」

「しないっていう方がおかしいよな?」

「普段から結構頑張っている団員のために、少しくらい骨折ってくれても、良いと思うんだけどなあ?」

 団員の口から不平不満が飛び出てきた。

「無茶言わないでください。オーナーのアンは仕事に誇りを持っています。自分たちの仕事に誇りを持っているから、値段の妥協はできない。その代わり、値段以上の仕事をして満足させる自信があるんです。それを知り合いだからってだけでサービスや割引させようなんて、そんなの彼女たちの仕事に対する侮辱になってしまいますよ」

「まあ、そう言われたら、そうなんだけどな」

 モンドが不承不承といった感じで口をひん曲げている。

「そもそもですよ、皆さんの働きを私は評価していますから、報酬もかなりお渡ししているはずです。少しずつでも貯金していれば、通常のコースであれば問題なく通えるはず。ケチらず、堂々と行けばいいじゃないですか。ケチな男は嫌われますよ」

「わかってねえなぁ団長は」

 テーバが子どもに教え利かせるように、懇々と説いた。

「一回二回で済むなら誰もケチろうだなんて思わないんだよ。一回二回で済まないから、少しでも多く通いたいからわずかでも節約しようという涙ぐましい努力をしているんだよ。それを知らないでケチ臭いだなんてよくも言えたもんだぜ。良いか? フェミナンで一度でもお世話になるとな、抜け出せなくなっちまうんだ。受けられるサービスが極上であることに加えて、通う回数が一定数を越えるごとに、オプションが一つずつ解禁されていくんだ。今受けている天にも昇るような心地の、さらに上が存在するんだぞ? 行くだろう。行くしかないだろうが全て味わい尽くすためになぁ!」

 ポイントカード制も取り入れたアンの商魂の逞しさを関心しつつ、言う。

「これ、ただ娼館に通う通わないの話ですよね?」

 なんで私は怒られているんだ。

「違え! ロマンを追うか追わないかの問題だ!」

 テーバに団員たちから拍手が送られる。涙を流す者もいる。私はもう、考えるのをやめた。

「通うのは構いません。ですが、私の名前を出して値引きを迫るなど、お店側に迷惑はかけないでください。もしそんな報告がアンから入ったら、報酬を五割削ります。その方だけでなく、連帯責任として店に通った全員の報酬を、です」

「「ちょ、嘘だろ団長!」」

 釘を刺しておいてよかった。あの様子だと、本気でやりかねないのが一人か二人はいたかもしれない。

「さあさ、しっかり稼いで、店でも何でも適正価格で通うと良いでしょう。明日からの皆さんの働きに期待しています」

 言うだけ言って私は食堂から立ち去る。背中に文句がぶつかるが無視した。今日はもう、寝よう。まったく、男って生き物は。


 波乱の幕開けか、団員たちからとうとうそっぽを向かれるかと僅かながら危惧していたが、そんなことはなく。

 ムトの報告通り大きな依頼こそないものの、細かな依頼は数えきれないほどあり、そのどれもがそこそこいい額で、小銭稼ぎに丁度良かった。

 ここでもティゲルの知識が役に立った。主な依頼が名品珍品の納品で、彼女は動植物の生息地をかなり把握していたのだ。植物なら群生地を、生物なら生態や種類によっては捕獲方法まで知っていた。彼女のおかげで、場所を聞いて取りに行くだけという、極めて時間と労力のロスが少ない、非常にコストパフォーマンスの高い仕事となり非常にありがたかった。

 また、貴金属の加工品、ネックレスや指輪などの納品依頼においては、プラエとゲオーロが腕を振るった。宝石を指定されていたらその宝石がなければ難しいが、こういうものを、という漠然とした依頼であれば、ある程度制作者側に融通が利く。

 例えば赤い宝石をあしらった指輪という依頼では、プラエが適当な赤い魔術媒体を見栄え良く加工し、それを嵌められるようなリングをゲオーロが作った。依頼人はとても満足し、笑顔で帰っていった。

「プラエさん、あんな赤い宝石持ってたんですか?」

 そう尋ねると、彼女は「宝石?」と一度首をかしげて「違う違う」と手を振った。

「あれはドラゴンの内臓にあった石よ。部位的に、多分尿道にあったやつ。一応とっといたんだけど、特に希少でも魔力が通りやすいわけでもないし、なんとなくばっちいから、扱いに困ってたんだけど。喜んでもらえて良かったわ」

 ドラゴンも尿管結石になるんだ、と何とも言えない表情で、私は依頼人を見送った。

 情報収集も、これまで以上にスムーズに出来た。ラクリモサの不夜城は観光地としても有名で、アーダマスの収集市と並んで人入りが見込まれる。傭兵だけでなく、貴族、商人、果ては一般人までと、様々な国と地域から集まって眠らない街に金を落としていく。ギースやジュールは歓楽街の飲み屋を、ムトやボブは商店を巡って情報を集めていく。もちろん、行く先々でアスカロンの商品の売り込みも抜け目なく行ってもらった。

 危険もさほどなく、しかし報酬はそこそこ良い、ノーリスクハイリターンの依頼ばかりで良いのかなと嬉しくも、何か起きるかもしれないという不安にも似た予感を抱き始めた頃、私たちの宿に依頼人が飛び込んできた。

 誘拐されたフェミナンオーナー、アンの救出というハイリスクな依頼を抱えて。

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