第148話 生きる者の義務
戻ってきたドンバッハ村では、ラーワー軍がまだ駐留し、警備と復興作業が行われていた。入り口付近で警備兵に呼び止められ、訪問理由や身分照会を問いただされているところに、ドンバッハ領主夫妻が飛んできた。
「ティゲル!」
私たちの中から愛しい娘の姿を見つけるや、領主夫人は涙を浮かべ、人目もはばからず抱き着いた。
「お母様、ただいま戻りました」
「お帰り、お帰りなさいティゲル」
抱き合う二人を、領主ザジがまとめて抱きしめる。
「お父様。ティゲルは務めを果たし、無事帰ってまいりました」
「ああ、ああ! お帰り。よくやった。本当に無事でよかった」
しばし三人で再開を喜び合った後、まだ抱き合う二人を名残惜しそうにしながらもザジは離れ、警備兵に向かって私たちの身分証明を行ってくれた。
「彼女らは傭兵団アスカロン。ドンバッハに攻め入ってきた賊を撃退してくれた方々だ。身元は私、ドンバッハ領主ザジ・ドンバッハが保証する」
「さようでしたか。申し訳ありません。助けていただいた方に無礼な真似をいたしました」
警備兵たちが私たちに向かって陳謝する。王都の兵よりも礼儀正しいので少し意外だった。ところ変われば人も変わるというが、変化がありすぎる。
「いえ、そちらもお仕事でしょうし、疑いは晴れたので問題ありません」
「そう言っていただけると助かります。改めまして、この度はラーワーの民と領土、そしてドンバッハ教官を助けていただき、ありがとうございました」
「教官?」
ザジの方を振り向く。恥ずかしそうに頭をかきながらザジが言った。
「よせ。私はもう退役した身だ」
「何をおっしゃるんですか。教官は、いつまでも俺たちの教官です」
聞けば、今回ドンバッハ村の復興作業に駆けつけてくれたのは、士官時代のザジに世話になった者たちだそうだ。少しでも恩を返したいと、通常二日以上かかるところを一日半の強行軍でたどり着いたらしい。礼儀正しいのは、教官が良かったからか。単純な強さだけでなく、何かしら精神や矜持についての教えも徹底していたためだろう。
「お引き留めして申し訳ありません。どうぞお通りください」
彼らの敬礼を受けながら私たちはドンバッハ領に足を踏み入れる。
「さあ、どうぞ。我が家と思い、くつろいでください」
再び通された領主宅一階の広間でザジは言った。
「お疲れでしょう。すぐに食事を用意しますから」
「領主様。ありがたいのですが、その前に、この度の依頼のご報告があります」
私の言葉と同時に、アスカロン団員が整列する。
「依頼の、報告ですか? ええと、村を守っていただいた、ということでしたらそれはもう終わったことでは」
「いえ、まだ続いていました。まずはこちら、領収書です」
懐から紙を取り出し、ザジに手渡す。
「まず記載されている内容のご報告をさせてください。まず、領主様から先払いでお預かりしていた報酬、ドンバッハ領主ご令嬢ティゲル・ドンバッハ嬢を無事お返し致します」
私たちは、揃ってザジの隣にいたティゲルにお辞儀をする。
「ご協力いただき、本当にありがとうございました」
「え、いや、やめてください。むしろ足手まといになってましたから~」
「そんなことはありません。ティゲルさんの知識により、我らは無事サルトゥス・ドゥメイの森を突っ切ることが出来ました。命を守れました。我々にとって命は金より高い。何よりの報酬です。本当にありがとうございます」
真っ赤になったティゲルから、再びザジの方を向く。
「続きまして、プルウィクスの商会代表、ファルサ様より、こちらを預かっております」
もう一通の書状をザジに渡す。彼が読み進めていくのを見計らい、聞いていた内容を口頭でも伝える。
「此度の慰謝料等についての説明を、僭越ながら代理として私からさせていただきます」
「慰謝料、ですか。そう、ですか。律儀な方だ・・・、ん? え・・・へ!?」
ドンバッハを出発する前、ファルサとザジは謝罪云々の話をしていた。そのことに思いをはせていたザジは、書面を読み進めるうちに顔が変化していった。視力を疑い、文面の意味を無駄に深読みし、最後に素直に受け取って驚愕していた。
「ど、どういうことですか!? 味噌、醤油等の大豆製品に関してのプルウィクスとの交易、しかも向こう十五年、合計金貨五千枚分の取引って! 村の約五十年分の売り上げですけど!? というかプルウィクスの名前を冠するってことは、つまりは王族との取引ってことですか?!」
「ファルサ様は王家御用達の商会の方だったので、そうなりました。詳しい話は後日買い手を向かわせるとのことです」
「しかし、今回の事で畑の半分が焼失してしまった。せっかくのお話ですが、ファルサ殿の商売に足るだけの品質と量を確保するのは」
目の前に破格の好条件があるのに、諦めなければならない悔しさを滲ませる。被害者なのだから、当然のような顔で受け取ればいいと思うのだが。そういう人の好さが、彼の良さであり、辺境の貧乏貴族である所以か。だが、その性格すらもファルサたちは見抜いていた。
「その件につきましても、もちろんファルサ様はご承知です。したがって、現在蓄えてある在庫が不足していたとしても規定の額で買い取り、不足分を今後分割で納めていただく形にしたいとのことです。詳しくは買い手の方との商談になりますが、悪い話ではないはずです」
呆然としたザジの瞳から、ほろりと涙がこぼれた。彼の肩に、夫人とティゲルが泣き笑いの表情で縋りついている。
「亡くなった者たちには、本当に申し訳ないことだ。遺族にとっては納得いかないことだ。けれど、けれど。生き残った者たちは、これで飢えずに済む。良い事だ。だが、私は、喜びたいが、素直には」
「いえ、喜ぶべきです。全力で」
ザジの逡巡を私は断言をもって切った。正解とか間違っているとかの問答は他所でやってほしい。今この場では、無理やりにでも喜ぶべきだ。私の顔を見上げる彼の顔から、目をそらさずに言い切る。
「生き残ったあなた方は、生きなければならないのです。命を繋がなければならないのです。死んだ方を弔わなければならないのです。彼らが生きるはずだった時間を、あなた方は生きているのです。意地もプライドも倫理観も、率先して貴方は捨てるべきです。領主たる貴方は、生き残った領民と領地を守らなければならない。死んだ者たちに顔向けできる生き方、戦い方をしなければならないと思います」
悲しむなとは言わない。悔いるなとは言わない。死んだ者を忘れるなとは言わない。無理な相談だ。私が言えた義理じゃないから。
けれど、それと自分たちが生きる事はまた別の話だ。
「・・・・・・そうだ。そうだな。私は領主なのだ。アカリ殿、すまない。私自身で気づくべきことを。恥ずかしい話だ。私は生き残った領民と領地を守らねばならん。当たり前のことを、どうして忘れていたのか。これでは死んだ者に示しがつかんな」
袖で顔をごしごしと拭う。拭った後の顔は、幾分赤いが、引き締まっていた。成すべきを成すと決意したようだ。
「傭兵団アスカロン、アカリ殿。確かに依頼報告書、及びファルサ殿からの書状をここに頂きました。これにて、依頼完了となります。お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。村を守ってくれて。このご恩は、一生忘れません。領民を代表して、御礼申し上げます」
夫妻と娘が揃ってお辞儀し、感謝の意を示してくれた。姿勢を直したザジたちは、駆けるように厨房へと走っていく。
「さあ、堅苦しい話はこれでおしまいにしましょう。全力で生きるために、今日は宴会です! 皆さんもじゃんじゃん食べて、飲んでいってくださいね!」
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