第143話 エンカウンター

「各種の駒の動かし方は、こんな感じです」

 十×十の盤上で、サルースが一つ一つ駒の動きを説明してくれた。

「元はルシャ、リムスとは違う世界の住人が持ち込んだものが、色んな地域に広まるにつれ、時間と人を経由し、新しいルールや駒が追加されていきました。この辺りではこの『戦盤』として確立されていますね。斥候、槍兵、弓兵、騎馬、重戦士、暗殺者、将軍、そして王。八種の駒を動かして相手と駒を取り合うゲームです」

 将棋やチェスが、異世界でさらに変容を遂げたのか。チェスなら少し知っているから、ルールを覚えるのはさほど難しくなさそうだ。

「とはいえ、やることはどのゲームでも変わりません。どんな手を使ってでも、相手の王を取る。ま、習うより慣れろ、です。まずはやってみましょう」

 お先にどうぞ、と先手を譲られた。まずは斥候の駒を動かす。

「なるほど、騎馬の道を開けたわけですね。定石だ。もしかして、戦盤ではない別のゲームを?」

「昔、少しだけ。駒の種類もルールも違いますけどね」

「そうでしたか。では、僕も」

 サルースも斥候の駒を動かした。その後ろには重戦士がいる。他の駒の道を開けるというより、守りを固めるための一手のように見えた。

「打ちながらでいいので、少し話をしませんか」

「話ですか?」

「ええ、さっきも言ったように、世間話です。この国について」

 駒を持つ手を一瞬止め、相手の顔を見た。相変わらずのフルフェイス、表情が伺えない。

「プルウィクスについて、と言われましても。私が知っているのは、他の大多数の人間が知っていることとさほど変わりませんよ。魔道具開発が盛んで、五大国を除けばかなり裕福で、そして、あなた方のような優れた兵が守っている、という事くらいです。国について話をするなら、私のような部外者よりも内輪で話された方が良い」

 言い終えて駒を動かす。

「あはは、そうしたいのは山々なのですがね。恥ずかしいことに、今この国は一枚岩とは言えないのですよ」

 手を盤の上で彷徨わせながら、サルースは言った。

「大丈夫ですか? ファルサ将軍の前でそんなことを言って」

「休憩中なので大丈夫です。それに、今更でしょう。謁見の間であんな醜態を見られてるんですから。それに、ここでの話は外に漏れることはありません。特殊な魔道具を設置しておりますので、覗き見も盗み聞きも不可能です。また、外部への連絡もできませんよ」

 サルースの言葉にプラエが舌打ちした。彼女を見ると、小さく首を横に動かしていた。こっそり通信機で連絡しようとしたらしいが、通じないようだ。

「まだわが国でも開発途中の、遠方の人間と即時連絡を取り合える魔道具。まさか他の魔術師に先を越されるとはねぇ。魔道具技術最先端のプライドずたずたですよ。でも、並行して、その通信を阻害する魔道具も開発していたので、ギリギリメンツは保てた、と言ったところですかね?」

 サルースの駒が動く。

「ご安心を、プラエ女史。本当に、ただの世間話です。お二人を害するつもりは毛頭ありませんから。ホントホント・・・、何だか僕が言うと、どうにも信ぴょう性に欠ける言い方になっちゃうな。日ごろの行いのせいかな?」

「そんなに悪いんですか?」

 駒を動かし、上目遣いに彼を見る。

「ひどいな。これでも一軍を率いる将なんですけどね。まあ、周囲からは『将軍に上手く取り入ったゴマすり野郎』と言われてますけど」

「嫌われてますねぇ」

「悲しいことに」

 交互に駒を動かす。駒が盤を打つ硬質な音が室内に反響する。

「さて、話を戻しましょう。今我が国は二つに割れようとしています。王子派と王妃派です。この問題、長く続けばやがて彼ら彼女らの後ろにいる二つの大国の争いとなり、ひいては五大国を巻き込むことになる。今そんなことになられると、非常に困るんですよね。あなたが言ったように、内輪では散々議論して、結局最適解は出ませんでした。なので、外部から新しい着眼点を得て、固まった議論に風穴を開けたいわけです。どうでしょうか。アカリ団長。何か一発逆転の良い手はありませんかね?」

 話と手番が振られる。いつの間にか盤上は互いの駒が取られ合う混戦状態だ。サルースを見る。ファルサを見る。彼らが一体、私に何を求めているのかを考える。当たり障りのない話であれば、簡単だ。適当に話を誤魔化して逃げる。王子派と王妃派を上手く仲良くさせればいいんじゃないかとかでいいし、国政の難しいことは傭兵にはさっぱりわかりません、とかね。もしくは、私がもともと依頼を受けた経緯から答えを出せばいい。コルサナティオを送り届けたのは、王妃を打倒するためだったはず。彼らはおそらく王子派。なら、今度こそ王妃を打倒すれば万事丸く収まる。

 いや、収まるのはこの場だけだ。プルウィクスでは問題は残り続ける。王妃を打倒してすぐ一丸となれるわけがない。そもそも、王子派自体が一枚岩とは限らない。謁見の間では、王子は王妃にしかできない犯行だと断定していたが、違う。動機云々は無視して可能性だけを考えれば、王族全員が容疑者になりうるのだから。

 しばし考え、動かす駒を決める。

「世間話です。あなたや後ろの人は、プルウィクスとは何も関係ないただの人ですね」

「ええ。僕はただの粋な男です。後ろはただの頑固ジジイです」

「後で覚えておけ。フル装備で城壁十周走らせてやる」

 ファルサの低い声を聞きながら、私は斥候の駒を取った。

「もし私が一つにまとめようと画策するなら。王子にも王妃にもトップには立たせません」

 斥候が相手陣地に入る。一番弱い斥候が相手陣地に入ったら、取られた好きな駒を選び、取り換えることが出来る。人質解放というルールだ。奪われた重戦士の駒に取り換える。

「いやいやいや、待ってくださいよ。この二人が実質今のプルウィクスのトップなんですよ? その二人のどちらかで掌握するのが手っ取り早いのでは? あまり時間はかけられないという事をお忘れでないですか?」

 サルースが苦笑しながら駒を動かす。重戦士の前に、槍兵が立ち塞がった。

「それでも、です。どちらがトップになっても、この国は戦争になります。今あなたが言ったように、ラーワーとアウ・ルムが争う火種になる。どっちが勝っても角が立つ、というやつです。ならば第三者、ラーワーもアウ・ルムも関係のない人間が王位に就けばいい」

「そんなこと、どうやって?」

「知りません。これ、世間話ですよね? そこまで責任は持てません。ですが」

 重戦士の前にいた槍兵を弓兵で奪う。

「これは勘ですが、すでに誰かは準備を始めているんじゃないですかね?」

「準備?」

「ええ。私が考えることくらい、この国にいる誰かはすでに考えついている。そのための準備を進めているような気がします」

「なぜそんな気がしたのか、お聞かせ願っても?」

「今回のコルサナティオ王女たちが襲撃された件。確かに王妃の関与は濃厚でしょう。ですが、王妃だけと断定はできない。もし単純な王子対王妃の図柄であるなら、やはり王妃側に王女たちの進行ルートは漏れなかったと思います。内部に王妃のスパイがいたとしてもね。という事は、私の考えになりますが、王妃側に他の王位継承者が味方している、となります」

「へえ。こいつは新解釈です。それは考え付かなかったな」

 本当か? その割にはあまり驚いていないように感じるが。

 サルースが王を逃がした。そのまま放置すれば、後三手で詰んでいたところだ。

「どの王位継承者かはわかりませんし、どうでも良い事です。問題は何のために王妃側についたのか。例えば第二王子であれば、どっちが勝つにしろ結局自分は二番手以下です。報酬次第ではどちらにでもなびくでしょう。同じく第一王女も同じ理由で敵味方が入れ替わります」

 謁見の間では、彼らはとても大人しかった。立場をわきまえて、という訳ではないだろう。本当に敵対し、王妃を憎く思っているのなら黙っていられるはずがないのだ。

「ただ、私は王族の皆様の性格も野心も知りませんので、絶対に裏切るとも、忠誠を誓っているとも断定はできません。しかし、ご自身でのそういった絵を描ける才覚があるのであれば、いずれ二人を追い落とすことが出来るかもしれませんね」

「ううん、確かに第二王子クオード様も、第一王女レウェラ様も素晴らしい方ですが、暗躍するほど立ち回りが上手いわけではないと思いますがね。良くも悪くも、あの方々は王でも時期王でもなく、王族でありますから」

 権力を持っているだけ、と言いたげだ。

「となると、後考えられるとしたら。彼らを操る人間がいるわけですよ」

「王族をですか? それはなんとも、不敬な輩がいたものだ」

「言い方を変えましょう。王族全員から信頼される、この人間を抱き込めばプルウィクスを取ったも同然と思わせる人物です。その人の言う事なら問題ない、と思わせるだけの信頼があれば、誰も疑問に思いません。そんな人物であれば、国を思うがあまり国をまとめ、乗っ取るくらいの計画を立てていても不思議ではない。誰をトップに立てるかを決めたら、後は自分の関与が疑われないように、王位継承者を消していく」

 私が何の事を言っているか、二人はすぐに気づいた。今回の襲撃で誰が死んだか、彼らの方が良く知っているはずだから。もちろん可能性の話です。と付け加えておく。

「王手です」

 駒を動かす。暗殺者の駒が、王の一歩手前に躍り出た。

「ありゃま、これは参った。初めてなのにどこかの将軍の何倍も強いじゃないですか」

 サルースの軽口に、ファルサは乗ってこない。

「アカリ団長、貴方は素晴らしい。たった少しの情報しかあなたに入っていないのに、そこからまるで全てを見通したかのような話を構築される。見事な眼を持っている。実に良い。しかし、です」

 サルースが将軍の駒を取った。

「その後の事をお考えかな。王子と王妃を追いやり、第三者を王位につかせても、まだ最大の問題である二つの大国が残っている。むしろ、王子と王妃は二つの国が攻めてこない理由、くさびでもある。それを外してしまうと、今度は二つの国が襲い掛かってくることになるんですよ」

 将軍の駒が私の暗殺者の駒を倒した。逆に、私の王が狙われる。一手で趨勢が変わった。

「その件を無視はできないでしょう。国を思うなら」

「ええ、そうですね。だから」

 だから。

 頭の中にある情報が繋がってくる。そう、その人物はいつまでも両大国にびくびくしている状況を憂いているはず。発想が逆だ。その大国をどうにかするために王位継承問題も利用しているはずだ。私はそういう、気の長い戦略をこれまで何度か目にしてきた。ラーワーのミネラ、ヒュッドラルギュルムのアルボスで。

 私は重戦士の駒を取り、将軍の前に置く。これでお互い詰まず、仕切り直しのようになる。

「大国の妨害が入らないよう、各地でちょっとした嫌がらせをするでしょう。例えば、全く無関係の大国同士を争わせるようにしたり、武具の材料である鉄の産出量を操作して経済の混乱を引き起こそうとしたり、プルウィクスに構っている場合ではない状況を作ろうとする。大事を起こして小事を隠そうとするのではないでしょうか」

 視線を向ける。向こうも、フルフェイス越しにこちらを見ている。確信に近い物を得た。


 お前らが、龍を操る者か。

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