第142話 約束された健やかな目覚め

 目が覚めた時、私は王城の客間のベッドで寝かされていた。久しぶりに熟睡できた。さすがは王室御用達のベッド。これまで使用したどの宿屋のベッドよりも柔らかく、かつ丁度いい反発力は学生時代に使用していたニトリのベッドを思い起こさせた。そうか、リムスの王室御用達と同レベルなのか、凄いなニトリ、としみじみ思ってしまった。

 私と同じ部屋にプラエが泊ってくれていた。いつも彼女は、私が気を失っていた時にそばにいてくれて、事情を説明してくれて、ついでに説教をしてくれる。得難い人だ。これで酒癖が悪くなければ本当に素晴らしい人だと思う。

 彼女からその後の顛末を聞く。

 まず私のケガについてだが、腹の傷は出血こそ派手にしたものの、針は貫通しており、臓器や太い血管は傷つけておらず致命傷に至らなかった。眠ったままなのも、これまでの旅の疲れ、主に睡眠不足によるもので心配いらないと診察した医者が言っていた。

 次に暗殺犯だが、結論から言えば捕まらなかった。プルウィクスが兵を総動員して街中を捜索した結果、本日早朝に貯水池に浮かぶ遺体を発見した。付近に暗殺に用いられたと思しき魔道具が落ちており、犯人と断定された。王妃と王子の裁判もどきも、暗殺騒ぎと暗殺犯が死亡したことでうやむやのまま終わった。王妃が関与している疑いは深まったものの、決定打はなく、限りなく黒に近いグレーな状態だ。ただ、火種はくすぶり続け、いずれ爆発することになるだろう。私たちには関係のない話だ。もちろん、依頼があれば受けるかもしれないけれど。

 私たちがここで泊まっている間、他の団員たちは城下街の宿で待機している。コルサナティオが約束通り、全員分の宿代を支払ってくれたようだ。

「そうだ、依頼は果たしたのだから、他の報酬はどうなってます?」

「心配いらないわ。約束通り用意してくれるって。あと、ドンバッハ村の方も問題なく話が進んでいるみたい。むしろ、リッティラ王子が積極的に交易を推進しているみたいね。魂胆は見え見えではあるけれど、良いことじゃない?」

 ラーワーとの結束を少しでも強くしておきたいのだろう。ドンバッハ村の味噌と醤油が広まり、生活に欠かせないものになれば、アウ・ルム派だった人間も寝返るまではいかないが穏健派、中立派になるかもしれない。胃袋を掴んだら勝ちなのは世の主夫・主婦だけじゃない。

 それに、ここまで王妃を追い詰める道具を揃えておいて、追い落とせなかったという後ろめたさもある。おそらく、同じラーワー派にはこっそり勝利宣言を、ラーワーには良い顔をするための報告書を作らせたりしていたに違いない。他のことで補填しようと考えるのは自然なことだ。

 ともあれ、依頼は達成、あとは報酬を頂くのみと相成ったわけだ。やれやれ、本当に今回はどうなるかと思った。

 コンコン、とドアがノックされた。プラエと顔を見合わせる。互いに一つ頷き、私はウェントゥスを、プラエはハンドガンを構える。王城であろうと、万が一の用心はしておいて損はない。

「どちら様?」

 プラエがドアに向かって声をかけた。

「お休みのところすみません。コルサナティオです。プラエ女史、アカリ団長のご様子はいかがですか?」

 予想外の来訪だ。

「少々お待ちください」

 小走りに駆け寄って、プラエはドアをゆっくりと引いた。ドアの陰には念のためハンドガンを隠している。私も、毛布の下にウェントゥスを隠す。

「王女様、一体どうなさったんですか?」

「団長のご様子が気になりまして。医師からは命に別状はないと聞いてはいたのですが」

 ドアとプラエの陰になって王女の姿は見えない。代わりに、プラエはドアノブから放した手をさりげない仕草で腰に回し、私に向けて指を三本立てた。

 三人、王女の他に二人いるということか。一人は、多分ファルサだ。となると、もう一人はおそらく。

「私に何か御用でしょうか?」

 声をかける。彼女たちが今更私を害するとは思えない。思っていれば、医師を呼ばないか、わざと手術を失敗させるはずだ。招き入れても問題ないと判断する。プラエも察してくれ、ハンドガンをポケットに収納してコルサナティオたちを招き入れる。

 室内に入ってきたのはコルサナティオとファルサ、そして多分サルースだった。なぜ多分かと言えば、彼はまだフルフェイスの兜を被ったままだからだ。

「ああ、よかった。眼を覚まされたのですね」

 私の姿を見るなり、コルサナティオが駆け寄ってきた。目に涙まで浮かべている。これが演技だと言われたら、彼女は大女優の可能性を秘めている。

「ご心配をおかけして申し訳ありません」

 ベッドから起き上がろうとした私を、コルサナティオは「そのままで、無理なさらないで」と押しとどめた。

「改めて、お礼申し上げます。アカリ団長。助けていただき、ありがとうございました」

「そんな、よしてください。私は依頼をこなしただけです」

「それでも。あの暗殺者は誰も気づかなかった。あなただけがいち早く気づき、防いでくれたのです。そうでなければ、私は殺されていたことでしょう」

「いえ、私だけではないと思いますよ。おそらく、後ろのサルース、殿? も気づかれていたと思います。気づいていなければ、あれだけ早く王女と暗殺者の直線上に入れませんから」

「そうなのですか? サルース」

 コルサナティオが振り返る。

「ああ~、ま、そうですね。何かおかしいな、とは思ってたんですよ。あの王妃様が、他人のために祈るなんてありえませんからね。嫌な予感はしてました。なので姫様、私にも感謝してくれていいんですよ」

「調子に乗るな馬鹿者が」

 兜をファルサが叩いた。ああやって叩かれるから、兜を常に被っているのだろうか。コルサナティオが笑って流しているところを見ると、彼の軽口は日常茶飯事で内輪だけなら許されているのだろう。

「王家に仕える者が、王族を守るのは義務だ」

「わかってますよ。でも、こう、働く人間のモチベーションは感謝とか、何気ないものの積み重ねで上がったりするものですから」

「ふふ、感謝しています。助けてくれてありがとう、サルース」

「いえいえ、これで姫様への忠誠心がアップしました」

 ただ残念なのは、とサルースが肩をすくめた。

「姫様に取り付けられていたもの、ポインターでしたっけ。あれを付けたのが王妃だと認めさせられなかったことですかね」

「無理だったんですか? あの時王女に抱きついた彼女以外いないのに?」

 思わず聞き返すと、コルサナティオやファルサが渋面を作った。

「ええ。しらを切り通されました。何も知らぬ存ぜぬ、本当に私が抱きつく前になかったのか、侍従たちがお召し物を取り替えるときにこっそり付けた可能性はないのか、それもコルサナティオ王女の自作自演ではないのか、その傭兵の言っていることは正しいのか、ってね。いやあ、不甲斐なくて申し訳ない。どうしたって権力は向こうが上、絶対的な証拠がなければ、私たちじゃ手が出せません」

 ですがいずれ。そう言ってサルースは固く拳を握った。

「ま、お堅いことはこの辺で置いておいて。私からも、ぜひともお礼を言わせてください。我らが王女をお守りくださり、本当にありがとうございました。プルウィクス兵を代表して、御礼申し上げます」

「何でお前が代表なんだ」

 再びファルサが兜を叩いた。「だって将軍が率先してやらないから」とサルースが文句を垂れ、空気が一瞬にして和んだ。私の周りにプラエたちのような得難い人材がいるように、コルサナティオの周りにも得難い人材が多いようだ。

「だがこの馬鹿者が言う通りだ。アカリ団長、この度は本当に世話になった。無理な依頼をこなし、王女の命を守っていただいた。この恩は一生忘れん。ありがとう」

 手が差し出される。その手を取った。

「いえ、こちらこそ。旅の途中で将軍から頂いたアドバイス、大変参考になりました」

「アドバイス? ファルサ、そんなことをしていたのですか?」

 珍しいものを見た、というようにコルサナティオがファルサの顔を見上げる。

「い、いえ。そのような、大したものでは」

 慌ててファルサが王女に向かって手を横に振る。

「ははあ、アカリ団長、大変だったでしょう。この人すぐ自分の若いころの武勇伝とか自慢したがるから。しかも眠くなるくらい長いんだ」

「お前はそろそろいい加減にしろよ。というか、私の話をそんな風に思っていたのか」

 少し強めに兜が叩かれた。

「冗談ですって。冗談抜きで言えば、アカリ団長、このお方、自分が見込んだ人にしかそういうの話さない人なんで。誇っていいですよ。ファルサ将軍に見込まれる人間なんて、なかなかいないんだから」

「そういうのもやめろ。しかもこっそり自分を褒めるな」

 兜が叩かれる。漫才を見ているような気持になってきて、思わず微笑んでしまった。


 しばらく談笑したころ、ドアがノックされた。侍従がコルサナティオの次の公務のために呼びにきたようだ。名残惜しいですが、と彼女は出ていく。あとにはファルサとサルースが残った。てっきり、一緒に出ていくものと思ったが。

「一緒に、戻らないんですか?」

 率直に尋ねる。

「私ら? いやいや、今休憩中ですから。それよりも、ほら、この前言いませんでしたっけ。あなたの話、ぜひとも聞きたいって」

 そう言えば、言っていた気がする。謁見の間に行く前だ。てっきり社交辞令か何かだと思っていたが。

「将軍から聞いてたんですけど、やっぱり本人から聞きたいじゃないですか。それに、私も百戦錬磨の龍殺しに色々と相談したいことがあるんで」

「さて、ファルサ将軍に認められるような優秀な方に、一介の傭兵が相談に乗れるかどうか」

 少し警戒しながら答える。軽い口調から、突然重たい話をしそうな雰囲気だ。

「またまた。御謙遜を。今も言いましたけど、私は休憩中、そうだな、口調もちょいと戻しましょう。普段は『私』なんて使わないんですよ僕。あ、そういや将軍も『私』なんて普段使わないじゃないですか。休憩中くらいいつも通りにすればどうです?」

「けじめをつけていただけだ。お前と一緒にするな」

 さいですか、とサルースは言いながら、部屋の机を移動させ、私のベッドの前に置いた。机の上に、ボードゲームの盤を用意する。

「なので、何の役職も身分もなく、ゲームでもしながら、世間話みたいな感じでお願いしますよ」

 口調は変わらず軽い。けれど、こっちが本命だったか。王女が出て行ってからが本番なのだ。証拠に、ファルサがサルースを止めようとしない。普通なら怪我人相手に長々と話すことを咎め、止める立場の人間だ。

 またファルサの立ち位置は出口側。私に意識を向けているが、当然プラエも視界に収めている。帯刀はしていないが、その気になれば私ともども殺せるだろう。

「一局、どうです?」

 逃げ場はない。この盤面にしか。笑顔で返答する。

「初めてなので、教えてくださいます?」

「もちろん、手取り足取り」

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