第141話 暗殺

 今度こそ追い詰めた、かに見えた。しかし、王妃の笑みは崩れない。

「なるほどなるほど、その考えで行けば、私が最も怪しいでしょうね。ですが、それは全てあなた達の言っていることが全て正しい、という前提での話です」

「な、王妃、私たちが嘘をついているとでもいうのか?!」

「どうしてお怒りになるのですか? 今あなたが言ったこと、全てあなた自身に向けられるものですよ。アウ・ルム、ひいては私を無実の罪で弾劾するために起こした自作自演とも取れます。だって、私たちはあなた達が襲われているところを見ていないし、賊の発言を聞いていない。あなた達から聞いたものが全て。私たちに確かめようがありません」

 これは参った。私たちの苦労も何もかも、この王妃、なかったことにするつもりか。それはまずい。私たちの報酬に関わってくる。

「あくまで、自分は無関係と申されるか」

「無関係、どころか哀れな被害者ですから」

「では、捕らえた賊を拷問し、真実を聞き出すとしよう」

「まあ、賊を捕らえられていたのですか?」

「ああ。このようなやり方は好みではないが、貴方の悪事をつまびらかにする為には多少の強引さも必要だ」

「そうですか。行動力があり、冷徹な判断力を備えてらして、継母として、嬉しく思います。これで素早い決断力が備われば、きっとピウディスが王になった時、頼もしい参謀となるでしょうね」

「それは、どういう」

 王子が尋ねようとしたとき、ドアが開かれた。兵士が一人、血相を変えて駆け込んできた。

「し、失礼いたします」

「何だ、騒々しい。今、大事な会議の真っ最中だぞ」

 苛立ちを隠そうともせず王子は兵士を叱る。

「リッティラ王子に急ぎお耳に入れたき件がございまして、失礼ながら参上いたしました」

 兵士が王子に近づき、耳打ちする。たちまち、王子の顔色が変わる。

「まことか?」

 王子の形相に怯えながらも、兵士は何度も頷いた。

「おや、どうかなされたの。リッティラ」

 王妃が楽し気に尋ねた。

「王妃、貴方の仕業か」

 怒りのあまり、声が震える王子は、顔を赤黒く染まっていた。

「何がでしょう」

 王妃は涼しげな顔で尋ねた。

「今、牢屋の中で捕らえた賊全員が死んでいた」

「まあ、かわいそうに。王族を狙うという大罪に今更ながら後悔し、命をもって償った、という事かしら」

「とぼけるな! 自害で、頭に穴が開くはずないだろう! 誰かが殺したに決まっている。あなたの差し金だろう!」

「おお、怖い。そんな声を荒げられて。失礼ながら王子。軍事に関してはあなたがご担当。捕らえた賊、そして牢獄の管理もあなたの担当です。あなたがおっしゃるように、仮に私が賊を殺すよう差し向けたとして、あなたの部下はそれを防ぐこともできず、むざむざ賊を殺され、貴重な話が聞ける機会を失った。どう考えてもあなたの部下の失態で、ひいては上司であるあなたの失態なのでは?」

 もはや声も出せないほどに王子は怒り心頭といった感じだ。

「ともあれ、命が失われたことにかわりはありません。賊と言えど、安らかに眠る権利があります。死ねば賊も王族もありませんからね」

 王妃は両手を合わせて組み、両ひざをついて目を瞑った。祈りを捧げているのか。

 いや、違う。祈る人間が、そんな口をするものか。一瞬であっても、楽し気に、嬉し気に、口を笑みの形に歪めるものか。

 窓から光が差し込んでいる。一瞬、それが強くなった気がした。何かが日光を反射したのだ。

 周りの人間は、祈りを捧げる王妃に呆気にとられるか、爆発寸前の王子をおろおろと眺めるか、遠くでラーワーとアウ・ルムに分かれて口論をしている。一種のカオスだ。

 コルサナティオを見た。彼女もどうしたらいいか、次の手を打てずにいた。そんな彼女の背中に、妙なものがついていた。虫、じゃない。虫にしては頭も足もない円形で、どちらかというと機械的だ。円形の中心がかすかに光った。暗殺者たちが使っていた追跡用の魔道具に似ている。

 髪に隠れて見えなかったが、彼女が王妃と王子を交互に見るために首を振った時、髪が揺れて姿を現したのか。さっきまでこんなものなかった。彼女の真後ろにいた私が言うのだから間違いない。じゃあ、いつ付いたのか。私が彼女から目を離したのは、跪いた時だ。その時何があった。


 王妃が、抱きついていた。


 ぞわりと毛が逆立つ感覚。

 飛び出し、コルサナティオに抱きつく。

 爆発物だと取り付けた王妃が巻き添えを食らってしまう。ならば考えられるのは、ターゲットを捕捉し、弾丸を誘導するためのポインターだ。先ほど、賊の頭に穴が開いたと王子が言っていた。牢の位置にもよるが、狙撃を受けたのではないか。脱出させるとかなんとか伝えて、狙撃しやすい位置に誘い出すなりして。自分が考え付くことは誰かも必ず考え付く。逆もまた然り。遠距離からの狙撃が私たちだけの専売特許だなんて、誰が決めた。

「何を」

 驚いた顔で私の顔を覗き込むコルサナティオ。構わず、庇うようにして飛ぶ。

 アレーナを盾として展開する前に、横腹を何かが貫いた。ガカンッ、と何かが床を削る。鉄製の針だ。

「っぐ」

 歯を食いしばって飛びそうな意識を繋ぎとめる。第二射が来る。相手はここで仕留めにかかるはずだ。動かなければ、彼女だけでなく、私も危ない。わかっているのに、足に力が入らない。痛みと血が溢れ出る。

 肩越しに振り向く。光が再び反射した。私がもう一度飛ぶ前に、相手の準備は整ったようだ。

 ガカンッ、と再び針が何かを穿つ。

 しかし、私も、コルサナティオも無傷だ。

 私たちの前に、全身鎧で身を包んだサルースが立っていた。サルースが義手を振り払うと、針が甲高い音を立てて転がっていった。

 ぞくっとした。私以外の誰も、気づいていないと思っていた。だが、最後尾にいたはずの彼がここにいるという事は、私と同じように違和感、異変に気付いたということだ。そして、コルサナティオが狙われると推測した。

 背後からの不意打ちを守ってもらったのは、いつ以来だったか。一瞬、懐かしいと思えるほどの過去が脳裏をよぎった。

「ファルサ将軍! 攻撃です! 皆様を下がらせてください!」

「わかっている!」

 サルースが叫んだ時には、ファルサは軍属の者たちを集めて壁を作り、王族を自分たちの陰に隠しながら出口に向かって後退させていた。誰もが怯える中、笑顔を消した王妃だけが、冷めた目でこちらを見ていた。

「ムト! 団長のアレーナを使って盾を開け! ジュールは団長を頼む!」

 ギースが屈みながら指示を飛ばし、プラエと共にこちらに近寄ってきた。ジュールが私を抱きかかえる。

「王女様、申し訳ないがけど少々我慢して」

 プラエがコルサナティオを後ろから庇うように抱え、さらに後ろにギースが位置する。

 駆け寄ったムトが私から篭手状のアレーナをひったくり、盾のように展開してジュールの前に立った。

「ジュールさん!」

「ああ! 出口まで防御頼む!」

「私が案内します! 窓のない部屋が良いですよね!」

 サルースが体を盾にしながら、ムトと一緒に並んで移動する。彼らに守られながら、私たちは出口に向かった。

「プラエ、さん」

「今は喋らない!」

 ったくこの馬鹿無茶してとプラエが毒づく。そうは言ってもこれを外さなければ狙われ続ける。

「王女の、背中」

「なに?! 背中がどうしたの!」

「ポインター、を」

「ぽい、何それ。・・・って、こいつか!」

 プラエがコルサナティオの背中にあったポインターをむしり取って投げ捨てた。それを見届けたところで、私の意識は途切れた。

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