第140話 ロイヤル裁判

 重々しい扉がゆっくりと左右に開いていく。

 目に飛び込んできたのは、意外にも明るい室内だった。RPGゲームなどで表現される謁見の間は、城の中央に位置していて、窓なんかなさそうに思えた。なので、てっきり中は薄暗く、松明の明りで照らされた薄暗い室内で、こう、居座る王の威厳や圧力を増す室内効果が生まれているんじゃないか、と勝手な想像をしていた。しかし、案内された謁見の間は、四方の側面にガラスがはめ込まれて充分な光量を得られていた。朝日に照らされて眩しいくらいだ。

 広さは、バスケットコート位の縦長で、最奥に五段くらいの階段があった。最上段に豪華にしつらえた椅子がある。あれが玉座だ。空席なのは、王は臥せっているからだろうか。玉座から一段下に妙齢の女性と背の高い男性が、もう一段下には同年代位の若い男女が、その下に三名の女性が、玉座を真ん中にして八の字に並んで立っていた。彼ら彼女らがロイヤルファミリー、位置的に一番上が王妃とその息子、そして第一王子。その下が第二王子と第一王女。一番下が三人の側室か。確かによく見れば、一番手前に位置する線の細い女性は、どことなくコルサナティオに似ているし、その眼差しは優しく、少し潤んでいる。無事を確認できてよかった、といったところか。

 敷かれた赤いカーペットの上を、コルサナティオを先頭にして進む。私とファルサが並んで二番目に、その後ろに団員たちが続き、最後尾にサルースが位置した。玉座に向かうまでに、左右に高齢の老人が立っている。右は軍服、左はゆったりとした布を巻きつけた服、古代ローマ人が来ていたトーガっぽい服を着ている。軍事と政治の役職で服を分けているのか。

 進んでいたコルサナティオが階段の前で立ち止まり、ゆっくりとこうべを垂れた。同時に、ファルサが片膝をついて平伏した。慌てて私たちも彼と同じように平伏する。

「コルサナティオ・プルウィクス。ここに帰還いたしました。皆様には御心配をおかけし、誠に申し訳ございません」

「よくぞ無事に戻った」

 伏せた状態ではわからないが、こういう時に口を開くのは偉い順と相場が決まっている。男の声だから、多分第一王子だ。

「お前が生きていてくれたおかげで、ようやく」

「ああ、コルサナティオ!」

 わざとらしいくらい感極まった女の声が、男の声を遮り、かき消した。場がざわつく。こっそり顔を上げると、コルサナティオが抱きつかれている。一番上にいた子連れの女性だ。

「あ、アルガリタ王妃?」

「良かった。あなたが賊に襲われ、行方不明と聞いた時には、生きた心地がしなかったわ」

 困惑するコルサナティオのことなどお構いなしに、王妃アルガリタは彼女を強く抱きしめて気持ちを表現していた。

 どういう事だろうか。王妃が一連の事件の首謀者ではないのか。彼女に戻ってこられたら困るはずの人間が、一番喜んでいるというのはどういうわけか。

「コルサナティオから離れろ!」

 足音高く階段を下りてきた第一王子が、王妃とコルサナティオを引き離す。敵とはいえ、女性相手にそこまで強く力を込めたわけではないだろうが、王妃は大きくよろけた。

「まあ、リッティラ。離れろだなんて。確かに人目も憚らず抱きつくだなんて、はしたなかったかもしれないけど、嬉しさのあまりの行為なのだから少しくらい大目に見てくれても良いじゃありませんか」

「何が嬉しさのあまり、だ。そのコルサナティオを、そして私を亡き者にしようと賊をけしかけたのは、貴方ではないのか、王妃」

「まあ、心外です。そのように恐ろしい事、私考えたこともございません」

 大げさな仕草で嘆き、顔を覆いさめざめと泣く王妃。

「しらじらしい演技はよせ。貴方の魂胆はわかっている。我が子であるピウディスに王位を継がせんがため、それに反対する私たちを消そうとしたのだ。ラーワーで私たちが死ねば、ラーワーとの仲が拗れることを恐れ調査隊は派遣されず、碌な調査が出来ないまま真相を闇に葬れると考えたのだろうが、当てが外れたな。私たちは無事プルウィクスに辿り着いた。そのすました顔の下、怒りに震えているのでは?」

「自分の腹を痛めたわけではありませんが、それでも陛下の愛し子であるあなた達は私の子ども同然。その二人が無事に帰ってきたことを喜びこそすれ、怒ることなどありえません。あんまりです、リッティラ。私がそのような酷い事をした証拠が、どこにありましょう」

「賊は我らが乗る馬車をピンポイントで狙ってきた。他の貨物を乗せた馬車を素通りしてな。貨物の中には希少な宝石があしらわれた装飾品が多くあったにも関わらず、それらを無視し、最も警備の厳重な私たちに襲い掛かったという事は、あれは金目の物を狙う卑しい夜盗ではない。確実に私たちを狙っていた。私たちの命を狙う動機のある者は、貴方しかいない」

 自信満々に王子が王妃に突きつけた。しかし、王妃は笑顔であしらう。

「なんとまあ、酷いこじつけだこと。自分たちが襲われたのが証拠などと。なるほど、確かに、私はピウディスこそが偉大なるプルウィクスを継ぐ者だと標ぼうしております。しかしそれは、誰もが納得の理由です。陛下と王妃である私との子なのですから、継承権が一位なのは当然。あなた達がどれほど騒いだところで、この事実は覆りません。わざわざあなた達を殺害するメリットも動機もありません」

「動機を云々と言われるのはわかっていた。その程度では認めることはないと」

「認めるも何も、リッティラ、あなたの言いがかりですよ」

「では、我々が聞いた、賊どもの失言はどう説明する」

 そこで王子がコルサナティオの方を見た。彼女は頷き、その時聞いたセリフをリピートする。

「『プルウィクスとラーワーとの繋がりを断つ』。確かに、賊はそう言いました。つまり賊は、ラーワーとのつながりがあるリッティラ王子を間違いなく狙っておりました。そして私たちが包囲を切り抜けた際、焦ったか、こうも言っていました。『アウ・ルムで仕事が出来なくなるぞ』と」

 王妃の笑みは崩れない。しかし、わずかに、ほんの僅かだが眉がピクリと上下した。

「聞いての通りだ。王妃。賊はラーワーとの関りを断ち、アウ・ルムと同盟を強めようと画策した者に雇われていた。この場で、アウ・ルムとの同盟を強化すべき、と声高に発していたのは、貴方だ」

「国家安寧のためにやむなく、そのような発言をさせていただいたことはあります。どうも近年、ラーワー側に傾倒しているように思われたので。プルウィクスは中立であるからこそ、これまで存続できていたことをお忘れですか? 両隣の大国、どちらに傾いても戦争は免れず、また、最初に矢面に立たされるのは愛しき我がプルウィクス。なれば、この国の平穏は、そして世界を巻き込む両大国の激突を防ぐには、我が国が緩衝材となり間を取り持たなければなりません。そのバランスをとるために、アウ・ルムとも仲良くすべきと発言したのが、よもやこうも悪し様に受け取られるとは思いませんでした。そもそも、賊どもはアウ・ルムで仕事が出来なくなると言ったのでしょう? では普通、あまり考えたくはありませんが、アウ・ルムもしくはその関係者の依頼によって動いたと考えるべきでは?」

「それは、ありえません」

「なぜかしら。コルサナティオ」

「賊は、私たちの持つメリトゥムを追尾する魔道具を持っていたからです。メリトゥムが宝石をあしらったただの飾りではないことを知っているのは、プルウィクスでも限られます。それを追える魔道具を作るには、それこそメリトゥムを所持する人間が協力せねばなりません」

 コルサナティオの後を継いで、王子が言葉を叩きつける。

「つまりだ。アウ・ルムの関係者であり、メリトゥムを持つ者でなければ、追尾する魔道具を開発することはできない。両方に合致するのは、あなただけだ」

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