第139話 毒も皿も食らう

 プルウィクスに入った私たちは、サルースの手引きでそのまま王城内部まで案内された。どころか

「謁見の間へご案内させていただきます」

 なぜそんな話になっているのか。確かに王女を護衛してきた。けれどそれは仕事だからだ。王様に謁見するためじゃない。

「そこまでしていただかなくても、報酬さえ貰えればそれでいいのですが」

 もう疲れているから休ませてほしいと疲労を隠すことなく滲ませて伝えたのだが、サルースは私の願いを却下した。

「何をおっしゃるのか。皆様は王族の命を守り切ったのですよ? 王族の方々は皆様に直接お礼を言いたいと所望されております。また、ここまでの道中で繰り広げられた冒険譚をお聞きしたいとのこと。危機を切り抜けるためにドラゴンすら利用する、まさに奇計。私も部隊を率いる身、ぜひとも拝聴したいです」

 それ、本心から言っているのか? まだフルフェイスの兜をかぶっているので、表情が読み取れない。わからずに善意からであれば厄介、わかっててやっていたら確実に裏が何かある。そもそも、私は謁見に良い思い出がないのだ。熊みたいな男と戦う羽目になったこともあったし、ほぼ脅迫に近い依頼を受諾させられたりもした。

「せめて人数は最小限で、他の団員たちは休ませたいのですが」

「では、アカリ団長を含めた四、五名の団員の皆さんでお願いします。見栄え的に四名以上がありがたいかと。ああ、お礼と言っては何ですが、宿はこちらの方で準備させていただきます」

 すぐに案内させますので、とサルースは部下を呼び寄せ、指示を出している。その間に、私たちも振り分けを決める。

 ギース、ジュールは同席が確定だ。何かぼろがあった時この二人ならフォローしてくれる。視線を向けると、ギースは深く頷き、ジュールははいはい、といった風に片手を上げた。

 あと一人、モンドは、まだケガが心配だ。早く休ませてあげたい。テーバは、いつの間にか他団員の陰に隠れている。他の団員も私と目が合うとすぐさま逸らす。戦場ではあれだけ頼もしかった皆が、信頼しあった仲間たちが、揃ってそっぽを向いている。団長として、非常に悲しい。ボブなら貴族と渡り合える話術を持っていそうだが、いかんせん到着するなり疲労で倒れた。団員ではないが同じくティゲルもだ。城に入ってすぐの休憩室、おそらく衛兵の待合所で休んでいる。彼女に付き添うゲオーロを含めた彼ら三人は無理、となると、必然的に選択肢は限られてくる。

「プラエさん」

「ええぇええ、わたしも? 疲れてんだけど」

 あからさまに嫌そうな顔をしているが、彼女がいれば魔道具関係で話が出来るかもしれない。

「ここで上手く話を持っていければ、工房を見る許可を貰いやすいかもしれません」

「仕方ないな。一肌脱ぎますか」

 見事なまでの掌返し。欲求に素直で助かる。さて、あと一人は。

「団長、僕を連れていってください」

 進み出たのはムトだ。

「無理しなくていいんですよ。最低人数の四名は揃いましたし」

「いえ、ぜひ連れて行ってほしいんです。邪魔はしません。よろしくお願いします」

 頭を下げる。

「連れて行こう、団長」

 助け舟を出したのはギースだ。

「貴族の窓口をジュールに絞ってはいるが、彼の補佐が出来る人間は多い方が良い。王族に謁見する機会などそうはない。勉強させておいて損はないはずだ」

 ギースがムトの背中を叩いた。驚いてギースの顔を見ていたムトは「お願いします!」と鼻息荒くもう一度頼み込んできた。これだけやる気に満ちているのなら、その意気を汲もう。

「ではムト君、お願いします」

「はい!」

 元気よく返事するムトから、ちらとギースを盗み見る。まるで卒業する生徒を見守る教師のような目に見えた。

 妙な事を考えては、いないよな?

「準備はよろしいですか?」

 サルースがこちらに近づく。

「では、アカリ団長含めた五名のアスカロンの方は、私の後に続いてください。他の方はこちらの者が宿に案内いたします」

 そう言って後ろに控えていた兵士を紹介する。兵士の後に続き、団員たちが揃って城を出ていく。

「こっちの事は心配するな」

 左腕を包帯で吊ったモンドが言った。

「そっちこそ、充分に気を付けてくれよ。何かあったら連絡をくれ」

「わかりました。皆と、倒れた二人をよろしくお願いします」

 彼に任せておけば大丈夫だろう。問題はこちらだ。

「では、参りましょう」

 サルースが先頭を歩く。私たちはその後を追う。

「そういえば、サルースさん」

 彼の背中に声をかける。

「私たち、装備とか外さなくても良いんですか?」

 逃走劇から直接来たので、武器を持ったままだ。普通、謁見前に外すよう求められるものなのに。そういえば、サルースはまだ兜をかぶったままだ。何かあるんじゃないかという嫌な予感がむくむくと膨れ上がってくる。

「ああ、確かに、皆様外から直接来られましたものねぇ」

 案内した張本人が他人事のように言った。

「まさか、城の中で暴れたとか、そういう因縁をつけて私たちを排除しようとしたり、なんて、考えてません?」

 冗談交じりに尋ねるが、本心は八割くらい真剣だ。

「流石はアスカロン団長。ずいぶんと深読みされる」

 楽し気にサルースは笑った。

「なるほど、確かに謁見の間に許可なく武器を持ち込めば、王家反逆罪として即処刑が適用されます。そして、私がこうして装備を解かないのは、あなた方をこれから捕らえるため、と考えられたわけですね」

「違うんですか? もしそのつもりなら、あなたを人質にでもして逃げようかと思うのですが」

「あっはっは、私のような下位の人間を捕まえても、人質の役割はできませんよ。せめてファルサ将軍くらいを捕まえなきゃ」

「いい加減にしないか、サルース」

 前方から声が聞こえた。件のファルサ将軍が、私たちを待っていた。入城した時点でコルサナティオと共に離れた彼は、私たちと同じように外と同じ服を着ていた。着替える風習がない、わけはないよな?

「ああ、アカリ団長。人質に丁度いいのがいましたよ」

「バカ者、場と時をわきまえんか。・・・申し訳ないアカリ団長。この調子では、この愚か者はあなた方に何も説明しておらんのでは?」

「見栄えのためにこのまま一緒に来てください、としか」

 正直に言うと、ファルサがサルースを睨み、兜を平手で張った。「痛っ」とくぐもった悲鳴が聞こえた。

「全く。説明しておけと言っただろうが。重ね重ね申し訳ない。実はあなた方にそのまま謁見の間に来ていただいたのは、一種の演出をお願いしようと思ったからです」

「演出、ですか」

「はい。この後、王女とも合流し、謁見の間に赴きます。その周囲を、私たちと一緒に固めていただきたい。謁見の間には、王を除いた王族の方々、並びにこの国の政を司る重鎮のお歴々がいらっしゃいます」

 ははあ、そういう意味か。

「私たちが、どれほどの苦労を重ねて逃げ延びてきたか、そして、今も命を狙われている可能性がある、しかもこの中にいる人間に。そういうアピールをしたい、という事なのですね」

「お察しの通りです」

 となると、これから私たちが行くのは謁見じゃない。謁見の間を利用した裁判所となる。面倒な臭いがプンプンしてきた。

「鋭い。流石は音に聞こえし龍殺しの団長。だから、何も説明したくなかったんです。説明したら、多分帰っちゃうんじゃないかと思いまして」

 悪びれる様子なくサルースが言い、ファルサが再び兜を叩いた。もっとやれと応援したい。人の事を噓八百並べて連れてきたのだ。何が冒険譚を拝聴したい、だ。拝聴じゃなくて、事情聴取じゃないか。詐欺もいいとこだ。

 息の詰まるようなところなんてまっぴらごめんだ。なのに、こんなところまで連れてこられ、真正面から頼まれたら非常に断りづらい。いやそれでも、今からでもお断りするべきか、王家の御家騒動なんて巻き込まれるべきではない。

「お待たせしました」

 ・・・遅かった。盛大なため息を吐きながら天を仰ぐ。

 コルサナティオが現れた。彼女はファルサと違いドレスに着替えている。メイド姿からは一変し、高貴さがにじみ出ている。服に着られている感じもなく、着こなしている。本当に、王女だったんだと妙な感慨を覚える。

「もしかして、私が王女だと信じてなかったんですか?」

 視線を感じたコルサナティオが、ちょんとスカートの端をつまみ上げた。

「滅相もない。とても麗しくあらせられます」

「ありがとうございます。では、もうしばらく、お付き合いいただけますか」

「ええ、我が団はアフターサービスも万全なのが売りなので」

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