第138話 義手の男
馬のいななきが聞こえる。大地が規則的なリズムを刻み、私の足裏を叩く。
騎馬の部隊だ。全員が全身鎧で包み、フルフェイスの兜を身に着けた重装騎兵の部隊が、土煙を巻き上げながら、敵陣に向けて速度を上げていく。
山間から朝日が顔を出し、目が眩むほどの日光を地上に向けて放射する。その日光が、地上のある一点で反射した。
反射しているのは、先頭を駆ける男の右腕だ。鎧とはまた違う素材なのか、銀腕が上下するたびに光を乱反射させている。男は後ろに続く騎馬隊に向かって指示を飛ばす。
「蹴散らすぞ! 私に続けェ!」
「「「雄ォ!」」」
男が右手を上げる。途端、彼の腕が割けた。いや、違う。細かいパーツに分解し、組み変え、変化している?!
「魔導義手だわ!」
興奮したようにプラエが叫んだ。アレが、プルウィクスが誇る魔道具技術の粋で出来た義手なのか。
腕が変化したのは、長い馬上槍、ランスと呼ばれるものだ。男が率いる騎馬隊は突撃の速度をそのまま維持し、敵陣の背後に食らいついた。人が馬に跳ね飛ばされ、槍で突き倒されていく。騎馬隊は緩やかなカーブを描きながら敵陣の中を進み、突き抜けた。そのまま止まらず、距離を開ける。彼らが通った後には死体が転がっている。
突然現れ、相手が動揺から立ち直る隙を与えず最速で戦果を挙げ、敵が立ち直るころには相手の間合いから離脱している見事な手腕。
見惚れている場合じゃない。
「総員、射撃準備!」
団員たちが横並びに銃を構えた。準備はしておくものだ。いつこうしてチャンスが巡ってくるかわからないのだから。
「放て!」
雷を思わせる轟音。ほぼ同時に放たれた銃弾の雨が、敵の頭も腹も腕も足も所構わず貫く。手前の敵兵が銃撃に倒れ、その後ろにいた、被害を免れたであろう敵兵は銃声と仲間たちが血を吹き出して倒れていく様を間近で見て、完全に怯んでいる。絶好の機!
「突っ込むわ! ついてきて!」
「「「応!」」」
先陣を切って炎の壁を越える。目の前にいる敵に向けてウェントゥスを振り下ろす。袈裟斬りにされた敵の腕が落ち、わき腹から鳩尾あたりまでさっくり割れた。蹴倒し、踏み越えていく。近くにいた敵の仲間がこちらを向いた。
「きさ」
喋る暇など、与えてやらない。口より先に手を動かす見本を相手に見せた。見せた相手は、二度と見本通り動くことは叶わないが。
スナップを利かせた右腕のアレーナで顎を打ち抜く。首が勢いよく捻じれて顎と頭頂部の高さが同じになり、脳震盪を起こす。がくんと両ひざをついて、丁度いい高さに来た敵の喉を一突きする。口から血の泡を吹いて、仰向けに倒れた。
ようやっと、敵が私を取り囲み、構えた武器で応戦しようとする。しかし、私に不安はない。わかっているからだ。彼らの刃が、こちらに届くことはない、という事を。
「どぅら!」
戦斧が私の横を通過し、敵の鎧を砕き、体まで達した。そんな力技が出来るのはアスカロンでただ一人。モンドだ。飛ぶようにして炎を越えた彼は人に突き刺さったままの戦斧の柄を握り、持ち上げ、なんと人ごとフルスイングした。刃からすっぽ抜けた死体が、敵めがけて飛んでいく。軽くなったとばかりに今度は戦斧を縦に横にと振り回す。局所的な竜巻と同じ被害を敵は受ける羽目になった。
投げつけられた死体を躱した敵だが、残念なことに窮地を脱することは出来なかった。
彼の目の前には、すでに二振りの小太刀を構えたムトが迫っていた。慌てて剣を振るうも、腰が引けた中途半端な剣では人を斬ることも自分を守ることもできない。防ぐまでもないとばかりにムトは体を逸らせ、剣の軌道を最小限の動きで避けた。隙だらけになった敵の鎧の隙間、脇から小太刀を突き刺す。太い血管とその奥の心臓を一突きにされ、盛大な血しぶきを上げて絶命する。
敵を倒したムトの背後から敵が迫る! 一歩、二歩、剣を振り上げた。ムトが振り返る。勝利を確信した敵は、仲間を屠った憎き相手目掛けて腕を振り下ろす。
ぼとり、と腕が落ちた。ムトの、ではない。剣を掴んだ状態の手から前腕部分が、本人の足元に落ちたのだ。振り下ろせたのは、肩から肘付近まで。その先はきれいな断面になっている。敵は不思議そうに己の短くなった腕を見て、くびを傾げた。その顔が真っ赤に染まる。時間の概念を思い出したように、断面から血が噴き出した為に。やがて、真っ赤になった敵の頭も首からずれ、ゆっくりと落ちていく。
「無事かね?」
ムトを気遣う声の方向、そこには、納刀した状態のファルサがいた。恐るべき神速の抜刀が、敵の首を落とし、腕を置き去りにさせたのだ。
「あ、ありがとうございます」
「礼には及ばんよ。さ、次だ」
彼らの後から、次々とアスカロンの団員たちが炎を越えて敵陣に切り込み、その傷を広げていく。
敵の目が私たちに向けば、頃合いを見計らったように再び騎馬隊が突進し、敵の外周を削った。敵陣の内側では私たちが、外側では騎馬隊が大暴れして敵兵を減らしていく。
正直、かなり戦いやすい。騎馬隊を指揮するあの男、かなりの戦上手だ。
打ち合わせをしたわけでもないのに、向こうの騎馬隊は私たちに合わせて動いてくれている。私たちが囲まれそうになれば騎馬隊でけしかけてけん制し、私たちが攻めようとしている個所を察知して敵の注意を引いて隙を作ってくれる。
目が良いのだ、と理解する。彼の目には、この戦場が俯瞰で見えているに違いない。そう思えるほどに的確に采配する。それも、自分も戦いながらだ。戦いの最中だというのに、妙な安心感すら覚えてしまう。
騎馬に追い立てられ、私たちに食い破られた敵は、見る見るうちに数を減らし、ついには動く敵はいなくなった。
騎馬隊を指揮していた男が下馬し走り寄ってきた。ファルサが彼に近寄る。
「助かった。礼を言うぞ。サルース」
男は肩を揺らした。戦闘中はわかりにくかったが、声質から、どうもこのサルースという男、ずいぶんと若いようだ。
しかしこの声、どこかで聞いたような。気のせいか?
「将軍こそ、よくぞご無事で。まあ、貴方なら無事だと思ってましたけど」
「なんだ。無事なのが不服そうな口ぶりだな」
「何、無事じゃなければ空いた将軍の椅子を貰えるかなと思ったまで。そちらこそ、助けられたのが不服そうな口ぶりじゃないですか」
「当たり前だ。お前に貸しなんぞ作ったら、後で何を頼まれるかわからんからな」
「わかってるじゃないですか。色々とお願いしたいことがあるんですよ」
「勘弁してくれ」
将軍と気安く喋っているところを見ると、サルースはファルサの側近という立ち位置なのだろう。位もそれなりに高そうだ。
「サルース」
コルサナティオが男の方へと進み出た。サルースは居住まいを正してその場に膝をつき、首を垂れる。
「姫様。よくぞご無事で」
「ファルサ将軍や近衛兵たち、そしてこちらにいらっしゃる傭兵団アスカロンのおかげです」
「アスカロン? まさか、あの龍殺しの?」
フルフェイスの暗い隙間がこちらを振り向き、品定めのように私たちを右から左へ見た。
「して、サルース。お兄様、リッティラ王子はご無事ですか?」
「ええ、問題なく。御身は王城まで送り届けました。今はお部屋にて休まれ、周囲を近衛兵が固めております。本来であれば彼らに王子の守護を任せ、すぐさま取って返して姫様をお迎えに上がりたかったのですが、準備に手間取りお迎えが遅くなってしまいました。まことに申し訳ございません」
「いえ、敵の包囲を抜けて最も大切なリッティラ王子を送り届けたのです。あなたの働きぶりは評価こそされ、批判されることなどありません。良くやってくれました」
「ははっ、光栄に存じます」
「話の途中で、申し訳ないのですが」
話に割って入る。ここで戦功褒章の式典なんかしてもらっちゃ困る。
「積もる話は後にしていただけますか? ここから早く立ち去った方が良い。でないと、サルトゥス・ドゥメイが追ってきます」
まだ森の出口は一キロも離れていないのだ。せっかく助かったのに、ドラゴンの餌にはなりたくないでしょう? そう尋ねると、三人とも首を縦に振った。異論がなくて助かる。
素早く状況を確認し、プルウィクスに急ぐ。ようやく、依頼を終えられそうだ。
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