第135話 四面楚歌なので歌ってみた
「なるほどな。王家の罠か。王族を殺すと、体内に仕組まれた魔道具が発動し、周囲一帯を壊滅させる、と」
敵の指揮官は結局、私からの情報を求めた。コルサナティオが死ぬと罠が発動する部分だけ説明し、魔道具が髪飾りであることや、彼女が魔力を定期的に込めることで爆発しないようにしている部分は伏せた。そんなことを説明してしまうと、彼女の身ぐるみを剥がして離れてしまう。コルサナティオを生かすために、彼女が死んだら付近の人間も死ぬ部分を強調しておく必要があった。
「その通りです」
「その話を信じる証拠は?」
「わかりませんねぇ。試したことがないので。試すわけにもいかないでしょう?」
「確かにそうだな。そちらのサービス、確かにこれで受け取った。我々も依頼主に確認せねばならないようだ」
すっと指揮官は私に向けて手を差し伸べた。
「王女を渡してもらおう。彼女を連れて、依頼人のもとに向かう。それが、お前たちの話の真偽を確認する最も確実な方法だ」
王女を連れてこの場で殺すと言えば、メリトゥムのことを知っている依頼人は慌てて止めるだろう。暗殺者たちは完全に有利な立場に立ち、相手から報酬をさらに引き出せる。
「わかりました。王女を引き渡します」
「良い判断だ。こちらも手間が省ける」
そう言いつつ、彼らはこちらに向ける武器を下ろさない。まだ警戒しているか、あるいは、最初から殺すつもりか。さて、あのこちらを見下すような、憐憫を含んだ眼は、どっちを意味しているのやら。
仕方ない。あちらが私たちの生殺与奪権を握っている。煮るなり焼くなり好きにしていいと思っているのだ。その場限りの、傭兵相手の約束など反故にしても問題ない。きっと彼らは全滅させた後で、死体になった私たちに嘯くだろう。騙される方が悪い、と。
「では、今から引き渡すので、少々お待ちいただきますか? 準備を始めます」
「準備、だと?」
面食らったように指揮官は言った。
「そうです。え? 知りませんか。傭兵団の儀式を。私たちの部族だけなのかな」
「何だ。一体何をするつもりだ」
「何って、降伏の儀式です。我々はそちらに負けました。本来であれば殺されているところを、命を助けてくれるとおっしゃる。しかし、負けはきちんと認めなければならない。そこで私たちの部族は負けをしっかりと刻み、相手への敬意を示すために、降伏の儀式を行う決まりになっています」
「そんなもの、いらん。さっさと王女を渡せ」
「たとえ勝者であるあなた方の頼みでも、そいつは聞けません。もし不服であるなら、今すぐ我らを全滅させるといいでしょう。本来、我らは死ぬまで戦う部族です。死は誉れ、生き残るは恥と考えます。しかし、屈辱をあえて飲み込み、踏ん切りをつけるには儀式しかありません。たった十分ほどの儀式です。どうせ辺りはまだ薄暗く、移動には不向き。夜明けが来るまでの暇つぶしと思い、私たちに時間をいただけませんかね?」
立て板に水を流すがごとく当然のような顔をして法螺を吹いたのは初めてだ。さて、相手はどう出る? 先に王女と罠の話をしたのはここでさらに時間を稼ぐためだ。討つに討てない状況を作っておきたかった。真偽を確認すると、指揮官自らが言ったのだから。
「十分だ。それで満足して、王女をこちらに引き渡すんだな?」
予想通り、私の法螺を信じた。
「はい。もちろんです」
「自棄になって、余計な真似はしないな?」
「ええ。何なら、武器を捨てて投降しましょうか?」
「分かった。儀式でもなんでも、勝手にしてくれ」
「あなた方の懐の深さに感謝します」
さあ皆、と私は団員たちの方を振り返る。
「降伏の儀式を始めます。準備を始めてください」
当然、団員たちは戸惑う。そんなもの初耳、と言わんばかりだ。当然だ。思い付きで今初めて言った単語だ。彼らは私の顔をどういうこと? という顔で見つめ、視線が徐々に下がり、胸のあたりで止まり、蒼白になった。私が懐から取り出した物が何なのか理解した顔、と認識する。慄きながら、ゆっくりと首を左右に振るのはセイーゾだ。彼に向かって笑顔で頷く。団員たちは、ありがたいことに私のしようとしていることを容認してくれた。諦めたように、皆が頷いてくれた。
「準備できましたね? では皆さん、まずは降伏の法螺を吹きますよ」
「・・・・・・ああ!」「いつでもこいや!」「くそ、どうにでもなれ!」「やってやるともさぁ!」
威勢のいい返事が聞けて、私もうれしく思う。ここからは更に強固な団結が必要不可欠だ。
そして私は意気揚々と”三角錐の笛”を吹いた。笛は低く、長く、殷々と響く、奇妙な音を響かせる。
「次、祝砲フームス装填!」
「「「了解!」」」
「四面楚歌斉唱! 手拍子準備!」
「「「し、へ・・・・・・ええと、了解!」」」
そして私は久しぶりに歌った。数えるほどしか歌ったことのない、高校の校歌を。意外と覚えているものだ。だが、うってつけだ。同じリズム、同じ調子が続くから、歌を知らなくても手拍子をしやすい。何より、時間を測りやすい。私の手拍子に合わせて、団員たちも手拍子し、銃をマーチングバンドのように上下に振る。
当然のことながら、敵は呆れている。失笑している者もいる。私としても黒歴史として取り扱えるレベルの羞恥だ。一人で中退した高校の校歌斉唱ってどういうプレイだ。音痴ではないと思うが、上手い方でもないのに!
だから、奴ら全員、私の黒歴史と一緒に消えてもらう。
「では最後に、戦った相手に敬意を表して、祝砲用意!」
「「「準備完了!」」」
視線をプラエに向ける。通信機から『テーバに確認してもらってる』と返答があった。視線をテーバに移す。真っ赤な顔で、やけくそみたいに何度も首を上下に振っていた。
『もう来るぞ! こんな作戦、先に言っとけ! つうか、そもそも立てんな!』
すみません、と頭を下げる。
「祝砲、発射!」
足元に向けて団員たちがフームス、煙幕弾を発射。たちどころに煙が私たちを、そして敵をも包む。真っ白な闇の中、視界はゼロに近い。同時に私は、敵に向かって皮袋を投擲した。中にはある特殊な液が入っている。死につながる致死率ゼロパーセントの液体だ。少しして、バシャバシャと皮袋が地面か何かにぶつかり、破裂する音が聞こえた。
「くそ、ふざけやがって!」
敵指揮官が叫ぶ。だが、この視界の中では遠距離攻撃はできない。フレンドリーファイアが怖いし、何より王女に当たったらこの辺り一帯が壊滅状態になる、かもしれない。嘘とも断じれないその話が頭にある限り、彼らは攻められない。
「煙が晴れるまでそこで待機しろ! 近づくものは殺して構わん!」
そう、それがおそらく誰しもが考え付くベターな判断だ。この煙の中私たちが突貫する可能性は捨てきれないだろうが、そこは人海戦術で埋められると考えたのだろう。事実、敵の包囲は厚い。仮に抜けられたとしてもすぐに追いつける自信が彼らにはある。最後の悪あがき、無駄な抵抗、腹立たしいがそれだけ、その程度にしか思っていないだろう。
もちろん、”私たち”は突貫などしない。そんな恐ろしいことはできない。命が惜しいからね。
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