第133話 うぬぼれかもしれないけど

 やられた。

 波状攻撃のような敵との遭遇戦に時間をかけ過ぎた。いや、もしくは、それこそ敵の狙いだったか。敵の指揮官は、私たちが街道に抜けようとしているのを察知した時から、小分けに部隊をぶつけ、時間を稼ぐのを目的としたのだ。ぶつけた部隊は自分たちが時間稼ぎに使われたとは思っていないだろうし、私たちを倒せれば、それはそれでよかった。そうして稼いだ時間で再び街道に陣取った。そこまでして、コルサナティオたちを消したかったのだ。

 どうする?

 敵の方が上手だったのは認める。私の策が及ばなかったことも。だが、それで終わりじゃない。ゲームオーバーでリトライはなく、かといって死んだわけでもない。後悔をどれだけしようが現状は好転しないのであれば、いまだに癪だがファルサの言う通り前を向き、切り抜けるためにできることを探り続けなければならない。

 最終手段はある。あまり使いたくない手だが、背に腹は代えられない。背も腹も食いちぎられるかもしれない手ではあるが、現状、考えつくのはそれだけだ。しかし、準備に時間がいる。色々と試算して、五分から十分は見た方が良い。

 逆算だ。答えがすでに出ているのなら、そこからフローチャートを組み立てていけ。相手はいつでもこちらを蹂躙できる。構えているのは、これ以上被害を出さずに解決したいから。投降を呼びかけたいからだ。時間を稼ぐには、そこをついていくしかない。

 最後に、本当にそれでいいのか、と自分に問いかける。最終手段は自分たちにもデメリットがある。それを最小限にするための策も考えているが、全て仮説だ。どう転ぶかわからない、出たとこ勝負の要素が大きい。本当に、そこまでして、団員の命を賭けてまでこの策を取るべきか、コルサナティオ王女を守るべきかと問いかける。傭兵団のリスク、得るであろうメリット、失敗によるデメリット、あらゆるものを考えろ。楽観的で判断はできない。しかし、攻め時も誤れない。

 後ろを肩越しに振り返る。団員たちの顔があった。絶体絶命、圧倒的不利な状況であることを理解しているはずなのに、皆どこか笑っていた。うぬぼれかもしれない。でも、彼らは私を信じてくれているように思えた。失敗続きの私を。彼らに後押しされて、私は選択する。どうせなら、彼らと笑って酒が飲める未来に賭ける。

「その人数で、よくぞ立ち回った。我々を欺き続け、ここまで逃げおおせたこと、敵ながら見事。称賛に値する」

 敵の指揮官らしき男が敵陣から進み出た。

「しかし、諦めろ。お前たちに勝ち目はない。大人しく投降し、王女を渡せば命までは取らない。我々の目的は王女その人のみ。逆らうのであれば容赦はしない」

 ガチャガチャと敵がこちらに武器を向けて狙いを定める。

「お前たちは傭兵だろう。王族の報酬は魅力的だろうが、命には代えられまい。答えは決まり切っているはずだ」

「王女のみ、とおっしゃいましたね」

 話でつけるとしたら、そこしかない。ポケットの通信機を指で叩きながら、私は話を始める。ここからは相手の出方次第で結末が変わるオールアドリブ劇だ。

「コルサナティオ王女を、どうするつもりですか?」

「お前たちが知る必要はない」

「殺すつもりですか」

「知る必要はない、と言ったはずだ」

「いえいえ、教えた方が良いと思いますよ。あなた方が誰の命令で動いているかどうかは知りませんが、その様子ですと肝心な事を教えてもらっていないように思うので」

「肝心な事、だと?」

「そうです。これまで私たちが遭遇したあなた方の仲間の戦いぶりから何となく感じていたのですが、今確信に至りました」

「何がわかったというのだ」

「あなた方は、王女を殺すという意味を理解していない」

「ふん、プルウィクスが荒れる、などとほざくんじゃないだろうな。継承者問題がどうなろうと、我々の知ったことではない。むしろ、それこそが依頼人の目的」

「では、あなた方の命がかかっている、ということも、知ったことではない、とおっしゃるのですね?」

 会話のラリーが止まった。

「どういう意味だ」

「そのままの意味ですよ。あなた方の依頼主は、あなた方を生かすつもりはない、という事です」

「時間稼ぎでもしようというのなら、もう少しましな嘘をついたらどうだ?」

「この状況で時間を稼いでも無駄なことは、流石の私でもわかりますとも。自分の立場を不利にするような嘘は言いませんよ」

 余裕の顔を見せながら、ポケットを叩く指は激しさを増す。規則的に、同じリズムを繰り返す。

「さて、私たちとしては勝ち目が無くなったので、コルサナティオ王女を引き渡すのに何ら不都合はございませんが、見逃してくれるだなんてサービスをしてくれるのであれば、こちらも仁義と礼儀にのっとって、返礼をしなければなりません。受け取るかどうかはそちらの都合ではありますが、こちらにも通さねばならない風習等がございます。ご一考いただければ幸いです」

 再びラリーが止まる。悩め。考えろ。圧倒的優位な立場だからこそできるシンキングタイムだ。

 コンコン、と通信機から微弱な音が返ってきた。

 笑みが深まる。嬉しいからじゃない。笑うしかないから、せめて笑うのだ。

「楽しく、なってきたわ」

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