第132話 そんな作戦で大丈夫か?

 土を蹴立て、草を踏み、枝を折り、道なき道を進む。

 先頭にテーバ、ジュールたち夜目の聞く団員を配置し、すぐ後ろにモンドたち包囲突破用の攻撃特化要員、真ん中にコルサナティオやティゲルたち非戦闘員、後方にムトたち足の速い前後左右に小回りの利く団員、そして最後尾を私が受け持つ。陣形は、先ほどの広範囲を警戒する円形の陣ではなく、一点突破を目的とした縦列の陣形だ。すでに敵に大まかな位置を知られている今、隠密行動よりも敵を振り切る速さと敵陣を突破する攻撃力を優先した。そして最後尾の私は、追尾と最悪の場合に備えている。

『森を抜けるまで、残り二キロを切ったわ』

 プラエが全体に通達する。走り始めて二時間、ついに残り二キロ。二十キロ以上森の中を進んで、ようやく希望の光が差し込んだ。団員たちの足にも力が戻る。

 私自身、このまま何事もなく終われば、と思わなかったと言えば嘘になる。けれど、それは到着する最後まで取っておく。安心した時が一番危ないということを、これまで何度も味わってきた。

 突如、足元に影が生まれた。

 見上げれば空に向かって音のない花火が上がっていた。光量はそこまでではないはずだが、暗闇に慣れていた私たちの目に焼きつくには十分であり

 こんな闇夜であれば遠くの人間でもよく見えることだろう。

「いたぞ!」

 左方から殺意と、代弁する矢が飛んでくる。ついに発見されてしまった。

「進め!」

 声で仲間たちの背を押す。反対にスピードを落として隊から離れ、斜め後方からコルサナティオのいる中央に追いすがろうとする敵をウェントゥスでけん制。ほのかに光るウェントゥスの刃は、この暗闇では見たくなくても目を引き付ける。一人討ち取ればさらにこっちに注目が集まり、放置できない存在になる。

 王手は打たせない。こちらを無視できないと見た連中は私にも人を割いた。空に灯る照明に照らされて確認できた人数は八名。うち二名が私を殺すために割かれた人間だ。

「そんな中途半端な分け方して大丈夫?」

 もちろん、それが狙いではあるのだけれど。少数をさらに分けるなど愚の骨頂だ。人数が多いのだから、発見の連絡をしたら、攻撃の届かない距離を付かず離れずを保ちながら増援を待ちつつ追うか、邪魔な人間を少しずつ削ることに専念するかだ。無理する必要なんかない。しかし奴らは焦るあまり無理をして二兎を追った。

 アレーナに力を籠める。右腕の篭手が蠢き、相手から見えないように形を変える。私と彼らの間に一本の木が立っている。丁度、私の体の幅と同じくらいの太さだ。サッカーやラグビーのフェイントを真似て左右に飛び、その木に近づく。右、左、右、左と木を中心にして反復横跳びしている形だ。相手も接近する私に対し、武器を構えた。

 まもなく互いの間合いに入るタイミングで、体が木に隠れた瞬間を狙ってアレーナを木の先端に向けて伸ばし、上に飛ぶ。眼下では剣を振り上げたまま固まる相手を見下ろせた。走り高跳びの選手よろしく、頭から真っ逆さまに落ちていく。もう一度同じ木をアレーナで掴み、そこを支点にしてブランコする。周囲を見渡していた一人がこちらに気づいたのは、その顔の真ん前に私の足の裏があった時だ。彼は首をあらぬ方向に曲げながら、再び暗闇の中に叩きこまれた。もう一人にはすれ違いざま一太刀浴びせ、腕をいただいた。野太い悲鳴が上がり、周囲に湯気の立つ血が巻き散らかされる。着地して、すぐにとどめを刺す。くずおれる体の陰に、コルサナティオを追っていた残りの敵がいた。敵の体が完全に倒れると、彼らと目が合った。

 それは悪手だ。狙い通りでほくそ笑む。振り返ってしまうのも無理からぬこと、仲間の悲鳴だ、カクテルパーティ効果よろしく気を取られてしまう。それがたとえ一瞬であったとしても、その隙を見逃すほどうちの団員は甘くない。

 縦列の布陣がロケットだとするなら、ロケットから切り離された部品みたいに、アスカロンの団員が反転、反撃に出た。ムトたちだ。相手が再び目標を視認しようとしたときには、すでに彼らが立ち塞がっている。

 可哀相に、とウェントゥスを構えながら敵のことを思う。ムトたちからの反撃をたとえ防げたとしても、その無防備な背中や足を私はしっかり構えて狙い撃てる。こうやって。

 私が射抜いたのは二名、次を狙う頃には数で圧倒した団員たちが残りを討ち取っていた。

 倒した相手には眼もくれず、私たちは死体を飛び越して走り出す。先に進んだ仲間に合流するために。切り離された部品はそのまま燃え尽きる定めだが、私たちは燃え尽きるわけにはいかない。再びコルサナティオを送り届けるための部品になる。

 そこから二度の遭遇戦があった。一つは後方からの追跡、その直後に進行方向を遮るように布陣されていた。足を止め、挟撃をいなし、モンドによって正面の布陣を切り裂く。左右に分かれた敵をセオリー通り切り裂き背後に回ったモンドとテーバ、ジュール、そしてファルサたちで各個撃破する。その間後方からの襲撃を私たち後方メンバーが食い止める。

 突破はできたが、時間をかなり食った。急がなければ敵が集まってくる。

『残り約百メートル!』

 プラエが興奮気味に叫んだ。時間は、日の出まであと一時間を切っていた。隙間から見える空からは星が消え、山の端から徐々に白み始め、天上は瑠璃色に染まっている。

「森の終わりだ!」

 誰かが言った。見れば確かに前方、木々のアーチが途切れて明るくなっていた。先頭から一人、また一人と明るい方へ抜け出していく。

「着いた・・・」

 そこかしこから木の根が飛び出る、不安定な地面じゃない。身長ほどの高さまで伸びた草が視界を遮らない。

 代わりにあるのは踏み固められた道だ。街道にとうとう出たのだ。追手はまだ来ない。

 第一関門は、これでクリアだ。ムトが振り向き、私に向かって満面の笑みとガッツポーズを送ってきた。頷きを返す。知らず、私も少し笑っていたかもしれない。あと少し。希望が、依頼達成が見えてきた。

 だからこそ、望みを絶つが如く忍び寄ってくるものがある。

「止まれ!」

 街道を進もうとしたテーバを、ファルサが怒鳴りつけた。振り返って非難の目をテーバが向けるも、ファルサは彼の方を見ていない。

 ファルサが見つめるのはテーバの向かおうとした先、その地面の一点だ。そこに向かい、ファルサは足元に転がっていたこぶし大の石を投げた。放物線を描き、テーバを通り越し、地面に落ちた。瞬間。

 ぼふん、と間抜けな音がした。だが、見た目のインパクトは間抜けとは程遠いものだった。テーバの足元からそれこそ数センチ先の地面が勢いよく“めくれ上がった”のだ。反対側も同じくめくれ上がり、きれいに合掌した。テーバも、私たちも声すら出せず、突如出来上がった土の壁に圧倒された。

「設置型の魔道具だ。動く物に反応し、挟む。挟まれたら人間くらいは軽く押しつぶすし、その後は御覧の通り、行く手を阻む壁になる」

 唯一ファルサだけが、状況を把握していた。額から汗を滴らせながら彼は言った。

「私たちがやられた手だ」

 まさか。

 そのまさかが現実となる。ざ、ざ、ざと音と気配が四方から接近してくる。コルサナティオを中心として、彼女に背を向けるようにして私たちは警戒態勢に入る。

 しかし、相手から感じるのは警戒ではなく、絶対優位な立場の人間特有の、こちらを馬鹿にしたような視線と嘲りの態度。無駄なことを彼らは言葉に出さずとも態度と視線が語っていた。当然ともいえる。こちらの倍、いや、三倍以上の人間が、私たちを取り囲んで、いつでも殺せるよう狙いを定めていた。

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