第131話 物理的に明日に向かって走る

 木々の間を縫って、音が届いた。動きを止め、耳を澄ます。常人であれば聞き逃すような、葉のこすれる音に紛れてしまう微かな音を暗殺者たちは聞き逃さなかった。

 金属のこすれる音、天然自然の中で無機物がぶつかる音の原因などそうはない。十中八九戦闘による剣戟の音だ。彼らは互いの顔を見合わせ、相手も同じ音を聞いたことを確認する。そして、音の方向へと探索型魔道具を飛ばす。少しして、魔道具は反応を返してきた。

「やはり、東に移動しているな」

 反応はかなり長く帰ってきた。つまりそれは停止しているわけではなく、魔道具が飛んだ同じ方向に移動しているということだ。止まっていれば反応はもっと早く消える。

 これによってわかることは、王女は存命で、東へ向かって移動しているということ、そして、彼女らに追いついたであろう別の部隊は王女を追跡中か、取り逃しそうになっていて、仕留め切れていないということだ。

 探索の時間は終わり、猟犬の時間の始まりだ。今からは時間との勝負になる。プルウィクスに逃げられた瞬間、我々の敗北が決定する。

 追跡しながら、暗殺部隊を率いるリーダーはもう一つ魔道具を取り出す。同じく飛ばすものではあるが、こちらは仲間との連絡用だ。飛ばすと、魔道具の後部、矢羽根に当たる部分が点灯する。これは、自分たちの進行方向を示していると共に、王女の反応があった、ということを示すものだ。流星のように尾を引きながら魔道具がまっすぐ飛んでいくのを見届け、再び走り出そうとしたとき、部下が声を上げた。

「上を見てください!」

 再び空を見上げる。 

「どういうことだ?」

 リーダーは困惑した。空には自分たちからまっすぐ離れていく魔道具の他にもう一つ、自分たちの前を横切っていく光があった。間違いなく、他の部隊が飛ばしたものだ。現在地が違うのだから、平行にならず、交錯することはあるだろう。しかし、ほぼ直角に交差するなんてことあるだろうか。

「もう一度、確認のために魔道具を飛ばせ。今度は三つ、さっきと同じ方向に一つ、別の部隊が飛ばした方向と発射されたと思われる方向に一つずつだ」

 部下に指示を出す。今度は三方向同時に飛ばし、そして、時間差はあれど、三方向から反応が返ってきた。

「どういう、ことでしょう。王女が三つも髪飾りを所持しているなんて、聞いたことがありません」

 困りきった部下がリーダーに伺いを立て、判断を求める。判断を求められても、リーダーの方も困惑が深まっただけで解決に至れない。国宝とされるものが、幾つもあるなど聞いていない。王族に一つずつという話しか。では、弟や兄のものを持っていたのか。いや、それもない。詳しい事情は聞かされていないが、王族はあれを絶対に手放せないものだという。なら、王女は国宝を一つしかもっていないはずだ。

「ともかく、俺たちは最初の反応を追う。本物であれ偽物であれ、確認しなければならない」

 どんなからくりを使ってこちらを誤魔化しているかはわからないが、やることは同じだ。本物は必ずこのうちのどれかで、他の反応は他の部隊が確認する。そう言い聞かせて困惑を飲み込み、暗殺者たちは前進する。


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 ここからは時間の勝負だ。私は走りながら空を見上げる。

 敵の追跡部隊はまず探索の魔道具を放ってこちらの位置を特定しようとするはずだ。だから、様々な方角にこちらも囮の魔道具を括り付けた、相手から奪った魔道具を放っておいた。同じボウガンで飛ばすと同じ速度になって偽装がばれる、そもそも相手の魔道具が追いつけないので、紙飛行機本来の飛ばし方、投擲によって空に放たれた。それでも流石は風の魔道具付き。子どもも大喜びの速度と飛行距離を叩き出している。

 視界の隅で、光るものがよぎっていく。丁度、私たちが飛ばした魔道具と同じ軌跡を辿っている。

『アカリ、聞こえる?』

 荒い息遣いのプラエがこちらに通信をよこした。

『多分あれ、向こうの魔道具。多分、相手を捕捉した、という意味合いの、合図を出したんじゃないかな』

 彼女も空を横切っていく光を見たのだろう。その推測だ。

「では、上手く囮に引っかかったんですね」

『多分』

 彼女がそう言った直後、今度は別方向に同じ光が飛んでいく。

『別方向に放った、別の囮に引っかかった連中が飛ばした物ね。これで、相手もこっちが囮をいくつも持っていると気づく。迷ってくれればよし、それでも愚直に自分たちが見つけた反応を追いかけてもよし。私たちが逃げている方向にあれが飛んでこなきゃ、敵から逃げられてるって判断でいいと思う』

「油断はできないけど、上々の出だしですね」

『ええ。それに、敵も私たちが向かう先を知っている。だから、反応がどうであれ東方向に向かうと思うはず』

「だから、私たちは北に向かいます」

 最初に北に向かうと言ったとき、正気を疑われた。わざわざ敵が近づいてくる方向に向かうと言っているのだから当然だ。だが、勝算はあった。

 敵は、おそらく捜索範囲を大きくとるため、各部隊を横一列に広げている。北西から南東に向けて人海戦術で網を狭めていると考えられた。

 私たちが遭遇したのがどのあたりの連中かはわからないが、最も真ん中の連中だと仮定して考える。連中を撃破した私たちは、当たり前だがプルウィクスに向かっている。敵もそれをわかっているので、戦闘の音を聞き、その音源の方向、そこから東に向かって飛ばすはずだ。

 そこで、まずコルサナティオたちをさらに南西へと向かわせ、私たちアスカロンはそこそこ派手に、短時間で敵を撃破する。撃破後はプラエに囮を北東から南東の方角へ放たせる。敵が囮に喰いつき、もしくは迷っている間に、私たちは南西から時計回りに敵の包囲を迂回し、北へ抜ける。私たちが森にいることを敵が確信しているからこそ、私たちは北の街道に出る。足元が不安定な森よりも、舗装されている街道の方が速く走れる。

 さらに二、三の光が東に向かって飛んでいく。

『これ、上手くいきそうじゃない?』

 疲れを滲ませながらも、プラエの声は明るい。私としてもそう願う。だが、油断はできない。最大のネックは、相手の数がわからないことだ。どれだけここに投入しているのか、北の街道の人員を送り込んでいるのか。

 かなりの人員を割いて森の中に送り込んでいる可能性は高く、多くの部隊を投入していても光を追って囮の方向へ向かっていて、鉢合わせる可能性は低い。だからこそこの作戦を立てたわけだが。

「それでも、最悪の場合を準備しておきましょう。プラエさん、いざとなったらあれを使います」

『本気? 最悪の場合が最悪じゃなくなるのは確実だけど、更なる最悪が訪れる可能性の方が高いと思うんだけど』

「私としてもそう思います。だから、準備で済むように願いましょう」

 南西に向かい、偽装の魔道具メンダシゥの持ち主であるテーバにボブ、ゲオーロ、ティゲル達非戦闘員、そしてコルサナティオたちと合流する。

「今の位置から、最も近い北の街道の位置はわかりますか?」

 ティゲルに問いかける。かなり大雑把になりますけど、と前置きして彼女は答えた。

「昨日確認した最終位置から南西に千二百七十八歩進んで、森は東西に延びる楕円形だから、私たちが目指していた東端から西に九キロ弱、南に五百メートルから一キロの位置だと思います。街道は楕円形の森をぐるりと囲むようにあり、この位置からだと真北に向かうよりも、若干東より、北北東が一番近いと思います。位置が間違ってなければ、距離は五キロから六キロです」

 歩数数えてたのか。事前に距離を聞かれると考えていないとこんな真似はできない。つくづく、彼女がいてよかった。進む方角が決まれば話は早い。サルトゥス・ドゥメイの巣や縄張りを気にすることもない。

「ここからは止まれません。皆さん、覚悟はよろしいですね」

 頷いたり、固唾をのむような気配がする。

「行きましょう」

 朝まで、あと四時間。

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