第130話 丑三つ時の接近遭遇

「隊長」

 私を呼ぶ声で、夢の中に漂っていた私の意識が一気に浮上する。昔は目覚ましを知らない間に止めていたことのある私が、今ではちょっとした物音や人の気配ですっきり目覚められるようになってしまった。

「どうしました」

 目を開いても、暗闇。まだ朝は来ていない。星明り、月明かりも、うっそうと茂る枝葉のせいで微かに届くのみ。近くにいるはずの私を呼んだ団員が、目を凝らしてようやく輪郭が見える程度だ。

「敵が来る」

 ようやく、私を呼んでいたのがテーバだと理解した。声を押し殺しながら会話する。

「気づかれたのですか?」

「いや、そういう事ではないようだ.。捜索の網がここまで及んでいる、という感じだと思う。奴らの歩みは遅いからな。松明使わずに移動してるってことは、こっちに知られないように探してるってことだろ。数も一から二部隊ほど。こちらを包囲できるほどじゃない。特定されていたら、もっと早く動き回るだろうし、敵影は北側だけで南側には見当たらない。探索の魔道具を使う気配もない」

 あの魔道具には数に限りがある。夜中の探索では温存しているのかもしれない。

「北側から追い込み漁、という事ですか」

 テーバが頷く気配がした。危険な森の中、こんな夜中までご苦労なことだ。それだけ、相手も必死という事か。

「皆は?」

「王女たちを含めて、全員集合し、出立準備はできている」

「敵の位置は?」

「およそ二百メートルの距離に、横に広がった状態で接近中。現在ジュールたちが監視している」

「全員同時に銃で狙えますか?」

「無理だ。暗いし木が邪魔になる。それに、銃の音はリスクが高い」

 となると、取れる方法は二つ。気づかれないように離れるか、近づいたところを奇襲するかだ。

「気づかれないように逃げられると思います?」

「この場限りなら、おそらく出来る。だが、今からじゃあ、ここに残る俺たちの痕跡は消せない。追跡されることは勘定に入れた方がいいな」

「なら、接近したところを奇襲して殲滅することは?」

「それも同じで、ここでは可能だと思う。向こうは気づいてないから、奇襲は成功する。しかし。死ぬ間際に仲間と連絡を取られるかもしれない」

 どちらにしても、敵の後続部隊に私たちの居場所は知られる、ということか。どちらを選んでもドツボにはまりそうにしか思えないのは、休む前のファルサとの話が尾を引いているからだろうか。少しでも成功確率を上げるために他の情報を加えていく。

「日の出までの時間は」

「ティゲルの話じゃ、この辺りの日の出は六時二十分ごろ。今は二時十分だから、あと四時間ほどだ」

 日の入りが六時だった。そこから罠を仕掛けたり偽装を施したりして、一息ついたのが八時から九時頃だ。見張りを交代しながらでも五時間休息できている。体も、休む前と比べて少し軽くなっているし、頭の重さもマシになっている。

 最初の追撃から少し移動して、森を抜けるまであと八キロ。プルウィクスまでは十二キロ。どちらを選ぶにせよ、行動を開始したら到着までは休めず、突っ切ることになる。

 頭を悩ませていると「朗報って程ではないが」とテーバが前置きして言った。

「ティゲルが言っていた。おそらく、サルトゥス・ドゥメイの縄張りは越えているってな。なので、よっぽどでかい音を鳴らすか、気を引くような行動をとらない限り、奴らは縄張りから出てこない」

「では、敵は暗殺集団だけに集中できますね」

「ああ。後もう一つ。プラエがもう何個か囮の魔道具を作ったらしい」

 ハイになった彼女の顔が浮かび、頭を抱えた。

「早く休んでと言ったのに」

「ちっとでも団長の負担を減らそうと思ったんだろうさ。あいつにしか出来ない方法で」

「疲弊しているはずのプラエさんに無理をさせてしまうなんて」

 団長失格だ。

「そんな面してっからだよ」

 背中を叩かれる。暗闇でしけた面は見えないはずだが、夜目の利く彼には見えたのだろうか。

「あんたが俺たちの心配をしてくれて、なるべく負担が出ないように配慮してくれているのはわかってる。だが、それであんたが倒れちゃお終いなんだよ。俺たちにも団長のことを心配させてくれや」

 な? とテーバが言った。彼にそんなことを言わせるなんてとますます落ち込みそうになる。

『常に前を向け』

 再び、ファルサの言葉がリフレインする。そうだ。一刻を争う時に落ち込む時間も余裕もない。切り替えろ。今出来うる最善を考えて、行動し続けるしかないんだ。手札から策を練る。

 テーバに礼を言い、通信機を手に取った。

「現在、敵の捜索隊が接近中。これより行動を開始します。幸い敵は私たちに気づかないままこちらに接近しています。銃では狙いづらいため、接近したところで襲撃、これを撃破します」

 奇襲を選択する。

『ということは、可能な限り気取られずに討ち取る、ってことでいいのか?』

 モンドの声だ。

「いえ、逆です。短時間で仕留めるつもりではありますが、他の敵部隊に交戦を気づかせます」

 声はないが、団員たちの戸惑いが伝わってくる。

『どういうつもりだ。相手に居場所をばらすのか?』

「そうです。わざと今いる位置を伝えます」

 理由と作戦を伝える。

『なるほど、そういう策か』

 どこか楽し気なモンドの声。

「もちろん、戦況は常に変化します。場合によっては急遽変更、臨機応変に対応することになりますが」

『俺は行けると思うぞ』

 今度はジュールが言った。

『近づいてくる連中を監視しているが、すぐに到達できる範囲に別部隊は存在しない。目に見える範囲にはいないってことだ。なら、音でも聞こえたらまず奴らは確認行動をとる。走って自分の目で目視するよりも早く、確認出来る方法があるんだからな』

 ただ、準備を急いでくれ。ジュールが言った。

『距離は五十メートルを切った。まもなくそっちからでも視認できる』

「わかりました。では、各々、準備をお願いします。開始したら、そこからは休むことが出来ません。依頼人の方々とティゲルさんには無理を押し通していただきます」

『こちらファルサ。プラエ女史のを借りて話させてもらっている。もとより、我らはあなた方に賭けた身。覚悟はできている。あと、ここにいるゲオーロ氏から、ティゲルさんのことは心配しないでください。彼女は自分が命に代えても運びます、だそうだ。以上、我らはアスカロンの奮戦に期待する』

「依頼主からの要望に全力で応えます。ただ、ゲオーロ君。命に代えても、ではなく、二人とも無事プルウィクスまで辿り着きなさい。命令です」

 何度も頷く彼の姿が見えるようだ。

『後三十メートル』

 ジュールからのカウントダウンが聞こえる。

『二十メートル』

 そこからは声ではなく、通信機の通話口を指で叩く音がカウントの代わりを務めた。

 十、九、八、七、六、五、四、三・・・

「出撃」

 メンダシゥの幕をくぐる。目の前に、動きの止まった敵がいた。それはそうだろう。彼らからすれば、何もないところから突然私が現れたのだから。

「き」

 さま、と後に続く言葉は喉元からあふれる血液に遮られる。彼の喉元あたりにはウェントゥスが突き刺さっている。引き抜くと、力を失った敵はその場に崩れ落ちた。動き出す気配はない。

 次の敵を探し、視線を左右に振る。右に一人、左に二人。すでに持ち直し、武器を手にかけている。まずは右から。右腕のアレーナを伸ばし、相手の胴体に巻き付ける。地面を蹴ってアレーナを縮めた。引かれ合うようにして双方向から接近。アレーナの隙間から刃を突き立てる。足掻く暇は与えてやらない。こと切れた相手を下敷きにして着地。

「死ねェ!」

 左にいた敵が背後に迫っていた。振り返り、迎撃態勢を整える、が、その必要はなかった。

 敵の横合いから小さな影が飛び出る。ムトだ。素早く懐に飛び込み顎から頭へ向かって小刀を突き刺した。何をされたかわからないまま、敵は絶命した。

「小僧!」

 もう一人が彼に向かって剣を振り下ろす。ムトの武器はまだ敵の頭に突き刺さったまま。引き抜いてからでは防ぐのに間に合わない。

 しかし、敵の剣は金属を削りながら空を切った。防いだのはもう一本の小刀だ。相手の振り下ろす剣の軌道を自分から逸らし、体勢を崩させた。敵はつんのめり、剣は木の根に突き立つ。悠々とムトは頭に刺さった方の小刀を引き抜き、体勢を崩した相手の首筋を流れるような動作で貫いた。二つの影が、どさりとムトの足元に転がる。

 二刀流。これが、小柄な彼が考え出した戦闘スタイルだ。片方の小刀は防御と相手の体勢を崩すのに用い、もう片方でとどめを刺す。場合によっては二刀の手数で相手を圧倒することも出来る。私と同じく、力や体格で劣る部分を速さや技術で補うために試行錯誤を繰り返し、そしてゲオーロという優れた鍛冶師がムトの最後のピースを埋めた。彼専用に作られた二刀は腕の延長のように自在に動き、ムトの敵を討ち、ムトの命を守る。

 ムトがこちらを見ていた。頷くと、彼も頷き返し、次の敵を倒しに駆けていく。最初に出会った生意気な頃からみても、ずいぶんと頼もしくなったものだ。私も負けてはいられない。同じく次の敵へ向かう。

 時間の経過とともに、剣戟の音が収まっていく。要した時間は三分もかかってないだろう。気づかれるだけなら充分な時間でもある。一応、お知らせもする予定ではあるが。

「状況報告お願いします」

『こちらモンド、こちらの被害はなく、残存する敵なし』

『テーバ、同じく無事だ。敵は潰した』

 次々と味方からの報告が上がる。フレンドリーファイアが最も心配したところだが、それもなかった。

「プラエさん。準備は?」

『いつでもいけるわ』

「よし、では 次の手順へ移ります」

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