第129話 自身喪失者

 太陽が沈んだ瞬間、暗闇が支配した世界で、一瞬瞬きのような光が溢れ、消えた。音が遅れて届く。

「上手く、罠にかかったかな」

 光った“東”の方角を見て、満足げにプラエが呟いた。閃光手榴弾のトラップが発動したのだ。私たちよりも東にある罠に引っかかったということは、情報を得た追手が東から森に入ったか、私たちに気づかず追手が追い越したかだ。

 私たちは開き直って夜営の準備をし、自陣の周囲をメンダシゥの偽装で覆っていた。メンダシゥの偽装は薄い魔力の膜とでも言うべきものを張り、別の画像を張り付けて敵の目を誤魔化す。プロジェクターとスクリーンの働きに近い。偽装したまま移動する、という器用なことはできないが、動かなければ夜営なら行けると踏み、その賭けは有利に進めていけている。見張りを交代で立たせ、各自休息を取っていた。

 朝まで十時間。流石に十時間丸々休めると楽観視はできないが、可能な限り隊を休めておきたい。

「どう、でしょうか? 敵は」

 少し怯えた風にコルサナティオが尋ねる。

「今のところは、気づかれてはいないようです。ばら撒いた罠の一つにかかったところを見ると、囮は上手く作動しているようです」

 私の答えに、彼女は胸をなでおろした。

「しかし、一体どんな手を使ったのですか? 追跡装置は私のメリトゥムを追ってくるのではないのですか? しかし、メリトゥムは此処に在ります。どうやって追跡を誤魔化したのですか?」

「ちょっと違います。正確には王女の魔力を蓄積したメリトゥムです」

 自慢げにプラエは自作の魔道具を取り出した。地味に良く活躍する成分分析装置だ。

「まだ改良中ですが、こいつは物に何が含まれているかを調べる魔道具です」

「そういえば、先ほどはメリトゥムに触れさせていましたね。それで調べていたのですか?」

「ええ。ファルサ将軍や近衛兵からは物凄い目で睨まれましたけどね」

 プラエは横目でちらりと傍に仕えるファルサたちの方を見た。酷い魔道具とはいえ、表向きは国宝なのだから、傷つけたらどうするんだと睨みもするだろう。

「これで調べた結果、魔道具自体には特別な部品は使われていませんでした。高価ではありますが、一般に流通している物です。では、特別なのは王女が魔力を込めたからではないか、という推測が浮かびました。そこで、私が持つ魔力媒体のいくつかに、魔力を込めていただきました」

「ああ、ようやく話が繋がってきました。その中に、メリトゥムと同じ反応を返すものがあった、という訳ですね」

「その通りです。あとは、生け捕りにした森に生息する獣に取り付けたり、隊から離れたところに仕掛けたりしたわけです。まさに木を隠すなら森、ですね。そのせいで、少々王女様にはご無理をしていただきましたが」

 魔力を蓄積させるのだから、当然彼女は魔力を消費する。

「いえ、上手くいったのなら文句はありませんとも。毒よりも致死率の高そうな薬を飲んだのも、いい経験です」

 コルサナティオが遠い目をしていた。この点に関しては申し訳なく思う。

「しかし、よくぞ蓄積型の魔道具なんかをお持ちでしたね」

「これについてはティゲルにも感謝しなきゃいけませんね。彼女の協力で、新しい魔道具を開発中でした。そのうちの一つです」

「正直、驚きです」

「何がです?」

「プルウィクス以外で、魔力を蓄積させる、という発想を持つ人間がいることに、です。ほとんどの人間は、魔力は体力と同じで回復はするが限界以上に貯める事が出来ない。そもそもそういう考えが浮かばないのです。ですから、私がメリトゥムに魔力を蓄積させたと言った時、あなたがすぐに理解したのに少し驚き、すでに独学で開発中だと知った時は驚嘆に変わりました」

「いやあ、お世辞でも魔術王国の王女様に褒められると、自信つきますね」

「お世辞ではありません。本気で思っています。その成分を分析する魔道具も素晴らしい出来です。どうでしょう。この依頼が無事に終わったら、我が国で働きませんか」

「お誘いはありがたいんですけど、今の生活が気に入ってるんで」

 なんだかこのやり取り、デジャブを感じる。

「そう言わず。あなたほどの才能があれば、月にこの位は国から支給しますが。工房も用意しますし、魔術媒体も優遇しますよ。あなたの腕なら、すぐに豪邸を立てられるのではないでしょうか」

「ほう、もう少し詳しく」

 その展開は初めてのパターンだ。気晴らしの話とはいえ、気が気でない。たまらず割って入る。

「傭兵団の団長の前で団員の引き抜きは、どうかご勘弁を」

「ごめんなさい」

「会話を楽しめるほど回復したのは重畳です。せっかく稼いだ時間、体力回復に回してください。見張りはこちらが引き受けます」

「ありがとう。そうさせていただきます」

 コルサナティオは目を閉じた。数秒も経たず、寝息に変わる。やはり、疲労がかなり溜まっていたようだ。王女の世話は近衛兵たちに任せ、私たちはその場を離れる。

「プラエさんも休んでください。働きづめだったのですから」

 なんだかんだと仕掛けのほぼ全てを時間に追われながら突貫で作り上げたのだ。体力も神経もすり減らして、疲れていないはずがない。コルサナティオとの会話も、時折あくびをかみ殺していた。魔道具を作っているときはハイになって疲れに気づかないのは彼女の悪い癖だ。

「ん、そうね。そうさせてもらおうかな」

「ぜひ、そうしてください。出発したら、休む時間は多分、設けられないでしょうから」

「わかった。アカリ、あなたもきちんと休むのよ。団長はあなたなんだから」

「はい。ありがとうございます」

 肝に銘じる。モンドが無事だったのも、敵を上手く撃退できたのも、運が良かった。ティゲルやコルサナティオの体力、敵の行動、敵の魔道具の存在、少し考えれば予想できたはずだ。どこかで一つ間違っていれば、誰かが死んでいてもおかしくなかった。しっかりしなければ。別れ際どこか心配そうなプラエがこちらを見ていた。彼女にそんな顔をさせてはならない。

「アカリ団長」

 後ろから声をかけられる。

「ファルサ将軍。どうしました?」

「少し、いいだろうか?」

 何だろうか。もしかしてクレームか。いや、クレームがあってもおかしくはない。王女の事を良く考えずに森を横断するなど無謀だったとか夜営を決定するまでの判断が遅いとか、敵の行動を読めていないとか、クレームの種はたくさんある。その時は、仕方ない。甘んじて受け入れよう。判断が甘かった部分があるのは否定できない。

「何でしょうか?」

「おい、どうしたのだ? まるで怒られる前の子どもの用だぞ」

「そんなことは。・・・いえ、そうかもしれません」

「なんだ。よもや、私が団長の指揮に文句をつけるとでも?」

「つけられてもおかしくはありません。思い返せば、もっと良い判断、良い案があったのではと」

「ふむ、そうか、睨んだ通りだな」

 ぼそりとファルサが言った。

「団長。あなたは私の部下ではないから、余計な世話かもしれない。だから参考までに、という気持ちで聞いてほしい。もし私があなたに文句をつけるとしたら、その完璧主義に近い考えに対してだ」

「完璧主義」

 そんなつもりは、全くないのだが。

「そんなつもりはない、と考えている顔だな。だが、もっと良い案が、と考えている時点で完璧主義者、いや、こう言おう。理想を追い求めるあまり、現実が見えていない、『自身喪失者』と」

「自分の実力は、わかっているつもりです。だからより良い方法を考えているんです」

 流石にカチンときて言い返す。ファルサはまあ落ち着けと両手で押さえるようなジェスチャーをした。

「過去を反省し、次に活かすその姿勢は素晴らしい。だが、団長のそれは反省というよりも後悔に近い。なぜもっと良い方法があったのでは、などと考えるのだ? その時点での最善を選んだのではないのか?」

「それは、当然最善と思えるものを選びました」

「で、あろう。ならば、あの時点ではそこがあなたの現実である。それがその時の実力である。まずそれを受け入れよ。あなたのやっていることは、今の記憶のまま、能力のまま子どもの時分に戻りやり直したいと願うようなものだぞ。ああしていれば、こうしていればとな」

「そんな、つもりは」

「知らぬは本人ばかりなり、だ。そうやって思い悩むあなたを、団員たちは心配している。そんな状態で今後も最善を選び続けられるのか?」

「ならば、どうしろというのですか。理想を求めてはならないと?」

「勘違いしないでほしい。理想結構。だが、その理想と今の思考、繋がるものか? 『もしも』と『これから』は近いようで遠いぞ」

 よくよく考えられると良い。ファルサは言った。

「私はこれでも一国の将、自慢できることではないが、失敗の数はあなたよりも断然多い。血を流し、涙を呑んだことは数知れず、仲間の死を見届けたことも多くある。悔いた事など星の数よ。だからこそこれだけは断言できる。作戦実行中は悔いる暇などない。常に前を向け。過去にあなたの最善はなく、求める理想はないぞ」

 貴重な時間にすまなかったな。踵を返し、言うだけ言ってファルサはコルサナティオの元へと戻っていった。

 好き勝手に言ってくれる。感情は憤慨している。人の気も知らずに、と。だが、彼のいう事は尤もでもあると冷静な頭の一部分が言っている。

 自身喪失者、ね。

「どうしろってのよ、もう」

 頭をかきながら目を瞑る。眠気が来るまで、頭の中はファルサの言葉が反響していた。

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