第126話 反応の正体
「お休みの所申し訳ありません」
ファルサを先頭にして、私たちは休憩中のコルサナティオを訪ねた。居並ぶ私たちの顔を見て、彼女は力なく笑った。
「休憩終了、ですね。わかりました。すぐに」
立ち上がろうとして、ふらつく。膝が笑っている。すぐに近衛兵が駆け寄り、彼女を支えた。
「将軍、姫様はまだ」
コルサナティオを支えた近衛兵が言う。
「わかっている。移動はまだ無理だ。それよりも王女。少々失礼いたします」
座るよう促し、ファルサが飛行機もどきを近づける。
「何ですか将軍。それは一体」
「敵が持っていた、追跡型の魔道具です。しばしご容赦ください」
ファルサがこちらを向いて頷いた。私も頷き、プラエに視線で合図を送る。プラエはボウガンの鏡を食い入るように見つめている。ボウガンに魔力が注がれていくのを見てファルサも飛行機に魔力を注いだ。飛行機の後部、矢羽根部分の魔道具が作動し風を生み、コルサナティオの柔らかな髪がふわりと舞った。
「反応有り。ビンゴね」
鏡から目を離さずプラエが舌で唇を湿らせながら言った。
「特定できそうですか?」
尋ねると「できる、かも」と彼女は答えた。
「ファルサ将軍。それを持ったまま、王女に近づいたり遠ざかったりしてみてくれる?」
「わかった」
言われた通り、ファルサは飛行機を持ったままコルサナティオから近づいたり離れたりする。子どもがおもちゃの模型を持って、手ずから遊んでいるような光景だが、やっているファルサ自身は真剣そのものだ。コルサナティオも何事かと事の成り行きを見守っている。
「将軍、次はゆっくりと王女の周りを回ってくれる?」
「了解だ」
「将軍、アカリ団長、これは」
「王女様、申し訳ありませんが、もう少しだけお付き合いください。終わりましたらすぐに説明いたします」
身じろぎしそうなコルサナティオを制止し、私も二人の動きを注視する。
「そこっ」
プラエが鋭く声を飛ばした。びくりとファルサの動きが止まる。
「将軍、そこが一番反応が大きい。王女様をそこから見て」
ファルサが飛行機からコルサナティオに視線を向ける。ちょうど、コルサナティオの真後ろだ。
「目につく物を外してもらえる?」
「うむ。・・・王女、お手数をおかけしますが、どうかご協力ください」
「わかりました。よくわかりませんが、必要な事であれば協力は惜しみません」
「ありがとうございます。バーレイ、ガマカ。手伝ってくれ」
「「了解」」
コルサナティオを支えていた近衛兵が、ファルサの指示に従いコルサナティオから装飾を外していく。
「これで、目につく物は外していただいた。あとはお召し物だけだが、流石にこれを脱げとは言わんよな? 魔術師殿」
「ええ、森に入る前に着替えてもらってるからね。あ、それとも特殊な下着をつけてたり?」
鏡から視線を移したプラエが遠慮なく尋ねた。
「え、あ、大丈夫、かと。シャツやコルセットは外してしまいましたし。下は、汗で気持ち悪かった時に、その、プラエ女史から休憩時にお借りして交換を」
顔を赤らめ、言葉尻が消えていく。周囲が女性ばかりでよかった。唯一の男性であるファルサは、居心地悪そうな顔をしている。
「あ、そうか、今度の新商品のプロトタイプをお貸ししたんでしたっけ。履き心地はどうです?」
「えっ?! いや、心地? ええと、そのう、何と言いますか、これまでにない履き心地で快適で、ただ、ちょっと派手と言いますか、スースーすると言いますか」
エヘン! とファルサがわざとらしいくらい大きな咳ばらいをした。
「魔術師殿、そういうのは後にしていただけるか?」
「おっと失敬。私とアカリ以外でそういうの試せることってあまりないもんで、つい」
気を取り直して、とプラエは外された物の前に近寄る。並んでいるのは髪飾り、ピアス、ネックレス、指輪の四種だ。プラエはファルサから飛行機を受け取り、間隔を開けて設置したそれら一つ一つに順番に近づける。
「これね」
プラエがコルサナティオたちに一言断り、慎重に手に取ったのは髪飾りだ。大中小の円状の宝石が複数並べられ、三日月を模っている。宝石の色は濃い赤から表面に向かうにつれてオレンジへと変化していく。並びは一番大きい宝石を中心にして、中、小と弧を描くように取り付けられていた。一言断ったにも関わらず、ファルサや近衛兵が前につんのめりそうなほど体を傾けたことから、かなりの貴重品であることは間違いなさそうだ。
「うん、間違いないと思う。ちょっとアカリ、私離れてるから、飛行機で王女様と他の物に飛行機を近づけてみて」
プラエはそう言って効果範囲外の二十メートル近く距離を取った。言われた通り飛行機を預かった。一つずつ無線で合図を出しながら近づける。最後のコルサナティオが終わると、ゆっくりとプラエが戻ってきた。
「この髪飾りで間違いないわ」
プラエが満足げに笑みを浮かべ、対照的にファルサは苦い顔をしている。
「プラエ女史、アカリ団長、ファルサ。そろそろ種明かしをしていただきたいのですが」
しびれを切らしたコルサナティオが、私たちの顔を見比べながら言った。
「失礼しました。実はですね」
私は、先ほどの緊急ミーティングから始まった『敵はどのようにして我々に追いついたか』の概要を伝えた。
「なるほど、敵は特殊な魔道具を使い、私の髪飾りの反応を追尾してきたのですね」
「ええ。今の実験で判明しました。間違いありません。つきましてはコルサナティオ王女、こちらの髪飾りを破棄していただくことはできますか?」
「出来ぬ」
コルサナティオではなく、私が話し終わるのを待ちきれないという風に、ファルサが食い気味に答えた。
「その髪飾りは、シーバッファ王がコルサナティオ王女へ直々に下賜したプルウィクスが誇る国宝。いわば王族の証である。それを破棄することなど出来ぬ相談だ」
「命よりも、ですか? コルサナティオ王女の命を守れるならばどんな手でも使う、とおっしゃっていたじゃないですか」
「誇張でも何でもなく、命と同価値なのだ」
どういうことだ。たとえどれほど高額で希少とはいえ、たかが宝石だろう。
「ファルサ、流石にそれだけではアカリ団長もわかりません」
コルサナティオがプラエから髪飾りを受け取る。
「この髪飾りは少々特殊な魔道具なのです」
「コルサナティオ王女、この魔道具の秘密はプルウィクス王家と一部の者しか知らぬ話ですぞ。部外者に話すつもりですか」
「部外者ではありません。我々が命を預けるアスカロンは、今や一蓮托生、知っていてもらった方がよいでしょう」
コルサナティオが私たちの方を向く。
「ただ、他言無用に願います。話すのはお二人にだけとし、もし外部に流出した場合はあなた方を疑うことになり、しかるべき処罰を与えることになります。それが確約できないなら、何も聞かず、私はこれを手放せないことだけ知っていていただければいいでしょう」
プラエと顔を合わせる。
自分の身を危険に晒すような情報をわざわざ背負い込む必要はない、そう訴えようとして、無理だと悟った。プラエの目がきらきらと輝いている。プルウィクスの、それも王族が特殊と呼ぶ魔道具を前に興味しかわかないのだ。
無駄な抵抗と知りつつ、ぶんぶんと首を横に振った。別の方法を考えよう、と。
いやいや、この魔道具が探索に引っかかってるんだから、内容を知ることが打開策の近道でしょうよ、とまっとうな説明で一蹴された。絶対自分の為のくせに。
結局私は根負けした。毒を食らわば皿までだ。覚悟を決めよう。
「特殊な魔道具、まさか、強力な攻撃手段になる、とか?」
うなだれる私の隣で、プラエは子どものように興味津々に質問している。
「ん、そうですね。攻撃手段にはなりえますが、本来の用途は違います」
見ていてください。コルサナティオはそう言って髪飾りに魔力を流し込んだ。一番大きな宝石が変化する。
ゆっくりと宝石がひび割れた。違う。亀裂がはいったんじゃない。きわめて規則的に分かたれ、フィボナッチ数列が如き黄金比で宝石の中心が外側へと移動し花開く。
「う、わあ」
思わず感嘆の声が漏れるほどに、その魔道具は美しかった。
「プルウィクスの最先端の技術で作られた魔道具『メリトゥム』です。この魔道具は中に魔力を蓄積する器があり、こうやって定期的に私の魔力を流し込まなければなりません」
「器に魔力を蓄積する、ということですかね? でも、定期的にってことは、時間と共に消費していくタイプ?」
プラエの質問にコルサナティオが頷く。
「その通りです。そして、もし仮に魔力が器から枯渇した場合、中に組み込まれたもう一つのギミックが作動します」
「もう一つのギミックとは?」
「私が死に、メリトゥムが爆発します」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます