第125話 絶対運搬条件

「・・・直球だな」

「すみません。上手い言い方を知らなくて。けれど、重要な事です。通常であれば追ってこられない中、敵は私たちに追いついた。誰かがリークしていると考えるのは、自然な流れです」

「いつもであれば『私が手塩に掛けて育てたプルウィクス近衛兵が王家を裏切るなどありえん』と憤慨するところだが、すでに待ち伏せを受けた身だ。心のどこかで、その可能性を考えていた自分がいる」

 言いつつも、彼の矜持を傷つけたのには変わりなく、腸は煮えくり返っているに違いない。激昂せず、きちんと考えてくれるあたり、彼の柔軟さがうかがえる。

「だが、やはり考えづらい。大きな理由としては、コルサナティオ王女がまだ存命であられるからだ。近衛兵の誰かが敵であるなら、チャンスはいつでもあった。毒を仕込むことも可能であれば、直接致命傷を与えることも可能だ。追跡する必要すらない」

「他の近衛兵の目が気になったから、暗殺できなかった、という可能性は?」

「それこそ、こちらの情報をリークすることが出来ないという証左にならないだろうか。他の人間が見ている中、不自然な行動を取ったとしたら、必ず問い詰められる。それに、我々の後ろには、ぴったりとそちらの団員がついてきていたはずだ。彼らは不自然な痕跡を見逃すような者たちなのか?」

「あ? どういう意味だそりゃ? 俺たちが節穴ぞろいだとでも言いたいのか?」

「失礼を承知で、確認しただけだ。そんなことはないと思っているとも」

 挑発的なファルサの物言いにテーバが詰め寄ろうとした。押し留め、代わりに話を続ける。

「直接的な裏切りではないかもしれません」

「というと?」

「私たちの魔道具、カンプースとセンタゲレのように、何らかの反応を返すタイプの魔道具を、知らず知らずのうちに持ち運んでいる、ということはないですか?」

「あの魔道具のように、音に共鳴して位置を探られている、ということか?」

「この場合は音でなくても良いんです。発信機、ええと、その魔道具自体が人には感じ取れない何らかの信号を周囲に発信していて、相手はそれを受信することが出来る、とか」

「まてまて。つい先ほど、そんなものがあったらもっと早くに追いつかれているはずと話したところだろう?」

「ええ。その通りです。ですが、調べてみる価値はあるかと思います。団員達には敵の死体を調べるように伝えてありますので、追ってきた原因がつかめると思います」

 タイミングを見計らったように、死体を検分していた団員たちが戻ってきた。

「お疲れ様です。首尾はどうでした?」

「ああ。めぼしい物を全部プラエに預けておいたぜ。すぐに解析結果が出ると思う。死体は、見る人間が見たらわかるように埋めておいた」

「そんなことをして大丈夫か? 次の追手に手がかりを与えることにならないか?」

 ファルサが慌てて団員に言う。

「大丈夫」

 笑って団員は返す。

「もし死体に気づいて手がかりを探そうと近づいたら、罠が発動するようになっている」

「罠も一緒に埋めたという事か」

「その通り。強い光と大きな音、そして煙が発生する。煙には錯乱効果のある毒が混ぜてあるから、吸っちまうと一日、二日は正気に戻らない。騎士道精神から大いに外れた、褒められたもんじゃない行為だがね」

「王女が生き残れれば、私に文句はない。村人惨殺の汚名を着た今、名誉も精神もない。使える物は何でも使おうじゃないか」

 団員とファルサが話す横で考える。

 相手がこちらの想定よりも間抜けであれば、そもそも追いつかれない。今回追いつかれたのは偶然と割り切ることもできる。間抜けでなければ、わざとらしく隠した死体に気づき、罠を発動させる。追っては来ているがこちらもその気配を素早く察知できる。

 問題は敵が優秀であった場合だ。罠にかからず、こちらを静かに追跡してくる敵は厄介だ。すでに現状の位置を他の連中と共有し、包囲網を敷いている可能性もある。

 最悪を考えておくべきだろう。後で、プラエに相談しなければ。

 そんなことを考えていると、プラエがやってきた。手にはボウガンと手鏡が合体したようなものを持っている。ボウガンの矢をつがえる場所についている手鏡は、命中精度を上げるスコープに見えなくもないが、拡大してこちらを見られるわけじゃないようだ。

「お待たせ。一応調査が出たからご報告に来たわ」

 言いながら、ボウガンをこちらに向けて振っている。

「多分、こいつが原因の魔道具だと思うんだけど」

「それは?」

「ボウガン型の魔道具。といっても、攻撃のためのものじゃない。追跡用、というか、探知用、というか」

 プラエがボウガンに矢をつがえ・・・、え・・・、矢?

「それ、矢、ですか?」

「うん、その反応、わかるわ。だよね。これ、どう見てもボウガンじゃないわよね」

 苦笑しながらプラエが言う。彼女のどこか自身なさげな言い方も合点がいく。それは、矢と呼ぶにはあまりにも不可思議な形をしているからだ。

 矢の棒部分、シャフトと呼ばれる部分から、左右対称な羽が真ん中あたりについている。矢羽根の部分も同じく、少し短めの羽が左右にでている。矢と呼ぶよりも、これは。

「紙、飛行機?」

 声に出してしっくりした。子どものおもちゃでも売っているし、小学校の工作でも作ったことがある。あれにそっくり、というか、そのままだ。

「アカリ、見たことある? ひこーきっていうのコレ?」

「え、あ・・・」

 そうか、空を飛ぶのは鳥かドラゴンの世界に、飛行機は存在しないのか。

「ええ。私がいた国で似たようなおもちゃがありました。けれど、こいつはもっと高い技術で作られたように見えますが」

「そうなのよ。こいつ、ちゃちい見た目のくせにギミックが多くてね」

 プラエが飛行機を弄っている。折りたたみ式なのか、その羽を広げたり閉じたりして楽しそうだ。

「脱線してないで、その効果を我々にも教えてくれないか」

 ため息をつきながらギースが窘めた。

「っと、ごめんごめん。こいつの用途は探索ね。見ての通り鳥みたいな羽があるんだけど、こいつをボウガンに構えて飛ばす。すると、こいつは一直線に飛び、その直下の反応を探る。反応があると、この鏡みたいな部分が反応する仕組みね。範囲は、多分この矢を中心にして半径十メートルから二十メートル。飛距離は、矢羽根部分に取り付けられた風の魔道具の補助で、五キロ以上」

「「五キロ?!」」

 驚異の飛距離だ。アーチェリー競技の距離が九十メートルだから、軽く五十倍以上ある。

「おいおい、将軍さんよ。こんなすげえ魔道具あるじゃないか。開発されてないんじゃないのか?」

 さっきのお返しとばかりにテーバが突っかかる。

「なになに? 穏やかじゃないわね。喧嘩してる場合じゃないでしょ?」

 落ち着きなさいとプラエが言い、テーバも渋々ながら引き下がった。

「すごい、はすごいけど、欠点もあるわよ。確かに探索距離はすごいけど、範囲は二十メートル。仮に私たちが森に入った場所から探索として二十メートル幅の直線を伸ばして、数キロ先の私たちを見つけるのってどれくらい大変かわかる?」

「つまり、ピンポイントの探索はできない、という事ですか?」

 射出する場所から扇状、例えば九十度角として、三.一四×五キロの二乗の四分の一の面積を、五キロ×二十メートルで埋めていく必要がある。しかも、その範囲にいるとは限らない。

「その通り。引っかかるまで手あたり次第に飛ばすしかないわね。でも、時間があればそのうち引っかかるものでもある。射る人間、矢の数が増えれば、もちろん比例して精度は上がり、引っかかる時間は短くなるだろうけど」

 それともう一つ。プラエが人差し指を立てた。

「これは何でもかんでも引っかかるものじゃない。特定の物にのみ反応する仕掛けがある。そりゃそうようね。熱源で探索する方法もあるけど、それじゃ森中の動物に反応してしまう。絶対に私たちが持っている物を指定しているはず」

「私たちが」

「絶対に」

「持っている物」

 私、ファルサ、ギース、団員全員の視線がゆっくりと同じ方向を向く。その方向に、絶対に私たちが運ばなければならない人物がいる。

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