第124話 暗い森で休ませて ~条件付き~

 ギース達と合流してすぐに緊急のミーティングを開始した。参加者は私の他はギース、テーバ、ジュールだ。モンドは治療して休んでおり、他団員たちには敵の所持品を改めるようにと指示を出した。

 議題は二つ。夜営するか否か、そして、敵の追跡についてだ。ファルサも交えて検討する。

「まずは夜営するか否についてですが」

 そう言ってファルサの方を見た。

「私としては、夜営を望む」

 本来であれば彼が仕えるコルサナティオも同席するはずだったが、今はいない。とうとう疲労で倒れたのだ。私たちの前では気丈に振舞ってはいたものの、暗殺者に狙われ続けているというのはかなりの精神的負担がかかっていた。そこへ、慣れない長距離移動による肉体的疲労が重なった。駄目押しが先ほどの敵襲だ。そのせいで神経が参ってしまった。今は近衛兵たちが彼女を看病兼護衛している。

「ティゲル女史のおかげで、一番の懸念材料であったサルトゥス・ドゥメイの襲撃の可能性がかなり下がっている。強行し、体力を消費するよりも、一旦休み、少しでも体力を回復させるべきだと進言する。これは王女の体調だけをおもんばかったわけではなく、我々の体力もかなり消費していると思うからだ」

 ファルサのいう事も尤もだ。こちらとしても同じくティゲルの疲弊がひどい。彼女の知識はこの森踏破に欠かせない。ある意味最も重要な人間だ。モンドたちの負傷もある。休めれば休みたいのが本音だ。しかし、すぐに結論を出せない理由がある。それが議題の二つ目だ。

「サルトゥス・ドゥメイは良いとして、休むとなると気にしなくてはならないのが敵の追撃だ」

 ギースが言った。

「先ほどの敵は後方から。包囲網に引っかかったわけではなく、こちらを追尾してきたと考えられる。我々は一直線に東を目指しているわけではなく、サルトゥス・ドゥメイなど、危険を可能な限り回避しながら、つまりは蛇行しながら東を目指している。プラエが算出した我々の現在位置は、出発点と到達予定の東端を結ぶ直線上から南に一キロ近くずれた場所にいる。ここでファルサ殿に確認したい」

「ふむ、私に応えられることであれば」

「暗殺者が使用する魔道具に、相手を追尾する物はあるだろうか」

「正直に言えば、すまない。わからんのだ」

「わからない?」

「プルウィクスは魔道具開発の盛んな国だ。大小様々な工房があり、日々新しい物が生み出されている。私たちがいない間に開発された可能性は否定できない。また、新たに開発された物は一応王家に申請し、登録される決まりではあるが、それら全てが登録されるとは限らない。登録された魔道具は登録者の手を離れ王家が管理し、今後は王家からの依頼という形で製造、販売することになる。登録の利点としては別の魔導工房で作成された場合でも、売れた金額の三割が登録者に入る点。その設計図は王家の法で守られ、偽造等があった場合厳しく取り締まられる点だ」

 著作権や印税の関係、みたいなものだろうか。

「魔道具開発をする魔術師にとっては、魔道具や設計図は我が子も同然、他人に渡したくない、と登録しない者が少なからず存在する。王家も登録を強制してはいない、無きに等しい法律だ。複雑すぎる魔道具は結局本人しか作れないため登録する利点がないしな。だから、登録されている物は大量生産が可能な、例えば攻撃用の消費魔道具などだろうか。それに、暗殺者が好む魔道具など公に登録はできないだろう。ドンバッハ村で見た音を拾う魔道具も、確か登録されていなかったはずだ」

 ただ、とファルサは続けた。

「ここまで正確に、長い距離を追尾できる魔道具はまだないのではないか、と思う。私たちも移動の際、痕跡を残さないようにかなり慎重に動いた。かく乱のための仕掛けも施した。これを看破していたとしたら、もっと早く追いつかれていたはずだ。それこそ、南に移動した、という嘘の情報に踊らされず、我々を包囲していてもおかしくない。けれど、敵の第二波はまだ来ない。以上の理由で、長距離、高精度な魔道具はまだ開発されていないと考える。先の音を拾う魔道具も、距離が離れすぎては効果を発揮できないだろう」

 ファルサの推測通り、あの魔道具にそこまでの効果範囲はないとプラエは結論付けている。

「もし追尾するなら優秀な猟犬の方が確実だろう。そういえば、そちらの貴君は元猟師であったな。猟師の視点から見て、猟犬による追尾はあり得るだろうか」

 話を振られたテーバが首を捻り、しばし考えた後「考えにくい」と結論を出した。

「俺もその追跡を懸念して、臭い消しなどで痕跡を消しながら歩いていた。各部隊のリーダーも同じように臭い消しを使ってもらっている。また、ここはサルトゥス・ドゥメイの匂いが強い。犬にとっては強すぎると言っても良い。本能的な恐怖から、おそらく犬はこの森に入ることすらできないだろう。俺が飼っている犬もひどく嫌がった。籠に入れて、プラエの袋に入れて、ようやく収まったくらいだ」

 最近まで飼っていることを隠していた彼の愛犬テレサは、テーバの躾により優秀な猟犬へと成長している。優秀な猟犬は飼い主の命に従い、自分よりも大きな相手、熊や猪などを追いかけ、食らいつくことが出来る。そんなテレサであってもドラゴンは無理だった。絶対に勝てない相手と本能に植え付けられているのは人間だけではなかったようだ。

 魔道具、猟犬、両方の追尾が困難だと我々の見解は一致した。ならば後考えられるとすれば、一つ。

「ファルサさん。失礼を承知で伺います」

「何だろうか、アカリ団長」

 答えつつも、ファルサも聞かれる内容を察している。目を鋭く細めて、こちらを見下ろしていた。

「裏切りが発生している可能性はありますか?」

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