第127話 無知と愚かはイコールじゃない
「安全装置のようなものです」
どこか他人事のように、コルサナティオは言った。
「プルウィクスは昔から、ラーワーとアウ・ルム、もっと遡るとニガラバ、シャヴァラボ、スーキュウと、五つの国に囲まれていました。当時より最も国力の低い私たちが生き残るためには、この五つの国の同盟関係、協力関係を利用する他ありませんでした。時にアウ・ルム、時にラーワーにつき、パワーバランスを上手く保つことで、可能な限り自国の被害を押さえてきました」
戦国時代、大内家と尼子家の間を行き来した毛利家みたいなものか。
「同盟を結ぶとき、最も効果的な信頼関係の結び方、何だと思いますか?」
コルサナティオが私たちに尋ねた。少し考え、答える。
「高貴な身分の方を親善大使として送り込む」
まさに彼女の兄リッティラ王子がラーワーに両国の親愛と友好のために留学していたと聞く。
気遣ってくれてありがとう、とコルサナティオは笑った。
「親善大使とは聞こえはいいですが、簡単に言えば人質ですね。昔から、プルウィクス王家は人質として自分の親族を他国に送っていたのです」
「その、流石に何度も同盟、破棄、同盟、破棄を繰り返していたら、いずれ周囲全ての国からそっぽを向かれませんか」
プラエが疑問を呈する。
「普通の人間の感情であれば、そうなると思います。ですが、感情を排し、国の運営する上でメリットとデメリットを天秤にかけると、メリットの方が大きいのです。何故なら、人質に来たということはその間はプルウィクスが味方であり、同時に人質から前の国の内情を少なからず取得できるからです。次の同盟国はその情報も得られる算段がつくから、同盟と人質を受け入れるのです。拮抗する戦力であるなら、なおさら無視しにくいでしょう」
ただ、とコルサナティオは続けた。
「プラエ女史の言う通り、そっぽを向かれた事はあります。上手くいく場合ばかりではありませんでした。人質となる王家の人間は、死を覚悟して他国に赴きます。ですが、私たちとしてもタダでみすみす貴重な人材を失う訳にはまいりませんでした。相手に一矢報いるための方法、それが魔道具メリトゥムです」
「裏切られ、人質が殺された場合、メリトゥムが発動する仕掛けなのですね」
「そうです。当初は自決用、本当に人質として身内に迷惑をかけないための物だったのですが、魔道具が進化するにつれて威力が向上し、今の形になりました。残念というべきか、幸運にもというべきか、威力が向上してからは爆発した記録はありませんが」
メリトゥムの概要を説明しますと、コルサナティオは自分の胸を指さした。
「私の心臓にメリトゥムの一部が埋め込まれています。髪飾りの本体に流し込まれた魔力は、心臓を動かすために使われています。魔力が枯渇すると心臓の機能が停止し、先ほども言った通り私が死にます。死亡を判断するのは脈なのですが、その脈が無くなると心臓の部品は別の効果を作動します。私の肉体から強制的に魔力を抽出し、メリトゥム本体に逆流させます。これは、もし私が先に死んだとしても、順番が省略されるだけで同じ結果になります」
コルサナティオが死に、死体から魔力が抽出、逆流し、メリトゥムが爆発する。
「待った。ちょっとおかしくない」
それまで話を黙って聞いていたプラエが挙手した。
「魔力を抽出って、死んだ人間からは魔力が発生しないはずですよね」
私が最初に彼女から学んだ魔力の基礎では、魔力も体力も、大本は同じ、生物の生命力を素にしていると教えられた。生命力という水瓶から、それぞれ魔力、体力という別の出口から出ている物だ、と。それが正しいなら、死んでいる人間からは生命力は失われているはずだ。
「魔道具製作の機密に触れるので詳しくは話せませんが、結論だけ言えば死者からも抽出できますよ」
コルサナティオに、当たり前のことのようにそう断言された時のプラエの顔は、どう表現すればいいのだろう。新しい知識を得た喜びと、これまでの常識を覆された驚愕と、かなり昔からあった知識を自分が全く知らなかったという無知の羞恥と、死者に鞭打つ技術に対する憤り、色んなものがない交ぜになって、とても複雑な表情となっていた。
「ご存じないのも無理はありません。プルウィクスが厳重に守り抜いてきた技法ですので。死者から魔力が生まれる、ということを知っているのは、私たち以外ではおそらくあなた方二人だけでしょう」
守り抜くのも当然だ。戦乱といえば死体の宝庫、見方を変えればエネルギー資源が大量に存在するという意味になる。もちろん口外は無用で、とコルサナティオは念押しした。
「その技術があれば、プルウィクスはラーワーもアウ・ルムも飲み込めそうですが」
ショックを受けて固まっているプラエの代わりに、思ったことを言ってみた。
「残念ながら、現時点では条件がかなり厳しいのです。それに、倫理的な問題がありますので」
「意外です。国としてのメリットの方が大きそうですが」
「いいえ、デメリットの方が大きいですよ。死者を冒涜する技術なんて、いかにも叩きやすい、攻める大義名分を与えそうじゃないですか」
弱々しく笑う彼女は、自国のそんな技術を誇っているのか、恥じているのか、どっちだろうか。これまで彼女が、自分の命をそこまで重要視していないように感じたのは、プルウィクスの歴史と習慣が背景にあったからだ。
「以上の理由で、私はメリトゥムを捨てるわけにはいきません。私の部屋にある安置場所まで運ぶ必要があります」
死んでしまうのだから運ばざるを得ない。絶対条件が追加された。
「あれ? となると、どういう事だろう?」
ふと沸いた疑問がこぼれ出て、コルサナティオたちが注目する。
「どうしました?」
「いや、弟君であられるセクレフォルマ王子は、メリトゥムをお持ちではなかったのか、と」
セクレフォルマはドンバッハ村に来る前に殺されたはずだ。
「弟は社交界デビュー前でしたから、まだ下賜されていませんでした。今回のラーワー訪問で他国でも失礼なく振舞うことが出来ると判断され、ようやく下賜される手はずになっていました」
「申し訳ありません。辛いことを」
彼女に謝罪する。少し無神経だった。
「いえ、大丈夫です。謝らなければならないのはこちらの方です。動けもせず、敵に居場所を知らせてしまう。これ以上の足手まといはありません」
歯痒そうにコルサナティオは自分の太ももをぽすんと叩いた。
「いえいえ、そう自分を責めるもんじゃありませんよ」
声をかけたのはショックから復活したプラエだった。
「知らないなら知ればいい、学べばいい、考えればいい。魔道具作成と同じです。どうしたいかという答え、ゴールがわかり切っていて、原因というスタートが今判明した。ならば、後は答えと原因を結ぶ式を考えればいいだけです。私たちのゴールは、追手を撒くこと」
「ですが、原因である敵を私がおびき寄せてしまうスタートは、動かしようもありません」
「考え方を変えましょう。正確には敵は、その魔道具メリトゥムの反応を追っている。メリトゥム自体を追っているわけではないのです」
「どういう、意味でしょうか? 同じ意味では?」
「魔術王国プルウィクスの王女様に対してお目汚しではありますが、まあ、一つ試させてください」
お目汚しだなんて、自信ありげに使う謙遜語じゃない。プラエが取り出した魔道具を見て、彼女のやろうとしていることを察する。
「木を隠すなら森、ということですか」
言うと、プラエがこっちを見てにぃと口の端を吊り上げた。
「急ぎ、準備しますので、ちょーっとそいつ、貸していただけますか?」
プラエがメリトゥムを要求した。悪い顔をしていたので、一瞬、コルサナティオが躊躇した。
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