第117話 クライアント

「少しよろしいですか?」

 ザジたちと少し話した後、私は再びファルサに声をかけた。ザジたちには無理を言って、村人全員に先に館に入ってもらった。ここでのことは、彼らに聞かせられない。

「もちろん。依頼のことですかな?」

「はい。依頼に関してですが、報酬の件をまだ話していなかったと思いまして」

「おお、そう言えばそうですな。では、報酬次第で受けていただける、と認識してよろしいか?」

「そうですね。その方向で進めたいと思っています」

「助かった。ほっとしましたよ。依頼を受けてもらえないのではないかと」

 居住まいを正して、ファルサが私に向き直った。

「で、報酬はどのくらい用意すればいいかな」

「そうですね」

 少し悩むふりをしてから、応える。先ほどのミーティングで、すでに試算は出してある。

「金貨一万枚、用意していただきます」

 しん、と空気が凍り付く。

「・・・これはまた、吹っ掛けられたものですな。護衛に金貨一万枚とは」

「そうでしょうか。妥当な数字だと思いますよ。なんせ、ここで起きたことを口外しない、という口止め料が入っているのですから」

「口止め? 何を黙っておくというんです?」

「ドンバッハ村が襲われた理由ですよ。奴らは、あなた達を追ってここに来た。ということは、ここが襲われたのはあなた方のせい、ということです」

 空気がピリピリとし始める。ファルサは平静を保っているが、後ろに控えるメイドたちの纏う空気が、戦いを前にした戦士のように殺気立っていく。

「プルウィクスの人間としては、ラーワーに弱みを見せるのはまずいのでは? 大国は少しの弱みを起点にして国を乗っ取りにかかるものです。もしこれが明るみに出れば、プルウィクスとしては金貨一万枚以上の大打撃を受けるのではないかと思いまして。そして、原因を作ったあなた方はその賠償を求められる」

「ただの夜盗です。世界中、どこでも夜盗に村は襲われる可能性はある。今回は不運な話ですが、それがドンバッハ村で起きただけ。私たちと因果関係はありませんな」

「いや、あります。彼らは間違いなく、あなた方を狙って追ってきた」

「証拠でもあるのですかな?」

「まずは、奴らの装備です」

 人差し指を立て、ファルサに突きつける。

「夜盗にしてはあまりに装備が良い。うちはお抱えの鍛冶師がいます。彼の調査の結果から、奴らは武器を使用後に手入れを行い、修理に出している。夜盗はそんなことできません」

 二つ目。中指を続けて立てる。

「あなたの説明を聞いているときから、違和感がぬぐえなかった。あなたの話では、細い道の前に大木が倒され道を塞がれた。そうですよね?」

「ええ、それが?」

「夜盗の待ち伏せにしては準備が良すぎませんか。まるで、あなた方がその道を通ることを予め知っていたかのようです」

「夜盗でも、その程度の知恵は持ち合わせているでしょう。それとも、我らの中に夜盗と通じている者がいるとでも?」

「夜盗と通じている者は、いないでしょうね」

「だったら」

 ファルサの言葉を私は遮り、言った。

「だから私たちは、こう考えた。あなた方を襲ったのは、夜盗ではない」

 開きかけた口をファルサはつぐんだ。かすかに、彼の頬がピクリと動いた。

「夜盗云々の前提が間違っていたら、後に続く全てが嘘になってくる。あなた方が襲われた理由は本当に図書館から借りたもののせいなのか、そもそも借りたのは本当か。何も借りていないのであればなぜ襲われたのか。あなたは本当に商人なのか。商人でなければ何者なのか。そこまでして襲われ、命を狙われる人間の正体とは何なのか」

 刑事や検察になったつもりで矛盾点を突きつけていく。

「あなた方は、私たちに嘘の情報を提供した。その上で護衛を引き受けろと言うのであれば、一万枚支払っていただく。私たちがその嘘を飲み込むための代金です。無理だというなら、他を当たるか、自分たちでどうにかするか、事情を全て話してもらう。おすすめは自分たちでどうにかする、ですかね。他に当たる前に第二波が来そうだし、全て話しても私たちが受けるとは限らない。あなたも、あなたの使用人たちもなかなかの腕をお持ちのようだ。統率された動きはまるで軍隊のようでした。何も問題ないのでは? プルウィクスまで残り、えっと、何キロ?」

「約五十キロです」

「ありがとうムト君。五十キロなら、頑張れば一日で踏破できる距離です。ただ、あなた方を襲う敵は、なるべくラーワー国内で決めてしまいたいはずですから、国境付近はかなり張られていると思いますね」

 いよいよ、メイド部隊から発せられる怒気や殺意が濃くなり始めた。反応が素直で助かる。私の話を裏付けてくれているようなものだ。

「・・・わかりました。私たちが襲われた真相を、話します」

「良いんですか? 聞くだけ聞いて、危なそうだったらとんずらするかもしれませんよ?」

「話をするだけでリスクが軽減できるかもしれないのなら、安い物です」

「そうですか。では私たちも、ここで聞いた話は口外しない、と約束します。では、話してください」

「はい。実は」

「あ、待った」

 怪訝な顔でファルサが言葉をひっこめた。

「私は、真相を責任者から直接聞きたいのですよ」

「だから、今」

「あなたじゃない」

 剣を突きつけるように断言する。視線を動かす。彼の背後、メイドたちの末端、最も小柄なメイドを発見する。

「あなた」

 びくりと幼いメイドは怯えたように反応した。

「依頼主は、あなたのはずだ。ならば、あなたに説明責任があるはず。守られてないで、前に出てください」

「お待ちください。あの者は使用人の中でも未熟者、どうしてあの者が私たちの責任者だというのですか」

 ファルサが言葉と体で庇う。彼女と私の間に入り、視線を遮る。

「その動きのせいですよ、ファルサさん」

「え?」

「覚えていますか。先ほど、村人に扮した敵があなた達に向かって襲い掛かった時のことを。あなたは今と同じように彼女を庇った」

 ローブを広げ、敵の視界から彼女を消した。今思えば、敵もファルサではなく彼女に向かっていたような動きだった。

「違和感を覚えたんです。なぜ主人であるあなたが、使用人を庇うような真似をしたのか。そこから芋づる式に、これまで見ていたのに気にもしなかった違和感が噴出しました」

 彼女だけが戦闘に参加していないのはなぜか。彼女の後ろにファルサが控えていたのはなぜか。メイドたちが彼女から私たちの意識を逸らせようとしたのはなぜか。

 なぜ、襲われたドンバッハの人々を見つめていたのか。

 ゆっくりと彼女に向かって歩き出す。ファルサの横を通り、メイドたちの前を通り、彼女の前で止まる。距離は一メートルほど。

「さ、話してもらいましょう」

「わ、私、私は」

「アカリ殿、さっきからあなたは何を言っておられるのか。いい加減にしないとさすがの私も」

 ファルサがうんざりしたようにこっちを向いた。誤魔化すというならば仕方ない。

「動くな!」

 彼女の額に銃を突きつける。プラエがいまだ改良中の連発可能なハンドガンだ。見たことがないファルサたちでも、それが相手を害するものだとすぐに察した。

 メイドたちが各々武器を取り出した。だが、飛び掛かることはない。その前に、団員たちが彼女たちとファルサに向けて武器を突きつけたからだ。それでも、一触即発なのは変わりない。

「何の、真似ですかな」

 一人、ファルサだけが冷静に構えていた。だが、その腕は腰の刀に添えられている。刀の軌道上に、私の首がある。

「あなたが言うところの、いち使用人に私たちが開発した魔道具を突きつけているだけです。何をそんなに興奮されているので? ただの使用人なんでしょう? ちなみに、わずかな力でこの筒状の所から殺傷力の高い針が飛び出す仕掛けです。下手に私を殺さない方が良いでしょうね」

「バカげている。その者は未熟ゆえ、何も知らない。出来ない。あなたは訳の分からないことを言っている。狂っているとしか思えん」

「狂っている、確かにそうかもしれません。人を殺しても、何とも思わないようになってしまったのだから。だが、だからこそ」

 私は彼女の顔を見た。

「知り合いでもない村人たちが傷つき、畑が燃える様を見ていたあなたは、実に悲しそうな顔をしていましたね。まるで、自分のせいで村が襲われたと言わんばかりです」

 メイドはハッとした顔で私を見上げた。

 彼女たちの正体がおぼろげながら掴めたのは、ボブの情報のおかげだ。彼はメイドを見て珍しいといった。理由は、その衣装にあった。

 王侯貴族や商人などの成り上がりに仕える使用人の服には、仕えている者の階級を示す家紋などの意匠が施されているらしい。そして、ここにいるメイドのホワイトプリムの隅やエプロンの紐の端にはオオカミの横顔を模した紋様が施されていた。オオカミはプルウィクス王家の家紋。だから珍しいと言ったのだ。王家のメイドがここにいるなんて、と。ボブは始め、王族からの依頼だから随伴したのかもしれないと思い、違和感を無視してどうでも良い事と決めつけていたそうだ。

 でも、彼女たちが本当に王家に仕えるメイドなら、護衛も兼ねるので護身術の類は学んでいてもおかしくない。そしてメイドがいるということは、同時に守られるべき人間がいるはずだ。ファルサや彼女たちは誰を守っているのか。

 ハンドガンを下ろし、少し屈みこんで彼女と目線を合わせる。

「私は、責任者の口から真相を聞きたい。金を支払う人間が信用できるかどうかを、そこで見極めます。二度は聞きません。依頼主である責任者は?」

 メイドは一、二度深呼吸し、目を見開いた。まだ怯えは残っている。しかし、私から逸らそうとはしない。震える手を握りこみ、私から隠した。そうこなくては。

「私です」

「依頼内容を、正確にお願いします」

「私を」

 そこで唾を飲み込んで、彼女は言った。

「プルウィクス第二王女、コルサナティオ・プルウィクスを、プルウィクス王都まで護衛してください」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る