第116話  チップを乗せて

 どすん、と後ろにいたメイドが尻もちをつく。

「修業が足りんぞ。この程度で腰を抜かすんじゃあない」

 残心を心掛けながら、ファルサは後ろのメイドに気を配る。

「し、失礼しました」

 慌てて立ち上がり、幼いメイドはスカートに付着した土を払う。相手が確実に絶命していることを確信し、ファルサは大きな動作で剣を振り、着いた血を払い落としてから鞘に納刀した。

「お見事です」

 ファルサを称賛する。事実、見事としか言いようのない一太刀だった。間近で見ていた私は、彼の動作を見ていた。

 変装した敵が間合いに入った瞬間、ローブを手で払い派手に前を広げた。腰に帯びていた剣を抜き放ち、敵の武器が振り下ろされる前に、股下から頭へ向かって両断したのだ。鞘から抜くと同時に斬る技、確か、そうだ。

「居合、でしたっけ。お使いになるんですね」

 抜刀術とも呼ばれる技だ。ネットの動画で型を披露するのを見たことがある。罰ゲームで使うデコピンをするとき、弾く指を他の指で押さえて力をためるように、日本刀を鞘の中にぐっと当てて、弾いた時の加速を利用すると解説がついていた。刀身が反り返っている日本刀独自の技とも。ファルサの剣も反りのある片刃で、幅の広い刀と認識できるものだ。

「おや、ご存じか?」

 驚いた顔でファルサが言った。少々大げさなリアクションに見える。

「東方の田舎剣法です。お目汚しをいたしました」

「ご謙遜を。相当な修練の果てに至る腕前とお見受けします。護衛の依頼、必要ないのでは?」

「よしてください。たまたまです。相手が私をただの商人と油断したからでしょう。運が良かった」

 たまたま、運が良かった、ね。

 いったん話を打ち切り、ザジに声をかける。家族の安否を確認できたからか、ひとしきり泣いた後はかなり落ち着いていた。もちろん、村の仲間を殺されたショックが抜けきっているわけではないだろうが。たとえまだショックを受けていても、動いてもらわなければならない。彼は、この村の責任者なのだ。

 畑の炎は、幸か不幸か燃え尽きて鎮静化している。燃えたのは火の放たれた数か所とザジたちが逃げるために燃える荷車を使った畑のあたりだけだ。無事だった村人たちには朝まで館に留まってもらい、ザジには王都や近隣の街に救助を要請してもらうことにした。

「救助が到着するのは、いつごろになりますか?」

「五日はかかるかと思います。この村は一番近い街からも馬車で一日は離れています。近くの駐屯所のある街まで二、三日。明日の朝に伝書鳥を飛ばすので一日潰れ、内容が伝わって兵の編成に一日、ここまでの移動に三日はどうしても時間がかかります」

 仕方のないこととはいえ、時間がかかりすぎる。それまでに敵の増援が来ないとも限らない。

「とりあえずは、救援を呼んだ方が良いでしょう。村人たちには、今日はこのまま館に留まってもらった方が良いと思います。まだ敵が潜んでいる可能性はありますので」

「わかりました。そのように指示を出します」

「すみませんが、団員たちと打ち合わせをさせてもらうので一旦失礼します」

「何かご入用でしたら、私や妻、ティゲルに申しつけください」

 礼を言い、彼らの元を離れる。次に向かったのは頼れる仲間たちの元だ。

「これからの行動についてミーティングを行います」

 神妙な顔でみんなが頷いた。

「一番の懸念は、攻撃の第二波があるかどうかです」

「可能性はある、と思う」

 モンドが言った。

「根拠は?」

「奴らの装備を見た時に思ったんだが、あいつらの正体がわからん」

「夜盗、ではないと?」

「ああ。あまりに装備が良すぎる」

 モンドが剣を一振り私たちの前に出した。

「刃こぼれも錆もない。夜盗や盗賊なんてのは、砥ぎや修理にだせねえから、武器は使えば使っただけどんどんぼろっちくなっていくはず」

「彼らが持っていた物は新品みたいにキレイですね。奪いと取ってすぐ、ということは?」

「それは、ないと思います」

 ゲオーロが挙手した。なぜか少しげっそりしているようだ。初めての敵襲で緊張したのだろうか。

「モンドさんに言われて、死体の手と、所持していた剣の持ち手を調べました。持ち手の部分にわずかに血がにじんだと思われる個所や補修した跡が見られます。また、刀身が少し“ちびて”いました。砥ぎに出したと思われます。ここから察するに、最低でも一年以上はこの剣を振るっていたはずです。手の大きさや握った時の指の当たる場所が丁度持ち手に残る跡に合致しますので、盗まれたものではなく、本人の物の可能性が大きいです」

「修理に出した形跡があり、手の跡は本人の物で間違いなく、血が滲むほどその剣を振っている。となると夜盗とは考えにくいですね。二人とも、ありがとうございます」

「俺よりも、ゲオーロの奴を褒めてくれ。ゲロ吐きながら頑張って調べてくれたんだ」

「や、やめてくださいよモンドさん」

「ゲロ?」

「いえ、その、死体は、初めてだったので。すみません」

 なるほど、それでげっそりしていたのか。

「謝ることはないです。初めてなら仕方ありませんし、恥じることもない。むしろ不調をおしてあなたは自分の仕事をしっかりしたのですから、もっと誇るべきです」

「あ、は、はい。ありがとうございます」

 はにかみながらゲオーロは頭をかいた。

 二人の調査で、奴らがただの夜盗ではないことは判明した。では、一体何者か。それだけじゃない。夜盗ではないなら、ファルサたちはなぜ追われていたか、という新たな疑問が浮かぶ。敵襲のせいでうやむやになっていたが、突き詰めた方が良いんじゃないだろうか。

「そういえば、ボブさん」

「はい、何でしょう」

「メイドって、そんなに珍しいんですか?」

 一瞬きょとん、とした顔でボブが私の顔を見た。私も彼の顔を見返した。そんなに変な質問をしただろうか?

「先ほど、ファルサさんのメイドを見て、珍しいって言ってたから」

「ああ! はいはい、そういうことか」

 得心がいったと手をポンと打った。

「そういう事じゃありませんよ。私が珍しいといったのは」

 ボブはにこやかにその理由を話した。反対に、私の顔は険しくなっていった。

「団長、私、まずい事話しましたかね?」

 少し顔を引きつらせながら、ボブが伺ってくるほどに。

「いえ、違います。助かります。これでおおよその疑問は推測が出来て、仮説が立てられました。しかし、この仮説を立証するのは少々骨が折れそうです」

 ちらとファルサたちを横目で盗み見る。正面から問いただしても否定される。いや、そもそも関わりあいにならない方が得策ではないか、という気もする。これ以上関わると、取り返しのつかない事態に巻き込まれそうな、そんな予感だ。だが。

 ザジたちを見る。傷つき、悲しみに暮れる村人たちを見る。きっと、彼らはこの被害に関して泣き寝入りをするしかないのだろう。夜盗は全員死んだ。ラーワーから多少の保証と復興の協力があるにせよ、万全ではない。失われたものに釣り合う保証はないだろう。

 私が、私たちが気にする話ではない。私たちは傭兵なのだから。村のことなど知ったことではない。そうあるべきだ。

「団長、良いか?」

 ギースの声に、我に返る。

「先ほどの失態に対して、私にチャンスをくれないか」

「失態って、何言ってるんですか」

 彼の言う失態とは、ザジを引き留めなかったことだろう。

「あれは失態でも何でもない。ギースさんには一つも落ち度はないですよ。そもそも、私たちに、彼らを守る義務はない」

「いや、失態だ。一宿一飯の恩を受けた相手を、みすみす危険に晒した。命はとりとめたものの、彼らや村人たちは深い傷を負った。なのに、このままだと彼らは大した保証も受けられず、彼らを傷つけた者たちは死んでいるから、碌な賠償もなく泣き寝入りするしかない。畑も燃えてしまい、収入、何より食料が失われて今後の生活に困窮するだろう。私も人の子だ。彼らが苦しむのは見たくはない」

 私と同じ意見をギースは持っていた。いや、違う。私の懊悩を彼は読み取ったのだ。だから、自分の意見として、私の考えを、およそ傭兵らしいとは言い難い行動を支持しようとしてくれている。

「団長、一つ、私に考えがある。領主たちに恩を返し、かつ、この事態を招いた連中に相応の報いを受けさせ、かつ報酬を得る考えだ。聞いてくれるか」

「・・・ぜひ、教えてください。お願いします」

 ギースの作戦はシンプルなものだ。しかも、私の考えの先を見越していた。感情論だけでなく、実利も含まれた策だ。

「もちろん、全てが上手くいくとは限らない。相手の出方によっては賭けになる。報酬だって、目論見通り引き出せるかはわからない。確約された報酬がない話はしたくはないが」

「私は賛成」

 意外なところから賛成票が投じられた。プラエだ。

「成功した時の報酬がかなり期待できるわ。魔術師としては見過ごせない」

「俺も、賛成です」

 次に声を上げたのはゲオーロだった。

「このままじゃ、ティゲルさんたちが可哀そうです。何とかできるなら、何とかしてあげたい。でも、俺頭悪いから、何もできることが思い浮かばなくて。ギースさんの作戦なら、俺にも何かできるかもしれないって。一番新入りの俺が、生意気なこと言ってすみません」

 最後の方は声も体も小さくなっていった。ムトが彼の肩を叩く。

「たまには冒険しても良いんじゃねえか?」

 テーバが軽い調子で言った。

「本当に欲しい物を得るためには多少のリスクはあるもんさ」

 自分のいた団はそのせいで壊滅したけどね、と笑えないジョークをジュールが飛ばす。他の団員たちも賛成してくれた。

「どうするね、団長」

 モンドが問いかける。

「ギースさんの策に乗ります。賭けるなら勝ちに行きます。しっかり、がっつり、総取りを目指しますよ」

 にぃ、とみんなが笑い、私を見返している。

「では皆さん、手はず通りに」

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