第118話 生きる。生かす。意地でも

 プルウィクス。

 大国ラーワーとアウ・ルムに挟まれた中立国で、多くの有名な魔術師、魔導工房を抱えている。主な収入源は魔道具の輸出や補修作業。特に医療関係、魔力で動く義手や義足は九割以上のシェア率を誇る。ほぼ独占だ。破損した場合、その精密さ故に国外での修理は不可能で、必然的にリピーターとなる。ただ性能は比較にならないほど高く、高額であっても求める者は多い。

 確実に入る収入があるため、小国の中ではかなり裕福な部類に入る国家と言えた。

 順風満帆に見えるプルウィクスだが、最近になって暗雲が立ち込め始める。国王シーバッファ・プルウィクス三世が病に倒れたのだ。

 病の進行度合いは定かではないが、長くはないと誰もが見ている。こうなってくるとささやかれるのは世継ぎの話だ。

 王位継承権第一位、リッティラ・プルウィクス王子。

 王位継承権第二位、クオード・プルウィクス王子。

 王位継承権第三位、セクレフォルマ・プルウィクス王子。

 王位継承権第四位、レウェラ・プルウィクス王女。

 王位継承権第五位、コルサナティオ・プルウィクス王女。

 順当にいけば、第一位であるリッティラ王子が次代の王となるはずだった。だがここにきて、これまで子宝に恵まれなかった王妃が懐妊。第一子ピウディス・プルウィクスが誕生する。

 多くの王家では、正室の男子が優先的に高い継承権を持つ。ピウディスも同じように王位継承権第一位に躍り出た。他の五名は側室の子だからだ。

 しかし、それに待ったをかけたのがリッティラ王子と彼の派閥だ。彼は様々な英才教育を受け、隣国ラーワーともパイプを持っている。彼こそが次代の王としてふさわしいと多くのプルウィクス貴族が彼を祭り上げた。

 また、ピウディスの出産において疑惑が残るのも、待ったをかける要因になっている。ピウディスが生まれたのが昨年の夏。その十か月前が、丁度シーバッファが倒れた時期に当たる。ピウディスは王の子ではないのではないか。そんな話が持ち上がった。

 これに反論したのは、当然ながら王妃の派閥だ。ピウディスこそ正当なるプルウィクスの後継者だと公言した。ピウディス誕生も王が病に倒れる寸前であり、時期としては何も問題はない。むしろ己の未来を予見した王が、自分の意志と使命を継がせるために残した一つ種である、子をなせずバッシングを浴び続けた王妃を憂いた王の最後の優しさであるなど、わかりやすい感動話に仕立て上げて民衆の支持を集めている。

 こうして、泥沼の世継ぎ問題が起こり、裏ではプルウィクスを挟む二つの大国が暗躍し、現在進行形で悪化の一途を辿っている。

「プルウィクス、ラーワーとの魔道具共同開発は事実です。資料をお借りしたのも。ですが主目的はリッティラ王子とラーワー国王との会談です」

 ザジに無理を言い、館の奥に位置する個室を用意してもらった私たちは、コルサナティオより話を聞いていた。奥の個室にしたのは、襲撃を配慮したためだ。室内には依頼主であるコルサナティオとお目付け役としてファルサ、アスカロンからはギースと私の必要最小限の人間しかいない。やはりというか、ファルサは商人などではなく、プルウィクス随一の将軍だった。勧進帳は世界を超えて実践されるものらしい。

「良いのですか? そんなことを私たちに話して」

「構いません。公然の秘密です。リッティラ王子がラーワーに行く時点で誰にでも予想のつく事です」

 流石に会談内容を話すわけにはまいりませんが、とコルサナティオは言った。こちらとしても、知ったら余計なリスクを背負いそうな情報は必要ない。大体の予測もつくし。

「今回の訪問でリッティラ王子に同行したのは、第三王子のセクレフォルマ王子と私です。第二王子のクオード王子と第一王女のレウェラ王女はプルウィクスに残りました。王妃の行動を監視するためです。ですが」

「王妃の手は思いのほか早く長かった、というわけですね」

「はい。待ち伏せを受けました。私たちも襲撃の事を考え、いくつかのルートを用意し、囮を別ルートで向かわせるなど策を講じたのですが」

「相手の方が上手だった、と」

 それだけ手を尽くしたにもかかわらず襲撃を受けたのであれば、考えられる原因は三つ。全ルートを潰せるほどの兵を用意したか、情報が漏れたか、尾行を受けているか。複合の方法も考えられる。

「敵は、私たちが乗る馬車をピンポイントで狙ってきました。リッティラ王子と私はかろうじて脱出できたのですが、セクレフォルマ王子は逃げ遅れてしまい」

 固く目を瞑ったコルサナティオがスカートをくしゃりと握った。

「私がもう少し、駆け付けるのが早ければ」

 ファルサが怒りと悔しさを滲ませる。

「いえ、ファルサ。あなたはよくやりました。あれだけの敵に囲まれた状況から、敵陣を突破するなどできることではありません。あなたの奮戦がなければ、リッティラ王子も私も、今頃骸をさらしていたことでしょう」

「もったいないお言葉です。しかし、守れなかったのは事実。国に戻った際には全てを王にご報告申し上げ、いかなる罰も受ける所存。しかし、その前に命を懸けて貴方様をプルウィクスにお送りさせていただきます」

「ありがとう。ですが、己の命も守ってください。あなたはプルウィクスに欠かせない人なのですから」

「はっ」

 彼女らの寸劇が途切れたところで、口を差し込んで話題を戻す。忠義の士と可憐なる主君の話は美しかろうが、そのためにどこかの誰かが傷ついていることを忘れてもらっては困る。命の貴賤云々を語れるほど立派な人間ではないが、こちらは知り合いが理不尽な思いをしているのだ。その事実と代償は必ず支払っていただく。私たちの労力に見合った報酬も。口に出さない分別が私にあって、お互い良かった。

「依頼内容はコルサナティオ王女をプルウィクスまで送り届けるということですが、リッティラ王子の方は大丈夫なのですか? はぐれたんですよね?」

「王子には信頼できる部下と倍以上の兵をつけている。囲みを先に脱出するのも見届けた。奴ならば私以上に上手く追撃を躱し、プルウィクスまで王子を送り届けられるだろう」

「ファルサ将軍以上の?」

 僅かだが、彼の能力の片鱗は見た。メイド部隊、本当はコルサナティオ直近の近衛兵だが、彼女らを鍛えたのはファルサだという。これだけで個人の技量も用兵技術も高レベルにあると推察できる。そのファルサが自分以上と信任を置くのだから、プルウィクスは魔術師以外の人材も豊富のようだ。

「個人の戦いではまだ私の方が勝るだろうが、兵を用いた集団戦闘や戦術では敵わんだろうな。非常に頭の切れる男で、相手の裏をかくのが三度の飯より好きという軍内部でも一、二を争う嫌われ者だ」

 私も嫌いだとファルサが厳つい顔を綻ばせた。

「彼ならば問題ないでしょう。問題は私たちの方です」

「はい。我らも一刻も早くプルウィクスに戻り、王妃を糾弾しなければなりませぬ。王子お一人では責める材料に欠け、王妃はシラを切り通すことでしょう。コルサナティオ王女が加われば、王妃を追い詰められます。王族二名の証言は、城の重鎮たちも無視できますまい」

「わかっています。しかし、王妃もそれを理解しています。アカリ団長の言うように、ここラーワー国内で私を亡き者にしておきたいはず」

 改めて依頼します。コルサナティオが私に向き直った。

「私たちをプルウィクスまで送り届けてください」

「依頼はお引き受けしようと思います。ただし、こちらの要望通りの報酬を支払っていただければ、ですが」

「金貨一万枚、ですか?」

「ええ」

 不安そうな顔のコルサナティオに笑顔で返事をする。

「話が違うではないか。事情を話せば」

「まあまあ、落ち着いて。話は最後まで聞いてください」

 興奮して詰め寄ってくるファルサを押し留め、ギースと目配せする。ギースは持っていた一枚の紙をコルサナティオに手渡した。

「こちらが一万枚の内訳です」

 彼女が紙の上から下まで目を通したのを見計らって話す。

「これは・・・なるほど、約一万枚、ということですか」

 コルサナティオの頬が緊張と一緒に若干緩む。

「アスカロン作成、ローンの長期支払い計画です」

 内容は以下となる。

 私たちへの成功報酬が金貨千枚~四千枚。経費は別途請求。戦闘回数等により応相談。

 プルウィクスの魔術工房の見学及び学術資料の閲覧許可。ラーワーと共同開発している魔道具を特に希望。

 依頼中、及びプルウィクス王都内で宿泊した際の宿代と飲食代全額保証。場所は依頼主側で指定可。

 近隣のドラゴン目撃情報及び生態系の資料の提供。植物なども含まれる。

 そして。

「ドンバッハ村特産品である味噌、醤油等の大豆製品の定期購入、期間は三十年間、ですか」

「ええ。金貨にして五千枚分くらいの価値ですかね。ものすごいどんぶり勘定ですけど」

「・・・なぜ、こんな条件を?」

 紙から上目遣いでこちらを見た。

「ここの味噌や醤油は、私の好物なんです。ですが、ここでしか手に入らないようなのです。出来れば色んなところで手に入れるようにしたい。なので、プルウィクス王家御用達、というネームバリューをつければ、様々な商会が取り扱うようになって、各地で購入できるようになる。しかも、これは詳しくは話せませんが、私たちの商売の成否にも関わってくるのです。長い目で見れば五千枚以上の価値を生む可能性がある商売なのです」

 可能ですか? と問いかける。言外にそれ以外の意味を含めて。

「・・・ありがとうございます」

 コルサナティオは小声で何か呟いた。彼女も償いの方法を探していたと思ったが、その通りだった。呟きは聞いていないふりをする。私は傭兵で、彼女は王女だ。私情は挟まない。立場は違えど、自分の利益を優先しなければならないのに変わりはない。

「どうしました?」

「いえ、何も。三十年は長すぎると思っただけです。十五年で充分でしょう」

「おや、それでは五千枚には程遠いように思いますが」

「到達しますよ。私も先ほどドンバッハ夫人の料理を頂戴しましたが、王族の舌を満足させたのです。プルウィクス王家を満足させた商品が、たった五千枚で十五年一定量を独占購入し続けられるのですからどこでも欲しがるでしょう。買い占められれば、価格をこちらで調整できますしね」

 いたずらっぽい笑みを返してきた。物を知らない純朴な箱入り娘ではないようだ。銃を突きつけた相手を見返してくる度胸に、聡明さも兼ね備えているのか。

「ただし、これらは全て成功報酬です。私が死ねば、全て叶いませんが」

「意地でも生きてもらいます。生き延びさせます。私が、私のために」

 ようやく、コルサナティオは笑った。

「私は、生きねばならないのですね。意地でも」

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