第109話 WIN‐WIN‐WIN

 翌日、私たちはラーワー王都を出立した。ひとまずの目標をティゲルの故郷であるドンバッハ村とし、その道中の街や村に立ち寄りながらの移動となった。道中、ティゲルは約束、というか代金代わりにプラエとゲオーロの制作に協力していた。

 ラーワーの連中は本当に見る目がないな、とつくづく思う。もしくは、自分自身の理解が及ばないことは信用できないという人間性が顕著に表れたせいだろうか。ティゲルの知識量は我々の想定よりもはるかに広く深く、途中から「あれ? 初めから彼女に全部聞けば話は早かったんじゃ?」と思うほどだ。そう言うと彼女は困ったようにはにかみながら

「自分で本を探すことに意義があるんですよ。探す努力、見つけた時の喜び、それらが合わさって本から得た自分の知識となります。人から要所だけ聞き出すのは、その前後やそれまでの関連がわからないから、本当の知識になりにくいと思います」

 と司書らしいことを言って我々をたしなめた。ネット検索ですぐに答えを探し出していた自分には、ちょっと耳が痛い。

 とはいえ、それで知識を出し渋るということはなく、出発から十日、ドンバッハ村に到着する頃には複数の魔道具と武具の試作品が出来上がっていた。これまでの制作スピードをはるかに上回るペースだ。あとは試験運用にて不具合を確認し微調整を繰り返すだけだ。

「ねえティゲル」

 移動中、何度も何度もプラエはティゲルを仲間に引き込もうとしていた。

「司書を辞職して、晴れて自由の身になったのだから、次の就職先はうちにしなさいよ」

「いやぁ、お誘いは本当にありがたいのですが」

「何で? 傭兵団は実力主義よ。貴族とか平民とか関係ないわよ。あなたの実力は正当に評価されるわ。それに、色んな場所に行けるというメリットがある。あなただって、まだ知らない本や資料とか、興味ないわけないわよね?」

「抗いがたい誘惑ではあるのですが、何分貧弱ですから。今は皆さん、私のペースに合わせて動いてくれていますけど、いざ団としての行動となったら私ではついていけないですよ。足手まといになっちゃいます」

「そんなもん、いざとなったら私の袋に入れてあげるわよ」

「少しの刺激で破裂する触媒や触れると溶ける粘液等の危険物がある中でもみくちゃにされるのは、ちょっと」

 私としても、本音を言えば彼女に協力してもらいたい。しかし、ゲオーロの入団を渋った時と同じで、私たちには常にリスクが付きまとう。しかも彼女の場合は希望しているわけではない。プラエの勧誘を止めることはないけれど、私から勧誘することもない。


 夕暮れ近く、村奥にあるティゲルの実家に到着した。田舎貴族と彼女は自嘲するものの、かなり立派な二階建ての館だった。

 ティゲルの両親は、突然の娘の帰省に驚いてはいたものの、両手を広げて彼女を抱きしめた。積もる話もあるだろう、邪魔するわけにはいかない。村の宿屋か、なければ団員全員が泊まれる集会所のような家屋を貸してもらおうと思い尋ねると、ドンバッハ領主、ザジ・ドンバッハが「うちを使ってください」と申し出てくれた。

「娘をここまで送ってもらった方々を無下にするわけにはいきません。大したおもてなしはできませんが、一階のこの広間でよければ寝床に使ってください」

「いや、しかし。家族水入らずの時間にお邪魔するわけにも」

「そんなこと気にしないでください。それに、この村には皆さまのような大所帯の傭兵団が泊まれる場所がありません。なんせ何もない場所ですからな」

「我々は、素性もわからぬ傭兵団です。そんな者たちを、気軽に泊めるのはどうかと思うのですが」

「はっはっは! 何をおっしゃいます。娘の知り合いであれば私たちの知り合いです。そりゃ、田舎者はよそ者には厳しいですし敏感ですが、ティゲルがこれほど仲良くしてもらえる人たちだ。それだけで信頼に足る方々です。子どもの頃、全く友達のいなかった人見知りを極めし我が子がですよ?」

「お、お父様ぁ、その話はやめてくださいぃ~」

 顔を真っ赤にして父親の肩を叩きながらティゲルが抗議した。和やかな親子のやり取りだ。異世界でも、こんなテンプレートみたいなやり取りを見れるとは思いもしなかった。

「おお、すまん。ともかくも、田舎者と見下されてもしかたのない私たちを気遣ってくれるような方が不審者とは思えません。どうぞ、好きに使ってください。それに、私もラーワー王に仕えし貴族の末端。貴族の申し出がどういうものか、ご存じでしょう?」

 冗談めかしてザジが言う。そうまで言ってくれるのであればこちらに否やはない。

「貴族の申し出は断れませんね。では、お言葉に甘えさせていただいてよろしいですか?」

「もちろんです!」

 しかもタダで泊めてくれるという。流石に世話になりっぱなしは悪いので、農具の手入れや薪割り、草刈りを手伝う。団員全員で草刈りを行うと、日暮れまでの短い時間でも広範囲をきれいにすることができ、ドンバッハ婦人にたいそう喜ばれた。


 夕食は、ドンバッハ婦人が山で狩ってきたイノシシが振舞われた。良い匂いがし始めたところでザジから切り上げましょうと声がかかり、貸し与えられた一回広間に行くと、イノシシ料理はあった。

 焼き肉ではない。大事なことなのでもう一度。焼肉ではないのだ。リムスで肉と言えば焼くことが多いが、今回は違ったのだ。

 鍋だ。しかも味噌仕立ての牡丹鍋。もちろん、入っている野菜の種類など細かいところは違うが、味噌で煮込まれているという時点で、内心テンションが上がっている。

 この世界に来てからこれまで、洋風の味付けの料理が多かった。味噌や醤油の味にはもう二度と出会えないのかと思っていたところに、これだ。懐かしい香りで、郷愁の念が胸に去来しないわけがない。

「領主様、この辺りでは味噌を取り扱っておられるのですが」

 こうして、前に乗り出して思わず質問してしまうほどに。

「よくご存じですね。いや、色んな国に行かれる傭兵の方であれば、ご存じでもおかしくはありませんな。大豆はわが村の数少ない特産品です。他に醤油も取り扱っておりますよ。ただ、この独特の匂いが王都の方には受け入れられにくいようで、あまり取り扱ってもらえませんが」

 食べてもらえれば美味しいのがわかってもらえると思うのですが、と悲しそうにザジが言った。

「購入することは可能ですか?」

「え? ええ、もちろん。おいくつほどご入用ですか」

「十キロずつ欲しいのですが、一キロは金貨何枚で足りますか」

「きっ、いやいやいや、一キロ銅貨五枚ですから。十キロで銀貨五枚です」

 おっと、チラシなんか作っているくせに、金銭感覚がおかしくなっていたようだ。冷静に、市場価値を見極めなければ。咳払いし、ビジネスの話を持ち掛ける。

「領主様。我々はチラシという紙を各地の案内所に配布し、宣伝のようなことをしています。もし差し支えなければ、この味噌の事を他の国や地域に宣伝してもよろしいでしょうか?」

「私たちとしては願ったりかなったりですが、そんなお手間をおかけしても良いのですか?」

「味噌の味は、今この鍋を食べている我々が保証できます」

 視線の先には、鍋の味に舌鼓を打つ団員たちがいた。牡丹肉は匂いが強いが、味噌が臭いを消してくれる。

「味噌は鍋や汁物にすれば体もあったまり塩分も取れるし、保存も利くので長距離輸送にも適しています。味についても、ラーワーで受け入れられなくても、他の国で受け入れられる可能性は充分にあると思いますよ」

 頭の中ではもう一つ、自分たちにとって重要な案件を考えていた。麹に肉をつけると柔らかくなると聞いたことがある。味噌でドラゴン肉を柔らかくできないかと思ったのだ。固さが唯一の欠点だった万能栄養食品『ドラゴフード』が食べやすくなれば、鬼に金棒、向かうところ敵なしの最高の保存食になる。

 いや、これは建前だ。私が味噌や醤油を食べたいだけだ。流通させることに成功して広まれば、各地で購入できると思ったから持ち掛けたのだ。欲望に少しぐらい忠実でも、これくらいは許されるはずだ。団にとっても、ドンバッハ村にとっても、そして私にとっても益のある話なのだから。

「そういうことでしたら、ぜひお願いします」

 商談成立の握手を固く交わした時、外に繋がるドアがノックされた。

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