第108話 働くあなたは美しい
「どうしたんですか、皆さん」
驚きながらも、突然現れた私たちをティゲルは招き入れた。
探し回ること一時間ほどだろうか、彼女はまだラーワー王都を出てはいなかった。だが、室内は荷造りがほぼ終わっており、いつでも出ていける状態でもあった。
ゲオーロの推測通り、彼女は飲食店の二階を知り合いの伝手で間借りしていた。階下からは香ばしい匂いが漂ってきている。
「この王都では我々のような小さな傭兵団向けの依頼がないので、近々離れることになります。その前に、お世話になったティゲルさんに挨拶を、と思いまして」
「そんな、わざわざ・・・ありがとうございます。探すの、大変だったんじゃ」
「その辺は色々と手練手管を使いまして。しかし、どうして急に辞められたんですか?」
率直に尋ねると、たはは、と彼女は後頭部に手を添えて眉尻を下げた。
「それは、そのう。上司の不興を買ってしまいまして」
彼女が上司の不興を買うなどありえない。仕事ぶりを数日見ていたが、書物に対する知識はもちろんの事、仕事ぶりも真面目で接客対応も問題なかった。不興の種が見えない。何よりも彼女をやめさせて本当に大丈夫なのか。
「本当ですか? 図書館は持ち出し厳禁の蔵書ばかり。その内容を覚えているあなたは、逆に辞めさせられるわけがないと思ったのですが」
「誰も、そんなの信じてはいませんよ」
「田舎者にそんな能力あるわけない、と?」
「ええまあ、そんなところです」
「主席で卒業したのに?」
「それも、実力とは認められていないようです。上手く不正を隠していると思われています」
「そういう人間に限って、自分の成績を不正に上げようとするものですが」
不正をした自分よりも成績が良いのは、ティゲルも同じく不正を働いているからだ、とか。彼女は答えないが、無言が雄弁に語っている。ただそれでも今まで働き続けられたのであれば、今回辞めた原因は。
「もしかして、私たちを案内したからでは?」
彼女が固まった。当たりか。
先ほどのお貴族様の態度を見てわかった。高貴な者しか使えない場所に私たちのような下々の者がいるだけで不快感を示した。ならば、他の貴族たちもいい気はしない。たとえ私たちが紹介状を持っていたとしても、割り切れるものではないのだろう。どういう経路かはわからないが、話が選民思想の貴族たちに届いてしまい、圧力をかけられたと考えられる。
「皆さんのせい、ってわけじゃありません。もともと、目をつけられていたんです。上級貴族を差し置いて、下級貴族でも最下層に位置する家の私が司書でいることを、快く思わない方は多くいらっしゃいました。たとえ皆さんが来られなくても、そのうち何かしらの理由をつけて辞めることになったと思います」
諦めたように笑うティゲル。それでも、やはりやめる起因となったのは私たちの案内だ。
「これから、どうされるつもりですか?」
部屋の隅に積まれた荷物を見ながら訪ねる。
「田舎に帰ろうかと思います。王都ではもう職につけそうにありませんから。農作業を手伝いながら、どうにかここで作った伝手を頼りに、良縁を結べれば良いんですけど」
難しいですね、と俯き、また卑屈に笑う。
「勉強ばかりしてきたので、貴族の婦女子の流行なんか知りませんし話もついていけません。お金もないのでドレスや化粧品も買う余裕はありません。家柄は無きに等しく、その家も兄が継ぐのであってないようなもの。せめて、私も父のように快活で人に好かれる性格であれば。もしくは母のように美しければよかったのに」
クシャリと頭に添えていた手で髪を掴んだ。
「髪もこんなぼさぼさで、見目が麗しいわけでもない、補うために美しい服や化粧で着飾ることもできない頭でっかちの根暗な田舎者を、誰が娶ってくれるのでしょう」
「そんなことありません!」
突然横で大声が上がった。声に反応して体がのけ反ると、ゲオーロの巨体が分け入った。ティゲルの手を彼は両手で包み込む。
「ティゲルさん。あなたは素晴らしい人です」
「へっ?! あっ、は、はい?」
目を白黒させながら、彼女は自分よりも背の高いゲオーロを見上げている。
「俺は今まで、あなたのような頭のいい人に出会ったことがありません。これは、多くの知識を知っているからだけではありません。俺の師匠が言っていました。知識は使えて初めて知恵となる。あなたには誰にも負けない、知識を活かせる知恵がある。もっと自信を持ってください」
「あ、ありがとう、ございます」
「それに、あなたはとてもキレイです」
「ふぉっ?!」
面白い顔になったティゲルの顔が、みるみる紅潮していく。
「職人は、真剣に仕事をしている方がわかります。真摯に本に向き合うあなたの横顔は美しく、知識を欲する俺たちが必要な本に出合うと、嬉しそうに自分の仕事ぶりを誇るあなたは輝いていました」
「ひょえ、ええぇぇぇぇ」
見ている私は非常に面白いが、このままでは褒められ慣れていないティゲルの血圧が大変なことになりそうだ。そろそろ鼻血でも吹くんじゃないかと思うくらいだ。
「ゲオーロ君、ストップ、そこまで。彼女が困っているから」
「あっ! す、すみません」
慌てて手を離し下がるゲオーロ。今更ながら、自分が何をしていたか理解し、顔を真っ赤にしている。
「いいい、いえ、大丈夫でしゅ」
違う理由で彼女の顔が俯いたままだ。頭を冷やさせるためにも、違う話題を振る。
「ティゲルさん、故郷はどちらですか?」
「私の、ですか? ええと、ラーワーとアウ・ルムの国境近くにある農村、ドンバッハ村ですが、それがどうかされましたか」
「以前から目をつけられていたとおっしゃいましたが、やはり私たちにも辞めさせられた原因があります。なので、どうでしょう。そちらのご都合さえよければ、お詫びもかねて村までお送りしますが」
「え、良いんですか?」
「はい。どうせ私たちも近日中に王都を出ます。商売の関係上、ドンバッハ村にたどり着くまで、いくつかの街や村を経由することになるので、もしかしたら他の移動予定の傭兵団に引っ付いていく方が早いかもしれませんが」
「いえいえいえ、大丈夫です。むしろありがたいです。丁度私も、王都から村の方角に向かう商隊や傭兵団を探していたところなんです。いつもならラーワーの各村を渡り歩いて物資を運ぶ商隊や、同じく税の回収で各村を巡る徴収部隊に加えてもらって移動するんですが、一定規模以上の物資や移動者が集まらないと商隊は動かないし、徴収部隊が移動する時期じゃないし、傭兵団も私一人のために動く団なんかないし、そもそもそれだけのお金が」
そこでハタと気づき、ティゲルが恐る恐る尋ねてきた。
「あの、まことに失礼な話なんですが、料金はいかほどでしょうか?」
「お詫びですから、タダで構いません」
「ほっ、本当ですかっ! 良いんですかそんな、タダだなんて! そんな上手い話があるんですか!?」
「ただ少し、条件が」
喜びを爆発させていたティゲルが、塩もみされた青菜のように萎んでいく。
「で、ですよねー。ありますよねそりゃ。で、条件というのは」
「到着するまでの間で良いので、プラエさんの魔道具開発、ゲオーロ君の武具制作の協力をお願いしたいのです」
プラエとゲオーロが顔を見合わせた。その顔は驚きから、徐々に笑顔へと変わっていく。
「そんなことで良いんですか?」
「そんなこと、とは何です。ゲオーロ君じゃないですが、あなたは自分の価値がわかっていないようですね」
彼女の額を指さす。
「知識は力、なのでしょう?」
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