蝶は羽ばたき、世界はうつろう

第103話 新事業の企画ミーティング

 傭兵団は、戦うばかりが仕事ではない。

 もちろん、主目的としては、戦う力を持たない一般人等に力を売るわけだが、年がら年中戦いがあるわけではないので、戦う以外の金を稼ぐ方法を持っていることが、団の維持につながる。おそらく、大きな傭兵団であればあるほど、様々な金策を持っているはずで、現代で言うところの総合商社のような経営をしていると思われる。

 例えば我がアスカロンでは、ドラゴン等の獲物を狩ることで得られる討伐依頼、獲物の肉や革、爪や骨を加工し、それを販売する製造販売、店舗や一般家庭に赴き、機器や屋根、壁等の修理を行う訪問販売がある。このうち、一度で大きな収入となるのは討伐依頼だ。だが、一年を通じて売り上げを合計すると、訪問販売も同程度稼げていることがわかる。塵も積もれば山となるのだ。

 だが、今のままで満足していられない。新たな商売を常に開拓していかなくては、不況と大手に飲み込まれ、淘汰されてしまう。

 本日は議題に『現在の団で実行可能な、戦闘行為以外の新しい商売』を掲げ、ミーティングを開催していた。

「僕が提案したいのは、調査関係の仕事です」

 私たちの前で、ムトとテーバが並んで発表している。

「アルボスやミネラでは、敵の動向を探ったりするために、様々な情報を集めた。その時にふと思ったんだ。情報って売れるんじゃねえかってな」

 ムトの話を引き継いだテーバは、猟師の経験を活かして多くの情報を得てきた。彼の得た情報から、団の方針を決めたことも一度や二度ではない。だが

「つまり、スパイ行為をする、ということでしょうか」

 なるべくフラットに、偏見なく話を聞きたいと思うのだが、どうしても言葉に警戒が含まれる。情報の売り買いは諸刃の剣だと私個人は思っている。信用するからこそ情報を渡される場合も大いにあるから、もしその情報を売ったりすれば、一時的な金は得られるかもしれないが、傭兵の大きな財産である信頼を損なうのではないかと心配になってしまうのだ。信頼は今後の仕事を大きく作用する。それを損なうくらいなら、しないほうがまし、とまで考えている。考えてくれた彼らには悪いが、内容によっては却下しなければならない。

「スパイってのは、あれだろ、各国の工作員みたいなもんのことだよな?」

 違う違うとテーバは手を横に振った。

「そんな、国傾けるような情報の売買なんぞおっかなくてできねえよ。もっと身近にあるやつで、安全な奴。猟師の話で例えるけど、狩りをする場合、実は獲物ってのはいる場所といない場所がある。俺は別に仕留めるつもりはないけど、世の中にはその獲物を狩りたい奴がいるはずだ。そいつに、獲物がいる情報を売る」

 なるほど。スパイというよりは、ガイドのようなものか。確かにそれなら、これまで戦った獲物の情報を盛り込めば、ちょっとした稼ぎになるかもしれない。ロールプレイングゲームで言うところの、アイテム図鑑、モンスター図鑑みたいなものだ。植物の群生地、獲物の生活圏を、レアリティに応じて値段設定し売ればいいかもしれない。

「国相手みたいなのはちょっと難しいですけど、一般の人の情報を扱うのもアリかな、と思うんです」

 ムトが付け加えた。

「これまで複数の街を渡り歩いたんですが、時折探し人の依頼がありました。でも、我々には人を探す時間と人手はありません。そこで、各街に設置されている、傭兵団の依頼を預かる案内所に協力を依頼し、探し人の情報や発見した時の依頼料、依頼主の情報を置いてもらうというのはどうでしょうか。大した額は取れないでしょうが、大した手間でもないかと思います」

 広告代理店、みたいなものだろうか。手間と元手がかからないのはメリットだ。上手くいけば儲けものぐらいの軽い気持ちで出来るのもいい。懸念は案内所がそういう情報を置いてくれるだろうか、というものだ。

「もしそれをやるとしたら、案内所にもメリットのある話を持ち込むべきかもしれないな」

 ギースも同じように考えていた。人は善意だけでは動かないし、彼らも一種の店舗だ。利益を追求する義務がある。利益にならない物を置いてほしいと頼むのは失礼にあたるかもしれない。

「また、依頼料の支払い方法の改善が必要だ。依頼主のところまでいかなければ支払われないというのはネックだと思う。その手間を惜しむほどの高額依頼であれば別だが」

「それは、確かに・・・」

 ムトは気落ちするが、ここは仕方ない。事前に問題点も追及していかなければ、いざ本番になれば他にもっと厄介な問題が浮上する。踏み切る前に判明している問題は解決しておくべきだ。

 だが、発想は良い。そういう情報の使い方であるなら、それこそ探偵事務所みたいな事業展開も考えられる。リムスは地域によって一夫一婦、一夫多妻、多夫一夫、多夫多妻と様々な家庭図があるので、浮気調査等があるかは不明ではあるが。支払い方法に関しても、周辺地域限定と制約をつければ解決する。

 加えて、案内所がない小さな村では、自分たちで依頼を出しに行けない場合がある。私たちで解決できれば良いが、それが規模、時期等の理由で叶わない場合、彼らの代わりに近隣の街の案内所に代わりに持ち込んでおく、ということができる。これは、案内所にとってもメリットだ。手数料代わりの駄賃で村から事前に徴収しておくことで、自分たちのデメリットはなくせる。

 そういった展開が見込めるということを彼らに話した。テーバは面白そうだと興味を持ち、気落ちしていたムトは自分の案が取り入れられたとすぐに笑顔に戻った。

「一つよろしいでしょうか」

 挙手したのはボブ。

「その情報関連のアイディアに、私の案も追加してもらえないでしょうか」

 流石、元大手商会の店長だ。商売ごとに関しては私たちの中では随一の知識を持つ。そういうと、ボブは照れたようにはにかんだ。

「いや、前々からこういう事ができるのかな、みたいな感じで悩んでいたんですよ。で、今日お二人の話を聞いたら、組み合わせれば行けそうな気がしたもんで」

 全員がボブに傾注する。

「これまで私は、アルボスでしか商売をしてこなかったので気づかなかったのですが、同じ商品でも地域によって値段が変わるということを知りました。最近だと、ミネラとラーワー本国で小麦のキロ当たりの値段が銅貨三枚分違います。食料だけでなく、布や革など、あらゆる備品の値段が違う。そこで、こんな表を各街で作るのはいかがでしょうか?」

 ボブが私たちの前に出したのは、ミネラの商店の値段表と、今いるラーワー本国の商店の値段表だ。

「私の経験上、税が変動したり、流通が滞ったりしない限り、商店は値段をほぼ変えません。こういった一覧表を複数用意して、案内所や、案内所がない場所では地域の長がいる場所に買い取ってもらいます」

「案内所が、買い取ってくれるでしょうか。彼らにとっては何のメリットもないように見えますが」

「ええ。案内所にはありません。しかし、同業者なら?」

 なるほど、ボブが狙っているのは必ず案内所に訪れる傭兵だ。

「傭兵団は様々な国や地域を回ります。保存がきいて運搬できる物なら、安い場所で買い溜めしたくなるのが普通です。もしこれが有用だと分かれば、我々が同じ表をたくさん用意しなくても、案内所の方が自発的に増やしてくれると思うので、我々に雑費はかかりません」

「確かに雑費はかからないし、今すぐできる良いアイディアだと思う」

 ギースも感心したように眉を上げている。

「だが、簡単だからこそ他の傭兵団も真似をしそうだな。そうなれば、我々の利益は減少していく。稼ぎ続けるという点では難点があるか?」

「いえ、ギースさん。それでいいんです。この方法に関しては、同業他社が増えればデメリットよりもメリットが増えます。まず、我々も知らない場所での値段を知ることができます。その地で高い物、安い物を知れるだけでもやりくりに影響しますし、我々が卸す商品の価値の予測が可能です」

「そうか、あらかじめ向かう先で高く売れるものを、大量に手に入る今の場所で仕入れることができるな」

「はい。それだけではありません。この方法が広まれば、高かった物が安くなる可能性があります」

 頭に衝撃が走った。そうか、高い場所では買わなくなるから、その商品はあぶれる。だから、商店は販売価格を下げる。そうすれば、多くの場所で同等程度の値段で取引され始める。価格が統一化されれば、我々傭兵団にとってはどこでも同じ安値で買えるというメリットが生まれる。

「まあ、商店側からすれば困る話でしょうが、全体の流通を考えれば悪くないはずです。安くなれば傭兵だけじゃなく、その地域に住む人々にも商品が行き渡ることで豊かになり、結果大量の商品がはけて商店側にもメリットは生まれます。経済が回れば支配者側も税が増えるので悪い気はしないでしょう」

「すごい」

 思わずうなった。

「もちろん、理想の話にはなるでしょうが、閉鎖された社会の経済に風穴を開けるかもしれませんね」

「団長が聞いてきた、ミネラの領主様の話を参考に考えました。あの方は鉄の流通価格の変動が世にもたらす影響を危惧されていました。ならば逆に、流通していない物を流通させれば、面白いことができるんじゃないかと」

 私はギースやプラエ、そして今回の話を持ってきたテーバやムト、団員皆の顔を見渡す。誰もが、自分たちが世界に一石投じられるのではないか、という期待や野望を少なからず秘めた表情をしている。何より、今すぐ始められるのが良い。

「ではまずは、試験的にラーワー国内でやってみましょうか。テーバさん、ムトさん、ボブさんで案内所の方と交渉をお願いします」

「「了解」」

「今後は、街に寄る度に商品価格についても気にして動きましょう。また、その地域での特産品情報も併せて収集していきます」

 各地域を渡り歩くだけで節約と小遣い稼ぎができるとあれば、試さない理由はない。

 世の中を動かすには、莫大な金と強大な力と確固たる意思が必要だと漫画でも言っていた。力はまだ及ばないが、金は順調に稼げている。意思は、すでに決まっている。

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