第104話 力の宝庫
ミネラ領主イブスキに紹介状をもらったので、早速活用すべくラーワーの王都に向かった。一番の目的は王都にあるという図書館だ。世界でも最大級の蔵書量を誇るというこの図書館なら、新たな魔道具のアイディアやドラゴンの生息地の情報、何より元の世界に戻るためのヒントがあるのではないかと思ったからだ。
だが、ラーワーに向かうにつれ、いや、図書館といっても、どうせ大したことないんじゃないか、という気持ちがどんどん強くなっていった。感覚的に十二、十三世紀の時代に相当するリムスの図書館なんて、大きくても学校の図書室程度のものだろうと。そもそも印刷機すらないのに、情報を書き写して本に起こすなんて手間を誰がかけるというのか。ラーワーに到着するころには、ミネラのときに抱いた期待は一片も残っておらず、ちょっとしたヒントでもあれば儲けもの、くらいの投げやりな気持ちが占めていた。
今、その認識を改めさせられている。
三メートル近い本棚が視界を埋め尽くしていた。地図を作った時に、縦横がムトの歩数で百五十歩ほどというから、一歩がおおよそ八十センチとして、百二十メートル四方の建築物、その端から端までに、同程度の本棚がずらりと並んでいて、壮観を通り越して妙な圧迫感を与えてくるほどだ。階層は三階建て。中央が吹き抜けの少し開けた空間になっていて、らせん状の階段が各階をつないでいる。ちらりと見えたが、二階、三階も同程度の本棚と本が並ぶとなると、どれほどの蔵書量になるのか想像できない。
「いかがですか? ラーワーが誇る王立図書館は」
声も出せずに呆けていると、この図書館の司書ティゲルが誇らしげに胸を張った。
「世界広しといえど、この王立図書館に敵う図書館はありません。蔵書量は約二千万、本に写しおえていない研究資料などを合わせるとさらに増え、今も各地から書籍や資料が送られ、蔵書量は増加しています。リムス中の知識がここに集まっていると言っても過言ではありません」
我が子を褒める親のように、彼女は私たちを中央の吹き抜けまで通し、両手を広げてくるりと一回転してみせた。
「いや、これは凄いわ。噂には聞いていたけど、噂以上ね」
私以上に驚き、かつ感動しているのは一緒に来たプラエだ。
「そうでしょうそうでしょう。なんせ、王立図書館は世界一の称号を二つ持ってますからね」
ティゲルが腕組みしながら頷く。
「まず一つ目は、先ほども言いました蔵書量です。そしてもう一つは、世界最古、最も歴史ある図書館なのです。なんせ、伝説のルシャが創立したんですからね」
「伝説のルシャ将軍、スルクリーが建てたってのは、本当なの?」
「ええ。百年ほど前、まだこのラーワーが小国であったとき。第三代ラーワー王のもとに奴隷から解放され、自分の団を結成した若きスルクリー将軍、いえ、この時はまだ団長でしたか、彼が現れました。数々の武勲を立て、ラーワー王の危機を何度も救った彼は、この王国の礎を王とともに築きました。そのうちの一つがこの図書館です。スルクリーの言葉に『知識は力』というものがあります。当時は、本などという概念すらなかった時代、武術の技、魔術師の知識は全て口伝です。スルクリーはそういった知識をきちんと形に残し、誰にでも平等に知識を得られる機会を与えるべきと唱えました。当時では考えられない発想です。武術も魔術も門外不出が当たり前、だって、他人に知られるということは、自分の弱点をさらけ出すも同じ。周囲の猛反対にあったそうです。しかし、スルクリーは毅然とした態度で反対する連中を説得し、本と、それを誰もが享受できる図書館を作りました。彼は分かっていたんです。知識の力を全員に平等に与えることで、その知識を与えられて成長したものの中から、さらなる知識を生み出す者が現れることを。その知識もまた本として残り、それを得た者がさらなる知識を創る。そうして知識は世代を超えて成長し、人々の生活に役立つと。目の前の利益ではなく、未来に知識の種を植えること、それによる人々のさらなる成長こそ、スルクリーの狙いだったのです」
「なるほど、知識は力、ね」
プラエが共感したように呟いた。
「でもその教えの割には、誰にでも享受できてる、とは言い難いわよね?」
しかし、すぐに嫌みっぽい言い方でティゲルに視線を向けた。
彼女の言う通り、私たちがここに入る時、かなり警戒されていた。というより、一度尊大な門番たちに門前払いを喰らっている。
図書館には私とプラエ、そしてゲオーロの三名で向かった。大勢でぞろぞろ、というのは難しいと思ったし、他の団員たちにはそれぞれ仕事も残っていた。何より酒も飯も出ないつまらないところに行きたくないというのが本音のようだった。まあ、あとで必要な情報は共有すればいいし、図書館の本の知識を欲している二人がいればいいかと三人で図書館には不釣り合いな巨大な門をくぐろうとしたら、武装した門番に遮られた。
お前らのような薄汚い傭兵風情が、とか、由緒正しき場所に入るためにはふさわしい品格を、とかなんとか、こちらの話を聞こうともせず、下賤な輩と決めつけて追い返そうとした。
仕方なく懐に手を突っ込めば、結局力づくか所詮は野蛮な傭兵め、返り討ちにしてくれると門番たちが息まいて私たちに剣先を向けてきたので、剣の代わりにミネラ領主の紹介状を突き付けたら彼らの態度が一変した。これはこれはミネラ領主様のご紹介でしたか、どうぞお入りくださいという感じに。権力のとりこになりそうだ。
痛いところを突かれた、という風に、ティゲルは困り顔で言い訳を紡ぐ。
「いや、まあ、やはり貴重な資料が保管されていますので、盗難被害の防止というか、どうしてもそうなっちゃうといいますか。やはり信用できる方でないと」
「どうせ、どこかでスルクリーの話は捻じ曲がって、力は正しく管理されねばならないとか、力を所有するのは一部の高貴な人間でなければならないとかなんとか、そういう話になったんでしょう?」
「あー・・・、まあ、はい。仰る通りで」
「別に責めてるわけじゃないわ。力は危険なものよ。知識が力というなら、正しく使えないなら自由に得ていい物じゃないのは事実だし」
馬鹿に刃物を持たせるとろくなことにならないのと同じよ。プラエが笑った。
「こちらの司書を任されているということは、あなたも管理する側、貴族に連なる方なのでは?」
彼女に尋ねる。
「貴族は貴族ですが、皆様を紹介されたミネラ領主様のような大貴族とは違い、田舎の小さな領土を任されている、ほぼ農家の田舎貴族です。権力とは無縁の家柄なので、嫁ぎ先もないくらいです。ただ私、物覚えは人並み以上に良かったので、ラーワーの王立学園に幸運にも入学できて、一応、首席で卒業させていただきました。そのつてで、就職できたようなものです」
「大丈夫ですか? 告げ口するつもりはありませんが、ラーワーも貴族社会です。先ほどの話はその批判と捉えられませんか?」
「誰もが平等に知識を得られる、という点ですね。確かに、平等などという言葉は、この社会ではふさわしくありません。なので、おおっぴらにはもちろん言いませんよ」
「じゃあ、どうして?」
「どうして、といわれましても」
少し首をひねり、ティゲルは話始める。
「知識によって今の立場を与えられた私としては、誰もが自由に知識を得て学ぶべきというスルクリーの考えに強く共感しています。しかし、ここに来られる方々は、皆様一様に有力な方々ばかりです。とても私が口をきいていいご身分の方ではありませんでした。あなた方は、私が勤め出してから初めて来られた普通の身分の方です。図書館とは、本来こういうものではないかと内心嬉しかったもので、つい口が滑った、のだと思います」
スルクリーの見ていたものが見えた気がした、ティゲルはそう語った。
「未来を見通すほどの知略を備えていた彼の見据えた未来は、私には想像することしかできませんが、こういう、誰もが知識の恩恵を受け、豊かに暮らせる世界だったのではないかと思うのですよ」
そういう考えのせいで、後年スルクリーは貴族たちに疎ましがられ、ラーワーを追放されたらしいですけど、とティゲルは締めくくった。
違和感、というほどのものではない。本当にわずかに、スルクリーという過去の英雄が気になった。もちろん、今のはティゲルの主観が入っているから、実際スルクリーがどう考え思っていたかはわからない。だがもし、彼女の言う通りなら、私と同じ図書館のイメージを持っているように感じた。もしかしてスルクリーは、私が生きた時代に近い場所から、この世界に飛ばされたのか?
それに、ティゲルは誰もが知識を得る、という部分に図書館の素晴らしさを感じていたが、私が優れていると感じたのは、知識を蓄え、収集するという点だ。このおかげで、私は多くの情報を漁ることができている。
スルクリーも私と同じ理由で図書館を建設したのではないか。プラエも以前言っていた。スルクリーは多くの文献を集めていた記録があり、元の世界に返った説があると。
私が想像する、スルクリーが図書館を建設した本当の目的は、自分が元の世界に帰るための情報を効率よく収集し、また、今後現れる他のルシャのためだったのではないか。帰るための知識を収集し、誰にでも閲覧出来るように用意するためだった。
また彼は世界の基準を作った言われているが、もしかしたら文字や数値の基準を統一することで、より分かりやすく記録を残そうとした。
都合よく考え過ぎだろうか。
「アカリ?」
私を呼ぶ声が聞こえ、顔を上げる。プラエがゲオーロを引き連れて、いつの間にか二階の本棚を物色していた。
「いくら閲覧自由といわれても、時間には限りがあるのよ? 必要な知識を早く手に入れないと、力にならないわ」
「すみません、今行きます」
そうだ。今は、過去よりもこれからのことに集中すべきだ。
もし戻ることができて、もしスルクリーが元の世界に戻っていたら礼でもしよう。そこまで考えた後は、私の頭からスルクリーに関する考えを頭から消した。
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