第101話 悩んで、考えて、決めて踏み出す

 二日後。報酬も受け取り、準備の整った私たちは、ミネラ門前でカナエに挨拶していた。足の傷はまだ完治していないだろうに、もう精力的に復興作業にいそしんでいた。

「今日発つのか」

「ええ、お世話になりました」

「世話になったのは、助けてもらったのはこっちだ。ご助力、感謝する」

「よしてください。私たちは、依頼をこなしただけですから。領主様からも格別の報酬を頂戴しましたしね。そんなかしこまられても困ってしまいます」

「何を言う。領主様から聞いた。本来であればスライム討伐は、金と危険を天秤にかけ、普通の傭兵団ならば逃げてもおかしくない内容だった、と。それを受け、しかも達成してしまう貴殿らの力と心意気、しかと受け取った。我らミネラ守備隊は、長く貴殿らの活躍を語り継ぐぞ。傭兵団アスカロン、噂に違わぬ、いや、噂以上の勇士たちだった」

「お、お気持ちだけで大丈夫ですから」

 遠慮するなと豪快に笑うカナエに、ばんばんと肩を叩かれる。

「して、次に来るのはいつだ? それまでにケガを直し、力をつけ、再戦を申し込みたいのだが」

「予定はまだ決まってはいませんが、とりあえず、一度ラーワー王都へ向かい、情報を集めようかと。私たちの狙う獲物は、まだ世界中にいますので」

「ふふ、ドラゴンを探し求めるのだな。これは、次に会う時にさらに強くなった貴殿と立ち会えるわけだ。俺も気を引き締めないとな」

 立ち会うつもりなど全くない。しかもこのまま居座れば発つ前に一戦、とか言い出されかねない。早めに出よう。

 周囲を見渡す。・・・ふむ、来ていないな。やはり諦めたか。まあ、それが良い。わざわざ死ぬような思いをする必要はない。

「どうした?」

「いえ、なんでも。ではカナエ隊長。失礼いたします」

「うむ、貴殿らのさらなる活躍を願っているぞ」

 背を向け、門をくぐる。最後尾のモンドがくぐり終え、門が閉じようとしたとき。

「待ってください!」

 アスカロン全員が振り返る。

「閉じるの、待って! 待ってください! 俺も出ます!」

 ゲオーロだった。彼の大きな体が小さく見えるほどの巨大なリュックを背負って、こちらに向かって走ってくる。そのたびに、リュックの両端に吊り下げられたハンマーなどの工具が音を立てる。

「マイスターファキオのところの、ゲオーロか? どうした?」

 驚くカナエに、ゲオーロは訂正した。

「すみません。今日から、傭兵団アスカロンのゲオーロになります!」

 ほう、と私の隣にいたギースが口元を少しゆがめた。カナエに礼をしたゲオーロが、私のもとに走って近づいてくる。

「アカリさん! 俺を、団に入れてください! お願いします!」

「ゲオーロ君、覚悟を、決めたのですか。本当に良いのですか。引き返すなら今の内ですよ」

「二日、悩み続けました。親方にも相談しました。そして、自分で決めました。正直、死ぬ覚悟とか、死ぬ直前にならないとわかりません。もっと言えば、死ぬ覚悟なんか持ちたくはありません。だから代わりに、最善を尽くします。自分と皆さんと一緒に生き残るために全力で生き抜く努力をすることを誓います」

「それだけじゃないですよね。言ったはず。傭兵として、ミネラと戦うことになるかもしれないと。その点については、どうするつもりですか?」

「その点は、これで解決します!」

 ゲオーロが私に一枚の紙を手渡してきた。

「何ですかこれは」

「脱退表です」

 これから入ろうとしている団の団長に脱退表とは。

「この問題については、アカリさんのおっしゃる通り死ぬ以上の問題でした。本当にそういう時が来た場合、俺はどうすればいいのか、考えて考え続けました」

「それが、これですか?」

「はい。俺は、ミネラの皆を捨てることはできない。かといって、お世話になるアスカロンの皆さんを裏切ることもできない。なので、その時が来たらこれだけを持ち、他には何も持たず、服さえ着ないで、皆さんの前にきて、脱退しますと宣言します。その時、俺が敵に情報を流しそうだとか、裏切りそうだとか思われたら、俺を斬り捨ててください」

 彼の説明に、私は眉間を揉む。命の覚悟はできないのに、生殺与奪の権利をこちらに渡すとはどういうことだ? 後、服は着ておいてほしい。

「面白いじゃねえの? 団長」

 苦笑しながら言ったのはテーバだ。

「正直で結構じゃないか。アスカロンに味方しますとか言って、陰でこそこそ裏切られるよりもよほどわかりやすくていい。こいつは、その時が来たら本気でこれを実践する気だぜ?」

 テーバの言う通りだと思う。真面目とはファキオが言っていたが、これはただの真面目じゃない。バカ真面目、バカで真面目だ。この紙切れ一枚で解決できたという顔をしていることからも、理解できる。

「もっとシンプルに、傭兵らしく考えようや。一時的な協力体制と思えばいい。その時が来るまで、出張の鍛冶屋がついてきてくれると思えばいいじゃないか。どこぞの商人復帰を目指す奴より、まだ信用できると思うぜ?」

「それ、私の事ですか? 聞こえてますよテーバさん?」

 ボブがじろりとテーバを睨む。

「お願いします!」

 深々とゲオーロが再び頭を下げた。

「俺を、アスカロンに入れてください、アカリさん!」

 ため息をつく。わかってない。彼はわかっていないな。

 歩くのを再開、ゲオーロのそばを通り抜ける。団員たちが、え? 良いの? という顔をして戸惑いながらも、私と同じように彼のそばを通っていく。人が歩いていくのを察したゲオーロは、慌てて私たちの方を向いて、もう一度叫んだ。

「アカリさん! お願いします!」

 立ち止まり、言った。

「団長」

「・・・え?」

「私、団長。君、団員。わかるわね? アカリ『さん』じゃあない。細かいところだけど、そういうのはきっちりけじめつけてもらわないと困るんだけど」

 団員たちの忍び笑いは無視する。ゲオーロの顔が徐々に変わる。

「アカリ団長、皆さん! よろしくお願いします! 誠心誠意、働きます!」

 鍛冶師が、最後尾に加わった。

「ミネラ守備隊、整列!」

 声に振り返ると私たちの後方、ミネラの門の前で、カナエたちミネラ守備隊が横一列に並んでいた。

「勇敢なる戦士たちと、新たな世界へ旅立つ若者に! 敬礼!」

 守備隊全員が一斉に盾を胸に掲げた。彼らに見送られ、私たちは次の目的地を目指す。

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