第99話 最大の報酬
「私たちが関与した、アルボスの事件をご存じですか?」
「ええ、吟遊詩人が語る程度の情報だけど。あなたたちの名前を一躍有名にした事件ね。ドラゴンが襲来し、街が壊滅しかけた、っていう。ただ、この事件にはいろいろと噂がついて回るわ。ドラゴンが襲来する前にすでに襲われていたとか、どこかの傭兵団がアルボス領主の命を狙ったとか」
「おっしゃる通り、この事件には裏があります。どこかの誰かが介入し、ヒュッドラルギュルムとカリュプスの戦争を煽ったのです」
イブスキの目が細められる。私は、アルボスでの事件の概要を彼女に伝えた。
「カリュプスの商会を利用して毒を撒く? 傭兵団を使って流言飛語を広める? あげくドラゴンを誘導して街を襲わせる? 噂よりひどいじゃない。冗談でも笑えないわね」
「事実です。残念ですが」
「ええ、そうなのでしょうね。確かにそれほどの策士なら、今回の件に関わっていてもおかしくないわね」
しばらく思考にふけった後、イブスキがポツリとこぼした。
「戦争の形が変わったわね」
「どういう意味ですか?」
「いえね。私の知っている戦争は、軍隊同士が真正面からぶつかり合うものだったのよ。そりゃ、戦術とかで騙し騙されはあるけれど、まだ当人同士『直接的』ではあった。でも、この戦い方は『間接的』で、しかもまだるっこしくて、どこか違和感があるの。確かに効率的ではあるのよ。戦争だけでなく、戦いは自分の被害を最小限に抑えて、相手に最大限の被害をもたらすものだと思ってるから。でもこれは、最も求めるはずの『戦果』を、あまり考えていないというか・・・。今回だってこうして失敗しているわけだし」
彼女の言葉を頭の中で反芻する。
「失敗、は、していないのではないかと思います」
「その心は?」
私の考えになりますけど、と前置きして話す。
「今回の場合であれば、鉄は得られれば儲けもの程度だったのでしょう。黒幕にとって、ミネラやアルボスでの事件は最悪失敗しても良い、ある種の試験運用ではと考えられます」
「他者をどこまで自在に動かすことが試験?」
「加えて、自分たちの研究成果を試すことが、です。私も小さい団なので少し理解できます。小さい団が生き残るには様々な努力が必要です。特に、魔道具開発は必須です。弱者が強者に勝つには、戦略と道具で差を埋めねばなりません。黒幕も同じではないでしょうか。アルボスでは車とドラゴンを操る笛、ミネラでは新たな発掘方法の確立と、様々な手法を試しているのではないかと思います」
話していて、自分の考えもまとまってきた。
「領主様がおっしゃった戦い方の違和感が、最も大きな試験ではないかと思います。息のかかった者を潜入させ、少しずつ毒を飲ませ街を荒らし、国の内部に物理的、精神的な火種を作る。今回であれば領主様もおっしゃった通り、鉄の供給を乱して市場に影響を与えようとした。アルボスではヒュッドラルギュルムとカリュプスを煽ろうとした。おそらく、今後も色んな場所で同じことを繰り返すつもりでしょう」
私の知る限り、こういう国家情勢に対する懸念を抱いたのは目の前のイブスキだけだ。だが、他の誰かが勘づかないとどうして言い切れる? 誰かが考え付くことは、基本他の誰かも至るものだ。それに、黒幕がその懸念すら植え付けていかないとも限らない。いや、する。私ならそうするから。
「あなた、怖いことを平然と言うのね。あなたが今言ったことは、このリムスで再び戦争が起こる、という意味よ?」
幾分低い声でイブスキが答えた。
そうだ、元の世界でも、第二次世界大戦以降に増加したのは工作員によるスパイ合戦だった。潜入工作、暗殺、情報傍受。冷戦だ。元の世界では、たぶんまだ第三次世界大戦は起きてはいないだろう。だが、もしこのまま、リムスの各地で同じような事件が発生したら、遠くない未来で、リムスは五大国を巻き込む戦争に発展する。
「ええ、私の考えすぎでなければ、この黒幕はそれを画策しています」
イブスキはまだ話したそうだったが、医者が診察の時間だとドアをノックしたため、そこでお開きとなった。
「いつまでこの街にいるの?」
部屋を出ようとする私の背中にイブスキが声をかけた。振り返ってこたえる。
「依頼も達成しましたので、準備と、報酬を頂戴次第移動します。そうですね、二、三日ほどでしょうか」
「そう。・・・ねえ、やっぱりうちの娘にならない? いびったりしないから」
「ありがたい話ですが、申し訳ございません。辞退させていただきます。私には、まだやるべきことがありますので」
「理由は、やはり仇討ちかしら?」
「・・・ご存じだったのですか? それとも誰かから?」
「いえ、推測よ。あなたのように若い女性が傭兵、しかも団長で、ドラゴンを討伐するなんて珍しくも危険な依頼をこなしているのだもの。ドラゴンに関する仇討ちか、それに類するものかと思ったの」
イブスキが立ちあがり、自分の執務机に向かう。まだ起きてはあぶないのでは、と思わず両手を差し出そうとしたら「大丈夫よ」とやんわり押しとどめられた。席に着いた彼女は引き出しから一枚の紙を取り出し、それに印を押した。ハンマーが交差したマークだ。ミネラの家紋だろうか。
「じゃあ、これを持っていきなさい」
くるくると丸めて、私に差し出す。
「私の紹介状よ。ラーワー国内であれば、かなりの効力を発揮するし、他国でもそれなりの影響があるわ」
「良いのですか?」
「何よ。いらないの?」
「いえ、そんなことありません。光栄です。でも、どうして」
「仇の情報を行く先々で集める際、例えばラーワー本国には希少な文献を集めた図書館があるのだけど、一定以上の貴族階級か高位の研究者しか入れないの。ある程度の信用が必要ってことね。これが、信用の代わりになる」
目を丸くした。私の目的にこれ以上ない助けになる。ドラゴンの情報、元の世界に帰るための情報、新しい魔道具の情報。金貨以上の価値がある、最大の報酬だ。
「ただし、悪いことには使わないでね。これ出すの、何年、いえ、何十年ぶりなんだから」
「領主様の名を汚すようなことには、決して使いません。ありがとうございます!」
「あなたの目的が果たされることを願っているわ」
また街に立ち寄りなさい。そうイブスキに送り出され、私は領主の館を後にした。
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