第98話 リザルト

「皆大げさなのよ」

 ベッドの上で、呆れたようにイブスキが鼻から息を押し出した。

「そうは仰いますがね。街の最高責任者が倒れたら誰だって大騒ぎしますよ」

 スライム討伐直後、イブスキは倒れた。原因は魔力の枯渇だ。本来四人で用いるラップを一人で使用し、一気に限界まで魔力を使い果たした。むしろ討伐までよく持ち堪えられたと思う。

 大変だったのはミネラの領民たちだ。スライムが現れた時以上の慌てぶり焦りぶりで、街中が大騒ぎになった。カナエが彼女を抱えて館に運び、医者は全ての仕事を後回しにして彼女を診察し、残った領民たちは疲れも厭わず彼女のために祈り続けた。六時間後、しっかりと休んだ彼女が彼らの前に姿を現すまでずっとだ。

 意識を取り戻した彼女はお披露目の後、すぐに職務に戻ろうとして医者に止められ、それでも医者の目を盗んで強引に復帰しようとしたところ息子に摑まり使用人監視付きのベッドに縫い留められた。

 それから一日経過し、医者とカナエの許可と本人の希望により、彼女に呼ばれた私はこうして面会していた。こちらとしても、報酬の支払いはいつになるのか確認しておきたかったので都合が良かった。

「魔力を急激に消費すると、下手すれば命に係わるんですよ?」

「わかってるわよそのくらい。私がどれだけの修羅場を潜り抜けてきたと思ってるの? 己の限界くらい承知していますとも」

 不貞腐れた少女のように、イブスキは口を膨らませた。戦いの興奮が冷めやらぬのか、彼女はこれまでの領主らしからぬ言動をする。もしかしたら、これが彼女の素なのかもしれない。とはいえ、会って数日の人間の人となりを見抜けるほど、私の見る目は磨かれてはいないが。

「もう説教は結構よ。医者もカナエも、面会に来る各組合長たちからも口酸っぱくご自愛ご自愛言われたから。あなただってわざわざ説教しに来たわけじゃないでしょう?」

「ええ、報酬の支払いについてです。けれど、病人の前で金の催促なんて人としてどうかと思いますので」

「依頼を達成したのだから、当然の義務として請求してもおかしくないと思うけど。あなたのそういう、ドライになりきれない分別、好きよ」

 褒められているのか、甘さを突かれているのか。

「ま、そこは心配しなくても、すでに準備はしてあるから。使用人に宿に運ばせるわ」

「助かります。しかし、私が言うのも筋違いな気もしますが、大丈夫ですか? 街はかなりの打撃を受けました。復興等に金がかかるのでは?」

「その点については心配いらないわ。失った分には届かないけど、これまで産出されるはずだった鉄の何割かは回収できたからね」

 スライムは街に被害をもたらした。だが、恵みももたらした。コアを除いた、スライムの粘液部分が炉の熱で分離された。粘液部分は蒸発して消え、後には取り込まれていた鉄が残ったのだ。

「あなたのところの魔術師も驚いていたわよ。不純物がほぼないって。鉄鉱石から鉄を取り出す加工の手間が省けてコストを押さえられる。その売り上げと雑多な支出を考えれば、例年とさほど変わらない利益が見込めると採掘場と鍛冶の組合長が言っていたわ。それに、捕らえた盗掘犯たちからも、興味深い情報が手に入ったし」

「興味深い情報、ですか?」

「本当は部外秘なんだけど、ほかならぬあなたには伝えておくわ。彼らはアーダマス配下の小国で依頼を受け、これまで何度かラーワーの領地を荒らしていたようね。ただ、彼はその小国の依頼で動いていたけど、残りのスライムに食われたメンバーはまた別のところから今回の依頼を受けたみたい」

「ん? どういうことですか。彼らは同じところから来たわけではない、一つの団ではない、と?」

「その通り。複数の傭兵団、正確には団から追い出されたり、何らかの理由で団自体が消滅したりして、あぶれた連中が寄り合っていたみたいなの。貧しさに喘いでいた連中は、別々の場所で同じ依頼を受け、現地で集合し、依頼を達成したら金を受け取ってまたばらばらになる予定だったんですって」

 何だそれ。これまでのリムスの就業スタイルとは別物だ。複数の傭兵団が害獣の駆除に当たることもあるが、それとも少し違う。そういう依頼は最初から依頼のある土地にいるものだ。複数の違う場所から同じ依頼をして現地で合流させるなんて、まるで複数の会社の派遣社員による期限付きのチームじゃないか。

「面白いし珍しいけど、理にかなっているわ。切り捨てても問題ない連中を雇い、口を割ったとしても複数の国を経由しているから黒幕に辿り着けない。下手に犯人探しをして藪を突こうものならこっちが悪者にされ、非難を浴びるでしょうね」

 悔しそうにイブスキは言った。これだけ好き放題街を荒らされたのに、やられた分の責任を取らせることができず、泣き寝入りすることになる。

「・・・そうだ。領主様。彼らとは別に、魔術師が盗掘に関わっていたはずなのです。魔術師に関する情報は得られませんでしたか?」

「魔術師に関する情報は、盗掘犯からではなく、鉱夫のアジュイから出たわ。あなた達が前に指摘していたように、採掘に役立つと騙されていたようね」

「しかし、その人は裏切るつもりなんかなかったわけですよね。今の話が本当であるなら、魔術師もどこか別の場所で雇われたわけです。そういう外部の人間をすぐに信じてしまえるものですかね? しかも街の生命線である採掘に関わらせようとするでしょうか?」

「あなたの言う通り、外部の人間ならアジュイはたとえ魔術師相手でも身構えたでしょうし、必ず誰かに相談したはず。顔見知りの魔術師だったから、彼は信用した」

「顔見知りだったんですか?」

「ええ。何年も鉱山の鍵に携わっていた魔術師の一人が、姿を消していることが判明した。恥ずかしい話、いなくなったことに全然気づかなかったの。あなた達がアジュイをあぶり出す作戦を私に持ってきた日の前後から行方が分からなくなってる。アスカロンの調査は機密にしていたけど、勘づかれてしまったようね」

「そんな・・・」

「本国にその魔術師を指名手配するように連絡したわ。彼は本国から送られた魔術師だから、本拠もそこにある。戻ってくるかもしれないし、足取りを追うための何らかの痕跡が手に入るかもしれないから。そしたら、さっき戻ってきた返答がこれよ」

 イブスキが一枚の小さな紙を私によこした。鳥による文通だからか、紙は小さく端を押さえてないと丸まろうとする。指で押さえながら、小さな文字を読む。内容を読み進めるにつれて、眉間の皺が深くなっていく。

「笑うしかないわよね。その魔術師はすでに死んでいた、だなんて」

 イブスキの連絡を受けて、ラーワーの治安維持部隊が魔術師の家宅に向かった。家宅を隅々まで捜索したところ、魔術用の媒体を保管する地下室にて、一人の男の死体を発見した。すでに白骨化していて、着用していた衣服も傷みが激しかったため、死亡してから数か月は経過していると思われる。身に着けていた指輪等の遺留品から、この死体はミネラに派遣されているはずの魔術師と断定した。手紙はそう結論付けていた。

「入れ替わっていた、という事ですか。何か月も前から」

「そうなるわね。私もまんまと騙されたわ。確かに新年に一度王都に戻るのよ。その時に入れ替わられたんでしょう。全く気付かなかったし、信じられなかった。でも、魔道具はそういう種類があることを私は知っている。あなたの団が持つ魔道具にも、人の目を誤魔化し、偽装するものがあるわよね」

 メンダシゥのことか。

「一応断っておきますが、私たちは盗掘とは無関係ですよ」

 マッチポンプなんて器用な真似は出来ない。

「残念。それなら話は早かったのに」

 残念そうでない口調でイブスキは冗談めかした。

「でも、心当たりとか、あるんじゃない?」

「どうしてそう思われるのですか?」

「勘。でも、当たってるんじゃなくて? 今の私の話を同じように聞いたカナエは、あなたほど理解できていないようだった。別々の場所を経由して依頼を受け、現地で合流するというメリットも、魔術師が死んでいたという情報から、入れ替わりという発想もすぐには出てこなかった。あなたが普段何気なく行っている推測や思考、発想や仮説は、それまであなたが培ってきた経験や知識の上に成り立つ。知識がなければ、それ以上先は頭に浮かばないものよ。あなたは、これに似た情報をこれまでの経験と知識の中に持っていたから思いつくことができた。違う?」

 ごまかすのは難しそうだ。それに、部外秘の情報を開示してもらった義理もある。頼んだわけではないけれど、私にとっても有力だった。アフターサービスってやつだ。

「何一つ確証はありません。ですが、人を使い、自分は一切姿を見せない手口に、心当たりがあります」

 脳裏に回収した笛が浮かぶ。それを創った者のことを考えながら、自分も情報を整理するつもりで話を始めた。

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