第95話 対巨大スライム共同戦線

 ファンファーレが山間部にこだました。トランペットの音が飛び出る先端『ベル』の部分から放射線状に音が広がり、空に抜け、山や木々にぶつかって反響する。

 空が徐々に白み始め、雲の隙間から深い青、瑠璃色が視界に映った。夜は明けたが、まだ太陽の高さよりも山の標高が高いらしく、私が立っている場所はまだ影が色濃く残っている。その影の中で、光が揺らめいた。

 スライムだ。スライムの巨体は私たちよりも先に日光を浴び、透明な体を光が屈折して通過した。それが、影に映る光の正体だ。ファンファーレの音を体で受け取ったわけだ。見事な演奏に釣られたわけではない。音を発するもの、すなわち何らかの生物であり、自分の獲物がそこにいると分かったからだ。

 プルプル震えながら、スライムが近づいてくる。

「ここはもう大丈夫です」

 トランペットを演奏してくれたミネラ守備隊員に声をかける。

「所定の場所に戻ってください。あとは、こちらが引き付けます」

「了解しました。御武運を!」

「お互いに」

 敬礼し、隊員は下がっていく。彼にスライムの注意が向かないよう、私は心持ち大きな声で話しかけた。言葉が通じるとは思っていないが、こちらに気を取られてくれればそれでいい。

「どぉーもどぉも! 初めましてスライム殿! 私、傭兵団アスカロンの団長、アカリと申します!」

 スライムの体表が震える。声を発する私に注目した。こちらに近づいてくるスピードが少し上がっている。

「寒いのが苦手なのに、こんなところまでご足労頂きありがとうございます! それほど盗掘犯の連中は美味しかったですか!」

 スピードが、さらに上がる。私との位置と距離を正確に測れたようだ。何の迷いもなく、私の方へにじり寄ってくる。

「欲望に忠実で何よりです。そして、きっと今あなたは、餌が目の前にある、くらいしか私のことを認識していないのでしょう。仕方のないことです。あなたから見れば、私は矮小な人間にすぎません。けれど」

 スライムが触手を伸ばす。バックステップで躱すと、べちゃりと触手が地面を叩いた。しゃくとり虫のように、伸ばした触手を支点に本体を引き寄せる。

「いつまでも、私たちが餌のままでいると思うな」

 お返しにスティリアを触手に撃ちこむ。一部が凍りつき、砕ける。その破片を本体が飲み込むと、凍った破片はすぐに溶けて本体に吸収された。この様子では、私たちが最初に削った一部も飲み込まれて元どおりになっていることだろう。

 スライムの体表の色が変わる。半透明から、鈍色へ。どういう原理かわからないが、体に含まれる鉄分を自在に操れるようだ。ミュータントも驚きだ。今度はその触手をこちらに向けて放った。液体の時とは違う、取り込み餌とするためではなく、一旦敵対者を黙らせるための明確な『攻撃』だった。槍のような先端が地面を削り、穿つ。しかし、私を捉えるには至らない。

 当然の話で、スライムは振動によって餌を認識する生物で、これまでの餌に対する捕食行動は擬態からのだまし討ちだ。私たちのように目で見て、相手を捕捉し、時には行動を予測して攻撃することはできない。最初にミネラ守備隊がやられた時も、密着していたからこそ、ゼロ距離からの攻撃のために躱すことができなかった。しかし距離を取りさえすれば、そこまで脅威になりえない。見てから攻撃、ではなく、振動を感知して、相対距離を測り、その振動があった場所に攻撃するのだから、どうしても一拍遅れる。

「弱点を克服して、新しい武器を手に入れたからと言って。それがそのまま優位性に変わるとは限らない」

 むしろ慣れていない武器に振り回されることになる。

 スライムの槍が地面を突き刺すが、私の足跡を辿るだけだ。常に動き回っていれば、私にまで届かない。そうやって相手をじらしながら決められたルートを辿り、目的のポイントに誘い込む。

 見えた。街の中心部である広場を視界にとらえる。あと数十メートルだ。自分がまず広場にたどり着く。この真下に対スライム用の炉がある。わざとそこで立ち止まった。離れすぎてはいけない。私に注意を向け続けてもらわなければ。

 後十メートル、九、八、七・・・

 カウントダウンを始める。後五メートル先からは落とし穴だ。私が今立っているのは、即席で作った木の橋の上で、その上から穴を覆うように布を張った。振動で位置を確認するのなら、穴が開いていることを空気の流れなどで悟られるかもしれなかったからだ。布で空気の流れや振動の反射を遮断する。

 四、三、二、一・・・

 ミシ、と橋がたわんだ。スライムが乗った重みで橋が折れようとしている。引っ張られるようにして、釘で縫い留めていた布が引きちぎられていく。その周囲の振動を感じ取ったか、それとも何らかの防衛本能が働いたか、スライムがピクリと震え、こちらへの進行を止めた。だが、もう遅い。アレーナを伸ばし、宙に逃げながら合図を出す。

「発破!」

 合図と同時、スライムの真下で小規模な爆発音が連続で響く。穴全体を覆うような、盗掘犯を捕まえた時と同じことはできなかった。だが、穴の淵の一部を削って斜面を作っておき、地面と斜面の間に隙間を作っておくことは可能だった。採掘場の崩落を防ぐのと同じ要領だ。そして今の爆発は、支えを保っていた坑木を破壊した。

 スライムがずるりと斜面を滑る。私に向けていた鉄の部分が重みとなっているのか、ずるずると速度を上げていく。スライムの体が完全に穴に収まる。

「落下確認! 作戦を第二段階に移行!」

 その声に反応したのはミネラ守備隊と領民たちだ。彼らの役目は、この即席の炉を完成させることだった。


 今回の炉を作るうえで厄介だったのは、熱と、何よりスライムを漏れないようにすることだった。

 スライムはその体の特性上、やろうと思えば地面の隙間からにじみ出てくる。であるなら、少しの隙間があればそこから流れ出て逃げられる。

 そこで私が考えたのは、ミネラ守備隊の盾と私たちの魔道具を接続できないかというものだった。

 私たちの魔道具ラップというものがある。もちろん、現代の食事にかけて、後でレンジで温められるようにするアレではない。だが、似たような用途で使っている魔道具だ。起動すると、盾や鎧をコーティングする。

 元は私の知り合いだった者が持っていた本型の魔道具の機能だ。もともとは本の所持者のみを包み込む機能だが、その機能を団員全員に行き渡らせれば、ドラゴンの炎や冷気などに耐性が持てるのではないかと試行錯誤を重ねて、デバイスを複数作成することができた。メインである本に魔力を注ぎ込むと、デバイスを取り付けた物をコーティングを施すことができる。

 しかし、使用には大きな欠点があった。

 欠点とは、魔力の消費量がひどいという事。ウェントゥスなど比ではなく、コーティングしている間常に魔力の消費を求められる。しかも、コーティングの耐性や強度を上げれば上げるほど、使用するデバイスの数が多ければ多いほど、比例して魔力消費量が増大する。本の機能を出力するデバイスだけではなく、魔力を入力するデバイスを増やして複数人でカバーする等、色々研究を重ね、試作品は出来ていたものの、一人をカバーするのに一人の魔力を使い切るため、単純計算で二倍以上の人員がいなければ使い物にならない代物だった。

 その欠点を、今回は人海戦術で強引に解決した。

「まずは鉱夫衆! 位置につけ!」

 戦線に復帰したカナエが声を上げた。かなりの重傷だったはずなのに、イブスキが言った通り本当に這ってでも来た。「ミネラ存亡の時に寝ていられるか」と前線で指揮を執っている。

 スライムを取り囲むように、四方に本と入力デバイスにしたミネラ守備隊の盾を設置している。それに五人ずつ、鉱夫たちが触れる。

「ぐお」

「これは、すごい、な」

 鉱夫たちの顔が遠目からでもわかるほど歪んだ。触れた傍から魔力が吸い取られ、体は疲労を感じ始める。しかし、その甲斐はあった。流れた魔力は、落とし穴に等間隔に配置したミネラの盾に流れ込む。ミネラの盾には出力デバイスが取り付けられており、盾とその周囲を隙間なくコーティングしていく。

「コーティング完了! マイスターたち、よろしく頼むぞ!」

 カナエが通信機に向かって叫んだ。とたん、街中の温度が一気に上がった。

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