第90話 疑問を氷解させる答え
終わった・・・?
勝どきが上がる中、私は周囲に視線を配る。勝った、そう思った次の瞬間、死にそうな目に遭い、敗走したことがある。たとえ全員が勝利を確信し、気を緩めていても、自分だけは最後まで、安全圏に至るまでは気を抜いてはならない。特に、初めて相対する敵との戦闘であるなら、相手が死んでも油断はできない。
そのおかげだろうか、すぐに判断を下せたのは。
撤収作業を行っていたミネラ守備隊、傭兵団アスカロンの団員たちの体が上下に揺れる。最初は小さな違和感程度、しかし、揺れは徐々に激しくなり、立っていられないほどになる。
「地震か?!」
「かなりデカい!」
傍の木に寄りかかり、あるいは地面に四つん這いになった状態で団員たちが口々に叫ぶ。
「バカな。地震だと!」
「この辺りで地震なんて、生まれて初めてだ」
「親父やおふくろも、爺さんの時代からミネラに住んでいるが、地震があったなんて聞いたことねえぞ!」
ミネラ守備隊の隊員たちは戸惑ったような声を上げていた。
『ちょっと、どうしたの!』
懐からプラエの声が届く。
『通信を入れたらぶっとい悲鳴が聞こえてるんだけど! アカリ! 大丈夫なの! あ、もしかしてこの通信マズい?! タイミング悪かった? その場合は二回通話口を叩いてもらえる?』
こっちに気を遣うように、徐々に小さくなっていく。両足と片手で体を支えながら、空いた片手で何とか通信機を取り出す。体が揺れるというか、もはや弾んでいるレベルだ。
「プラエさん、そっちこそ大丈夫ですか!」
『あ、出た! 無事なのね! 良かった。何があったの? こっちが大丈夫ってどういう事?』
「この揺れですよ! 地震です! 今すぐ家屋内から退避してください!」
『は? 地震?』
この時点で、彼女と私の認識にズレがあることにようやく気づいた。こっちはこんなに焦っているのに、向こうにはそれがなく、余裕をもって私たちの心配をしている。
『地震って、なんのこと?』
「揺れて、ないんですか・・・?」
地震のせいでもあるまいに、私の声は震えていた。ここからプラエのいるミネラの街まで直線距離で一キロもない。体感で震度五以上はありそうな揺れが、ピンポイントで私たちの直下でのみ起こるなんてありえない。
根拠も確証もない、しかし指示だけは出さないとと声を張った。
「全員、備えて!」
「備えてって、何に!」
ご尤もな返答がテーバからあった。
「わかりません、けど、これはただの地震じゃない! 天変地異じゃないなら! 何らかの影響です!」
「だからその何らかが知りたいんだよ!」
そんなもの、私の方が知りたい。
本当にイレギュラー続きの依頼だった。最初の依頼のされ方もそうなら、盗掘のされ方もイレギュラー、スライムが北国に現れたのもイレギュラー・・・
「・・・まさか」
繋がっているのか?
盗掘に使われたものはスライムの粘液、いるはずのない場所に現れたスライム。どっちもスライムだ。イレギュラーにイレギュラーが重なることなんて良くある話だ。そのイレギュラーを結びつけるのはスライムだ。
動けない状態でいる自分にできる唯一の事、頭を回転させていた私の耳に、嫌な音が響く。ブチ、ブツ、パリ、バリ、心を不安にさせる、何かが壊れ、ちぎれる音。何だったか、いつか防災訓練時に教わったことがある。そうだ。豪雨によって土砂崩れが起こる間際、木の根の千切れる音がするらしい。これがそうなのか。
馬鹿な。雨が降っているわけでもないのに、土砂崩れが起きるわけがない。私のそんな常識を、耳障りで不快で不安をあおる音がハンマーで叩き崩していく。常識よりも、目の前の現実だ。考えうる限り最悪を想定して動くべきだ。
「全員撤退! 少しでもこの場所、この『音』から遠ざかって!」
「はぁ!? この状況で動けってのかよ!」
「無茶は承知よ! もたもたしてると、ここら一帯が崩れるわ!」
「崩れるってどういうことだ!」
比較的近くにいたカナエが問う。
「この音は、木の根っこが千切れる音よ! 土砂崩れの時にこういう音がするの!」
敬語を忘れているが、緊急事態だ。使う余裕もない。
「土砂崩れって、あれは大雨や長雨の際に起こる災害だろう!」
「ものの例えよ! 陥没でも同じような音がするはず! つまりは、この辺りの地盤が崩落するってこと!」
確証もないことを断言してしまった。けれどそれでいい。間違ってたら笑いものになるだけ。問題は、間違いじゃなかった時だ。
揺れる足場を蹴る。どの方向が良いのかはわからない。ただ何となく、揺れは落とし穴付近、スライムがいた排水溝出口付近が震源地のように感じた。事実、そこから距離を取ると、徐々に大地を踏みやすくなっていく。揺れが徐々に収まり、根っこが切れる音も小さくなり始めたところで振り返る。アスカロンの団員たちもミネラ守備隊も、私と同じように感じ、排水溝付近から遠ざかろうとしている。そんな中、まだ動かずにいる人影を見つけた。
「ムト君!」
ムトは四つん這いになったまま動かないでいた。彼の位置は排水溝に近い。揺れのせいで動けずにいるのか。
違った。彼がしゃがんでいる理由は、スティリアとトニトルスを拾い、収納しようとしているせいだ。トニトルスの配線が出たままになって、そこへさっきの地震の影響でスティリアも落とし、その配線に絡まったのだ。確かにそのままでは鞄にしまうこともできないし、そのまま両手で持ち運びするにも配線が邪魔になる。特にこんなに揺れているときに、両手がふさがっていたら動けないし危険だ。
「何やってるのムト君!」
再び揺れる大地に足をかける。私に気づいたムトが、焦った顔でこちらを見て、その間も手を動かしている。
「すみません! 落っことしちゃって! すぐ拾って」
「バカ! そんなの良いからさっさと逃げなさい!」
「いやでも、これ一台かなり高いのに」
「命より高い物はないの! 金は後で稼げ!」
「っ、はい!」
ムトが駆けだす。一瞬、視界の隅をチラと横切ったのは、彼が手放したトニトルスとスティリアだ。一台で金貨一枚分、開発費用を考えたらもう一枚。自分で言ったこととはいえ、やはり高価な品をタダで捨てるのは心が痛い。
ガツンと、これまでで最大級の揺れが来た。ムトが大勢を崩す。私もよろめき、近くの木に寄りかかった。木に体を預けながら、ムトの姿を確認しようと前を見る。
「・・・嘘、でしょっ」
目の前で、何本もの木が傾いでいく。折れたわけでもましてや曲がったわけでもないのに、枝葉が地面に擦り付けられようとしている。その木を支えるはずの地面が崩れているのだ。ひび割れた大地が、そこを起点に谷折りみたいに凹み、大地だったものが壁となってそそり立とうとしている。捨てられた魔道具二つが、折れ目に飲み込まれた。折れ目はさらに伸び、広がっていく。
その谷折りの折れ目付近で、今度はムトが飲み込まれようとしていた。彼が顔を上げたのが見えた。
「ムト君!」
アレーナを伸ばし、彼の体を掴んだ。足元が無くなる直前に、何とか引き寄せる。
「団長! すみません!」
「良いから、逃げるわよ!」
ここもすでに安全圏とは言い難い。離れた場所の木にアレーナを伸ばす。
「飛ぶわ! しっかり掴まってて!」
「え、掴まるって」
「私に決まってるでしょ!」
「え、その、え?」
この一秒を争うときに何を躊躇しているのか。
「ああ、もう!」
じれったくなり、彼の腕を私の腰に回させる。彼の頭が私の腹に当たり、中腰の姿勢を強いる。苦しかろうが我慢してもらう。緊急事態だ。
「絶対離すな! 落ちたら助けに行けないから!」
「ひゃ、ひゃい!」
一気にアレーナを縮める。体が浮き、側面にGがかかる。十分な加速がついたところでアレーナを離し、空に舞い上がる。一瞬振り返ると、森の一区画が完全に陥没しているのが見えた。多大なストレスによる十円ハゲのようだ。事実、森は多大なストレスを受けたはずだ。
視線を前方に戻し、着地のために掴まる場所を探す。
「なんだアレ!」
ムトが叫んだ。思わず反射的に目を向け、目をむいた。
陥没した区画を、新たな何かが穴埋めするように鎮座していた。一瞬雲が割れ、わずかに覗いた星明りが地表を、ソレを照らす。
コアが見つからないわけだ。私たちが倒したのは、アレの末端でしかなかった。
先ほどのスライムなど比較にならないほどの巨大なスライムが、プルプルと震えながら鎮座していた。
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