第89話 押しくらまんじゅう押されて凍れ

 報告に合った通り、スライムは落とし穴にとどまっていた。今更ながら、なぜ、どうして、という疑問は頭の片隅に追いやる。今重要なのはどうやって倒すかだ。

 スライムには『目』がない。ならばどうやって獲物を見つけているかというと、振動によって物の場所を特定するそうだ。ただし、蝙蝠のように音波を自ら発し、その反響によって獲物との距離を測れるわけではない。足音や声などの特定の振動を表面が受けると、体内の水が振動を増幅させながらコアに届けて、位置と距離を換算するらしい。漫画で見たことのある、盲目の達人と同じことをスライムは生まれながらにしてやってのけるという訳だ。

 私たちはそんなスライムの感覚を少しでも誤魔化そうと風下から、音を可能な限り殺しながら接近した。もし気づかれた場合、別方向でラッパを持つ守備隊の一人が、遠距離から気を引くためにメロディを奏でる算段だったが、幸いにして気づかれた様子もなく接近できた。

 スライムとの距離は、目測で約十メートル。周囲を見渡せば、スライムを囲むように半円状に部隊が展開している。

 右手を掲げると、半円の中からアスカロンの団員が一歩進み出る。彼らの手にはトニトルスが掲げられている。プラエの説明にもあった、定石通り電撃による弱点の露出、そこからスティリアによって凍らせ、コアを破壊する手順だ。

 左右を見渡す。団員たちが私の顔を見て、一つ頷いた。準備は完了。

 スライムめがけて、右手を振り下ろした。

 爆発音が轟き、トニトルスの針が飛ぶ。ずぶずぶと針が突き刺さり、一拍おいて青白い電流が針と射出機をつなぐ配線を伝った。トニトルス一本で、通常の人間や獣相手なら簡単に昏倒させられる電流が流れる。それが十本以上突き刺さった。効果はいかほどか。

 スライムの半透明な体が、切れかけの電球のように連続して明滅する。正直目に悪い。手でひさしを作りながら、スライムのコアを探す。しかし

「くそ、どこだ? 全然変わっていないように見えるのだが・・・」

 困惑するカナエの言う通り、スライムのコアが判別できないでいた。全く変わっていないようにも見えるし、どこかが変わっているようにも見える。

 そうこうしているうちに、スライムが動き出した。電撃では鈍るだけで、完全に止められるわけではない。こうなれば仕方ない。

「トニトルス回収! スティリアに切り替えて!」

 トニトルスを担いでいた団員たちが射出機の横にあるハンドルを回し配線を巻き取る。巻き取り終えた団員から、スティリアに次々持ち替える。

「準備は!?」

「準備よし!」

「こっちもOK!」

「スティリアいつでも行けます!」

「射出準備完了!」

 私の声に団員たちが応える。

「スティリア、第一射目・・・発射!」

 針がスライムに向けて放たれる。針がスライムの体表に接触した瞬間、胴部分が破裂した。スライムの体内を通過しながら液体がばら撒かれ、急激に温度が下がる。目視でもスライムの表面に霜が降りているのを確認できた。だが

「まだ動くぞ!」

 モンドが叫ぶ。確かにところどころ霜は降りているが、氷漬けには程遠い感じだ。

「第二射用意! 次弾をこめて!」

 一発で決めきれなかった。急ぎ次弾をこめさせるが、どうしても時間がかかる。カートリッジを取り出し、新しい弾と、弾を発射するための、射出機内部で爆発させ推進力を得るための魔道具、その二種類をセットする。通常の銃よりも大きな弾丸のため、どうしても弾と推進力用の魔道具を一緒にできなかった。そのため手間が二倍かかる。かといって焦らせては余計に失敗するし、暴発の恐れもある。普通であれば私が最も焦るところだ。

「ミネラ守備隊! アスカロンを守れ!」

 カナエが怒鳴る。

「彼らの魔道具が準備できるまでスライムを近づけるな! 訓練を思い出せ! 敵を倒すことだけが戦いに非ず! 味方を守り通すこともまた戦いなり!」

「「応!」」

 しかし、此度の戦いには彼らがいる。

 ミネラ守備隊が前に出た。彼らが掲げるのは巨大な盾だ。人一人が完全に隠れられる、縦百五十センチ、横六十センチの長方形型のライオットシールドだ。警官隊も驚きの厚さ五ミリ、重さにして三十キロ以上もある鋼の盾を、彼らはやすやすと掲げ、隣の守備隊員と隙間なく重ねる。

 盾に向かってスライムの一部が伸びる。

「盾に魔力を流せ! 堅牢さこそ我が隊の持ち味よ!」

 カナエの指示に呼応して、守備隊の盾が白く輝く。輝く盾にスライムが触れた。質量は当然スライム方が上だ。そのまま押し潰されるか、絡めとられるかと思いきや、触れた瞬間、逆にびくりと反応し、離れたのはスライムの方だった。触れた先端は無理やり引きちぎられた切断面のようにギザギザしていた。

「魔導機構『グラキエストラ』正常稼働確認! 効果あり! スライムに対して一定以上の効果あり!」

 守備隊から報告と歓声が上がる。私たちがスティリアを用意していたように、彼らも同じくスライムに対して有効と思われる魔道具を用意していた。

 盾の持ち手部分にスロットが設けられていて、そこに専用の魔道具をはめ込むことで、その魔道具の効果を盾の表面にて発現させるという代物だ。今回は彼らの氷の魔道具『グラキエストラ』をはめ込むことで、盾の表面を極低温にし、スライムをけん制している。

「第二射準備完了!」

「こっちも出来たぞ!」

 守備隊の活躍に負けじと、アスカロン団員が叫ぶ。

「スティリア、第二射・・・放て!」

 守備隊の頭の上から、団員たちがスティリアを撃つ。表面は第一射と守備隊のグラキエストラの効果により、スライムの動きはかなり鈍っている。そこへ向けて放たれた第二射。

 撃ち込まれたスライム、その半透明の体がすりガラスのように曇った。ついに中から凍りだしたのだ。末端部分の動きももはや失われている。このまま行ける。押し切れる!

「弱っているぞ! 攻勢に転じる! 守備隊、前進! スライムをすり潰せ!」

 同じく好機と見たカナエが、自らも盾を前に出し、スライムを押し返す。守備隊も彼に倣い盾を押し付けた。盾を押し付けられたスライムは、その個所から凍りつく。凍ってしまえば、あとは削るだけだ。盾を力任せに擦り付ければ、がりがりとスライムの表面が削れていく。削れて新しくあらわになった表面が、再び凍る。削れた部分は意思を持たないただの粘液となって地面に染み込んで消えていく。凍らせ、削り、凍らせ、削りを繰り返しながら、守備隊は囲んだ半円を狭めていく。

「ミネラ守備隊に後れを取るな! 三射目用意! 合図を待つ必要はないわ。どんどんぶっ放して、奥からも凍らせてやれ!」

 自身もウェントゥスを振るい、スライムを削っていく。スティリアを全弾撃ち終わった団員が、近接武器に持ち替えて守備隊の隣に並び立ち、槍やメイスで大きく砕く。スライムを囲む円はさらに勢いよく縮小し、縮小すればこちらが凍らせ、削れる面積が増えるので縮小のスピードはさらに上がる。

 ぜいぜいと肩で息をする団員と守備隊の中央部に、スライムはもう、いなかった。五メートル四方のスライムは、一片たりとて残っていない。

「勝どきを上げろ! 我らの勝ちだ!」

 カナエが盾を持ち上げた。おおう、と野太い声が山中に響き渡る。

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