第81話 異変の点と点

「変わったこと、ですかい?」

 翌日は、鉱夫以外の街の住人に情報収集を行った。

 大っぴらに聞いて回る訳にはいかないので本来の傭兵業務、小遣い稼ぎの小さな依頼を探すついでにそれとなく尋ねるスタンスだ。もし訝しげに聞きまわる理由を問い返された場合、アスカロンという特異な目的を持った団を言い訳に使う。即ち、ドラゴン討伐。誰もやろうとしないので、何がドラゴン討伐に必要かを知る者はいない。だから、異変があるところにドラゴンが現れる可能性があると言えば、そういうものかと引き下がるはずだ。実績と箔は確かに必要だ。それでも、鉱夫に直接は憚られた。相手は私たちが調査していることを知らず、かつ、鉄鉱石が採掘されない後ろめたい気持ちがある。後ろめたい人間は、なんてことない質問にも裏があると勘繰る可能性がある。やはり、こちらと鉱夫たち双方の事情を知る組合長に任せておくしかない。

「それは、この前の部品に関することではなく?」

 そして私は、先日情報収集に訪れたファキオの工房を再び訪れた。彼らは私との約束を守ってくれており、知り合いの工房に話を聞いて回ってくれていた。そちらに関しては全く情報がなく、来て早々謝られた。そこまで期待していなかっただけに、深々と頭を下げられてこちらの方が申し訳ない気持ちになった。

「ええ。どんな些細なことでもいいんです」

「些細なこと、か・・・」

 ファキオが弟子のゲオーロを呼んだ。二人そろって手に顎を当てて悩む姿はそっくりで親子のようだ。長い間共に過ごすと、仕草まで似てくるのかもしれない。

「そういや親方、この前のブルさんの話とかどうですか?」

「ああ、あれか。んー、変わってるっちゃ変わってるが・・・」

「ブルさん?」

「いえね、儂の知り合いに、ブルっていう、この辺りで猟師をしている男がいるんでさ。罠や矢を作る代わりに、仕留めた獲物をおすそ分けしてもらう、長年持ちつ持たれつの間柄なんですわ。で、この前一匹うまい具合に罠に鹿がかかっていたんですが、妙なことにずいぶん弱っていたらしいんです」

「弱っていた・・・。でも、罠にかかって時間が経過すれば、弱るのは当然では?」

「儂もそう思って同じように言ったんですよ。でもブルのやつは否定しやした。このあたりの鹿は体力があり、一日であんなに弱るわけがないって」

 不思議に思いながらもブルは鹿に止めを刺し、いつもと同じように捌いたそうだ。そして、再び異変に遭遇する。

「獲物はすぐに血を抜くんですが、その時の血が、妙に臭かったそうです。生臭いとはまた違う、例えようのない臭さだとブルの奴は言ってました。内臓もちょっと色がおかしかったようです」

「血が異臭・・・内臓がおかしい・・・。腐って、るわけないですよね。生きていたわけですから」

「ええ。さすがに不気味になって、もしや毒草か毒キノコでも食ったんじゃないかと奴さん疑ったんで。せっかく仕留めた尊い命ではあるが、自分が死んだら元も子もないってんで、食わずに埋葬したそうです。また、麓の川の水に獲物をさらすんですが、かすかに川の水も、似たような変な臭いがしたと言ってたんですよ。でも、さすがにそれなら儂らも気づくと思うし」

「ファキオ親方も一緒に行ったんですか?」

「ああ、違うんです。その川はミネラの飲み水でもあるんでさ。こっちの方が上流に当たるんですがね。しかし、距離がさほどあるわけでもない。本人も数日後に行ったら臭わなかったから、気のせいだったと自分でも言ってました」

 毒を食べた鹿、異臭のする川。何か関連があるのだろうか。調べたほうが良いかもしれない。

「でもこんな情報、何の役にも立ちませんよね」

 頭を掻きながら申し訳なさそうに苦笑いするファキオに、そんなことないと礼を述べる。

「いえ、わずかな異変が、後に大きな事件に発展することはよくあります。もちろん、杞憂に終わることもありますが、ミネラに住む皆さんにとってはその方が良い。傭兵の仕事なんて、本当はない方が平和なんですから」

「さすが龍殺しアカリ様・・・器がでかい・・・」

 ゲオーロの評価が意図しないところでまた上がっている。真正面から尊敬されるとやはりまだ居心地が悪い器の小さな私は、すぐに話を変える。

「そのブルさんという方を、紹介していただけませんか?」

「わかりやした。・・・ゲオーロ、ひとっ走り呼んできてくれるか」

「わかりました、すぐ行きます!」

 ドアを破るような勢いで出ていく。ゲオーロの足音を見送ってから、ポケットに手を入れ、銀貨を握りしめた。情報料の相場はこれまで銅貨数十枚ほど。銀貨一枚なら充分、失礼はないだろう。

「助かりました。これは情報代です」

 支払おうとすると、ファキオは私の手を押しとどめた。

「いえいえ、アカリさんの助けになって嬉しいですが、お代をいただくわけにはまいりやせん。儂は鍛冶屋です。鍛冶の腕でお代をいただきたく思いやす」

 笑顔だが、譲れない意思を感じさせた。しかしこちらとしても、成果には報酬で応える事を旨として団経営をしている。

「しかし、せっかく街で情報を集めてもらったし、今も小間使いみたいなことをさせているのに」

「こいつは儂の誇りの問題なんです。ゲオーロも同じ気持ちでしょう。お心遣いは本当にありがたいのですが、受け取れないです」

 職人のプライド、というやつか。必要なら何でも使い何でも貰う傭兵には縁のないものだが、わざわざ相手のプライドを曲げさせることもない。それに、これだけ愚直な人間なら仕事ぶりも信頼できる。

「わかりました。では今度、武具の修繕を持ち込ませていただきます」

「ありがとうございます。それなら喜んで、全身全霊、真心こめてやらせていただきます!」



「こちらです。足元気を付けてください」

 ファキオに紹介されたブルは、ファキオと同じくらいの高齢に見えたが、険しく、雪で埋もれて歩き辛い傾斜を慣れた足取りでするすると下っていく。けして急いでいるようには見えないのに、見失わないようにするのがやっとだ。一緒に来てもらったプラエなんか、私からさらに後方で挫けそうになっている。

 山の行軍をしたことがないわけではないが、それでも同行した私たちは一時間もすれば息を切らし始めていた。遅れることなくついていけているのは、元猟師のテーバだけだ。

「ここです」

 立ち止まったブルがこちらに手を振っている。彼らのもとにたどり着いた時には、雪の中にいる事を忘れるくらい汗をかいていた。

「だらしねえなぁ。これくらいの距離で」

 先に到着していたテーバが笑う。

「いや、二人が速すぎるんですよ。何でそんなに早く進めるんですか」

「何でって言われても。強いて言うなら、慣れか?」

 その一言は万能すぎる。慣れたら彼らのように疲れずに動けるというのか? 全く想像できない。

「あとは、あれだ、足元に気を取られ過ぎだ」

「いや、だってこんな足元の悪い中、気を配らないとすぐに滑ったり埋もれたりしてしまうんですけど」

「だから、ずっと体が緊張状態になって、疲れやすくなるんだよ。もう少し先を読め先を」

「じゃあ、どうやって先を読むんですか」

「慣れ、だな」

 どこにでも出てくるなその言葉。

「や、やっと、ついた」

 這う這うの体でプラエが追いついた。木に寄りかかり、そのままずるずると膝から崩れ落ちる。ぼすんと雪が押しつぶされた。

「もう無理。絶対無理。動けない」

「何言ってるんですか。これからが仕事本番じゃないですか」

「何で私がここまで一緒に来ないといけないのよ! 成分調べたいなら件の死骸を私の部屋に持ってくればいいじゃない!」

「説明したじゃないですか。もしかしたら毒性があるかもしれなくて、街の中に下手に持ち込めないって。それに、川も調べるんですから、どのみちプラエさんに来てもらうしかなかったんです」

「川の水だって汲んでくりゃ良いでしょうが!」

「だからですね。調べるのは川の水だけじゃなくて、川なんですよ。私たちにはわからなくて見落とすものも、プラエさんならわかる何かがあるかもしれないじゃないですか。良いですか。プラエさんにしかできないんです。お願いします」

「うっ、うっ、うぅ・・・」

「ちょ、泣かないでくださいよ。ほら、涙と鼻水拭ってください」

 手渡したハンカチで、プラエが盛大に鼻をかんだ。疲れ過ぎてストレス値が極まり感情が爆発し、幼児退行したみたいになっている。

「他のみんなは街の中なのに、なんで私がこっちなのよぉ・・・。こちとら頭脳労働担当だっつの・・・。か弱い乙女なんだっつの・・・」

 グジグジと愚痴りながらも、袋から作業道具を取り出す。なんだかんだで彼女はプロ意識が高い。

「頑張ってください。終わったら、温かい物でも食べに行きましょう。奢りますよ」

「うう・・・お酒も・・・」

「わかりました」

「十年物の・・・蒸留酒も・・・」

「早くしてください」

 雪より冷たい声が出た。

「じゃあ、掘り返すぜ」

 プラエが準備する間に、私たちはブルの指定したポイントを掘り返す。念のため全員使い捨ての手袋をはめ、ゴーグルをかけ、口元にはタオルを巻き、革の端切れや古着などをリサイクルして作った、全身を覆うタイプの貫頭衣を着用する。プラエ印の試作型防護服一式だ。毒の他にも、死骸にはダニなどがわくため、それらを可能な限り寄せ付けないためだ。

 アルボスで毒物関連の事案があったのを機に、いつかまた毒物に関わることもあると用意しておいて正解だった。毒物以外でも、プラエの実験で重宝しているので、きちんと製品にすれば新商品として売れるかもしれない。

 さほど時間をかけず、問題の鹿の死骸が現れた。

「おかしい・・・」

 テーバが呟き、ブルと顔を見合わせている。ブルも首を捻っていた。

「何がおかしいんですか?」

「腐ってないんだ。腐臭もしない」

 見下ろした死骸と目が合った。何も映さないその眼球は、ミネラで起ころうとしている異変を見据えていた。

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