第80話 密室トリックはお好き?

 組合長がテーブルの上に地図を広げた。鉱山を階層ごとに輪切りにした俯瞰図だ。合計五つの図があるので、地下四階まで広がっていることになる。

「我々がいる事務所がこちらになります。出て右手方向に、鉱山入り口があります。地下四階までは斜めに掘った通路、斜坑でつながっています。坑道は山の南から北へと掘り進めている形です」

 組合長が指で地図をなぞる。

「地下一階から三階までは、従来同様の採掘量が現在も確保できています。しかし、それ以上に採掘の見込まれた、最近掘り始めた地下四階での採掘量がいまいち上がりません」

 組合長が四階を指す。斜坑から一直線に山の真ん中あたりまで坑道が伸び、そこから何本もの行動が扇のように広がって伸びている。

「おそらく領主様の方からも調査があったとは思いますが、改めてお聞きします。採掘されない原因に心当たりは?」

 ギースが尋ねた。

「いえ、ありません」

「これまでの一階から三階まで、同じような経験はありましたか?」

「鉱床がなかなか見つからないときはもちろんありました。けれど、ここまで掘り進めて鉱床に当たらないのは初めてです」

「素人なので教えてほしいのですが」

 今度は私が話を切り出す。

「採掘する前に、鉱床のある場所を調査すると思うのですが、どのような方法で探し当てるのですか?」

「特殊な魔道具を用いると、鉱床のある方向からは反応が返ってきます。近づけば近づくほど反応は強くなるので、反応が強くなる方向に向かって掘り進める、という手段をとっています」

「その魔道具は、領主様から聞いた、山師の方が使う物と同じですか?」

「少し違うかと思います。領主様が招へいなされた山師の方が使っていたのは、山全体を構成する物質から、そこらにある雪や樹木、土などの物質分を差っ引いて、残った割合が鉱床ではないかと推測する方法です。場所などを特定するものではありません」

「全体を? どうやって?」

「詳しくは申し訳ありませんが、分かりません。今回と同じようにその時も山師の方を案内したのは私なのですが、仰っていることの一割も理解できませんでした。ヒョーメンセキがどうのとか、タイセキがどうのとか、ヒリツがどうのとか」

 表面積、体積、比率のことだろうか。富士山の体積をどうやって求めるか、みたいな話を先生が雑談で話していたが、積分がどうのとか仮定がどうのとかカヴァリエリだとかピタゴラスだとか訳の分からないことを言っていたので途中から思考を放棄した記憶がある。つまり山師やそれに連なる職業の人間は、中学や高校で学ぶ数学以上のものを習得している事になる。

 対して、鉱夫たちが用いるのは、ダウジングみたいなものか。プラエが前に作っていた、匂いに反応する魔道具と同じで、特定の成分に反応するというような。

「矛盾してませんか? 事前に反応を見て、その方向に掘り進めているはずですよね。どうして鉱床に当たらないのでしょう?」

 私の疑問をボブが代わりに指摘した。

「それが、正直わからないのです。反応があった場所を掘り進めていたのは間違いないのです。しかし、一向に掘り当てられない。再度魔道具を用いると反応が一切見られない」

「待ってください。常に魔道具で反応を見ているわけではないのですか?」

「そいつはちょっと無理ですよ。まず魔道具は一つしかありません。四階だけでなく、他の階でも用います。希少であり高価で、なにより摩耗しやすいのです。使用頻度に応じて使用年数が変化するので、ある程度の掘る方向が決まれば、一定距離を掘り進めるまで再使用を控えます。加えて、魔力の消費も他の一般的な魔道具よりも激しいと聞いています。確かに一度使うと、かなり疲弊します。以上の理由で、長時間使用し続けるのは困難です」

「では、同じ階層に再度使用するまでに、何日か開けるわけですね。大体何日ですか?」

「そうですね。四日前後です」

「四日前は反応していたはずなのに、四日経ったら反応しなくなっている・・・」

「おっしゃる通りです」

「魔道具を使用するのは、組合長さんだけですか?」

「いえ、私と、各階の現場責任者です。メインは責任者の方ですね。私は疲弊した責任者の予備、という位置づけです。全体の進捗を管理したり地図を作製したり、領主様や鍛冶組合との打ち合わせや採掘量の報告をするのが私の主な業務です」

 事務がメインなのか。作業中のことはもしかしたら責任者や鉱夫のほうが詳しく聞けるかもしれない。だが、下手に聞きまわって内密の調査が露見するのも避けたい。彼らに対しての直接的な聞き取りは最終手段にして、組合長に聞いてもらうのが今のところの限界だろうか。

「ちょっと聞きづらい質問、良いですかね?」

 ジュールが言った。

「四日、魔道具を使うまで日にちが開くわけですよね。その間に、変わったことありませんでした?」

「変わったこと、と言いますと?」

「例えば、違う横穴ができていた、とか、前日よりも穴が深く掘られていた、とか」

 ジュールの物言いから、組合長は彼が何を言いたいのか察した。顔色を変えてジュールに食って掛かる。

「ちょっと待ってください。まさかあなた、誰かが盗んだとでも言うんですか?!」

「可能性、の話ですよ。もしかしたらってやつです。不快な思いをさせて申し訳ない。けれど、確認しなければならない点でもあるんで、ご容赦ください。ミネラの鉄は世界一だ。高く売れるし、採掘量もけた違い。少しくらい盗んでもばれやしないと考える人間がいてもおかしくないでしょ?」

「ありえません!」

「断言しますねぇ。色んな理由で人間は簡単に罪を犯すもんですが、言い切るからには相当な理由でも?」

「もちろんです。鉱夫のみんなは良い奴ばかり、なんていう私の感情だけではありませんよ」

「そいつは助かる。感情論だけならなんとでも言えますんで」

 ジュールの挑発のような言い草に、ムッとしながらも組合長は答えた。

「まず一つは、鉱石だけでは価値が低いからです。鉄鉱石には鉄だけでなく、他の成分が含まれます。加工することで純度が高い、あなたの言うミネラの鉄になるのです。世界一にしているのは、ミネラが誇る鍛冶マイスターたちの手腕によるものです」

「なるほど。確かに高く売れなければ、盗みのリスクに見合いませんな」

「次に、私たちは採掘作業をチームで行うのですが、他の仲間の動きを常に気にしています。あなたが言う盗難に対する監視の意味もありますが、仲間の体調を気遣う意味もあります。坑道内での作業はかなりきつい作業です。魔道具により新鮮な空気が常に保たれているはずですが、息苦しさを覚えたり、長時間の坑道内作業により圧迫感を覚えたりと、体調を崩すものは少なくない。倒れる前に中止し、休憩をとります」

「監視されてちゃ身動きは取れないですね」

「ええ、加えて装備品のチェックを必ず作業前、作業後に行います。これは、作業道具の不備による事故を避けると同時に、所持品のチェックも行っています」

「業務の隙を見て持ち出すのは困難ってわけですね。たとえチームがグルであっても、所持品検査で引っかかる」

「はい。もちろん戸締りも厳重です。入り口には私と四人の現場責任者が日替わりで持つ二重のカギに加えて、魔道具の罠を領主様お抱えの魔術師が仕掛けます。夜中に忍び込むのは不可能です」

 密室トリックみたいな様相を帯びてきた。舞台は侵入困難な巨大な密室。盗み出されたのは大量の鉄鉱石で、そのありかがわかってから犯行までは四日しか準備期間がない。内部犯がくすねるのは互いの監視の目があり難しく、かといって厳重な三つのカギのため外部犯にはもっと困難だ。ミステリ物は好きだが私は何も考えず普通に読んであっと驚きたいタイプだ。犯人を探偵が探し出す前に言い当てる作者泣かせはしないし、できない。

「なるほど、それらの理由に加えて、全員が裏切るような悪い人間ではない、ということですね」

「そうです。ついでに、きつい仕事に見合う給料が支払われます。優遇もされる。私たちが裏切る理由は全くないんです」

 困った。ここまで理由を列挙されたら、内部犯の犯行は低い。単純に見張っていて犯行現場を取り押さえる、ということは難しそうだ。

 地図をにらむ。人間が煙のように消えるわけはないし、質量が忽然と消えることもない。何かからくりがあるのだ。そして、それのヒントが地図にあるのではないかと考え、あるいは一縷の望みをかけて穴が開くほど見つめる。

「組合長、すみません、これは何ですか?」

 地図の一点を指差す。坑道のところどころに、長く細い道のようなものが複数、山の表層まで伸びて書かれていた。手書きのため、書き方に多少の誤差があると思っていたが、もしかしたらわざと書き分けているのではないか。

「ああ、これは通風孔と排水溝です。通風孔は、魔道具がない時代は、この穴で新鮮な空気を入れ替えていました。魔道具ができてからも、先ほども言ったように坑道内で息苦しさを感じることがあります。通風孔があると知っているだけで、幾分気分が和らぐので必ず開けます。また、排水溝は作業に必要不可欠なのです。土を削る作業は、どうしても粉塵が舞います。それを防ぐために作業中、水を撒いて粉塵が舞うのを防ぐのです」

 もしかして、この通風孔と排水溝を使ったのではないか。しかし、組合長は私のそんな考えを読んでいたらしく先手を打った。

「ですが、この穴を使って盗み出す、というのも難しいと思います。穴は人が通れるほど大きくはなく、また地図上では横に見えますが、実際はかなりの傾斜、ほぼ垂直です。また、通風孔出口は雪や雨を防ぐための傘が備え付けられていて、取り外しが困難です。言われるまでもなく調査しましたが、取り外された形跡はありません。排水溝は鉱山の麓を流れる川まで流れていますが、通風孔よりもさらに細く長い。人も、鉄鉱石すらも通らないでしょう」

 傭兵の分野を考える余地が、なさそうな気がしてきた。質問も打ち止めだ。

「最後にもう一度、お尋ねしますが、ここ最近、変わったことはありませんでしたか? 坑山のことだけではなく、山全体についてでも、鉱夫の様子、ああ、これは疑っているとかだけではなく体調の変化とかも含めて、調子を崩したりした人がいないかとかです。どんなことでも構いませんので」

「そう言われましても・・・」

「思い出したらなんでも言ってください。他の鉱夫の方にも聞き取りをお願いします。私たちが聞き取りをするわけにはいかないので」

「はあ、分かりました。できる限りやってみます」

「お願いします。後は・・・そうですね。とりあえず、明日以降でそちらの作業のない都合がいい日に、坑道内部を調査させてください」

「わかりました。作業現場の休みは二日後ですので、その日に。私の方から領主様に許可をいただけるように手配します」

 二日後の約束を取り付けたところで、本日の密会は終了となった。

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