第82話 体は鉄で出来ていた

「仕留めてから何日だ?」

「十日近く経ちます」

「冬でも七日あれば腐り始めるもんだ。ブルさん。あんたこれに何か施したか?」

「いえ、特に何も。なもんで、テーバさんが言った通り普通は三日、四日、遅くとも七日もすれば腐るはずです」

「だよな。同じ認識だ。でもこいつは、死んで一日経ってないくらいだ」

 テーバが恐る恐る死骸に手を伸ばす。角から頭に手を這わせる。びくっと突然手を離したから、周りにいた私たちまでびくっと体を飛び上がらせた。

「何だこれ。気持ち悪」

 今度は拳で頭を叩く。コンコンと硬質な音が返ってきた。

「ブルさん、こいつ、剥製とかにしたわけ、じゃ、ないよな?」

「しませんよそんなこと・・・いや、どういうこってす?」

 テーバと同じようにブルも死骸に手を伸ばし、同じように驚いていた。私も真似て、彼らと同じように死骸に触れてみる。

 鹿の形をした石かと思った。冷たく、何より硬い。死後硬直とか呼ぶレベルじゃない。無機物の硬さだ。毛の下にある皮は、指で触れれば多少指の形に凹むものだが、指の侵入を許さない。押しても跳ね返す弾力があるという意味でもない。氷漬けになったとかなら話はまだ分かる。バナナで釘が打てるのだから。しかし、雪国とはいえ木が生い茂るような場所で、カチコチに凍るとも考えにくい。

「もっと・・・柔らかいものだと思ってました」

「普通はそうだ。けどこいつは、死骸としてはおかしい。何らかの加工を施されたみたいだ」

 三人で話しているところへ、準備の終わったプラエがやってきた。

「じゃ、一つやってみますかね」

 小刀を出す。

「気を付けてください。並みの硬さじゃありません。ケガしないようにお願いします」

「皆、それはさすがに大げさなんじゃないの? いくら硬いっつったってたかが鹿よ? どれほどのもんって硬っ!」

 刃を当てて押し込もうとした彼女の手が、その場でプルプル震えている。

「これは、私の力じゃちょっと無理ね。採取は諦めたほうが良い」

「私がなんとかこじ開けましょうか?」

「あなたなら出来るだろうけど、毒物が飛び散るのも嫌だし、それは最終手段ってことで」

 代わりにと彼女が取り出したのは、製作途中の成分分析装置だ。しかしこれって、食物に含まれる成分を調べるものじゃなかったか。

「毒とかの有無を調べられたら便利かなと思って。機能を順次拡張中よ。片っ端から色んな成分を覚えこませているの」

 まあ、覚えさせた成分にしか反応しないんだけどねと彼女は苦笑する。その『しか』が物凄いことなのだが、魔術師とはさらに上が目指せる現状の効果では満足しない、向上心と職人気質のかたまりらしい。

「じゃ、ちょっと調べるわ」

 装置の先端を鹿の頭部に触れさせる。ぎゅんぎゅんと、モーター音のような唸り音を立てている。

「・・・結果、出たわ。出た、けど」

 プラエが出力された成分結果を見ながら首を傾げる。

「どうしたんですか?」

「いや、ねえブル」

「はい。何です?」

「剥製じゃないのよねこれ」

「ええ、そんなことはしません」

「この辺りの鹿に限らず、動物って何食べるの?」

「そこらに多く生えてる草や木の皮です」

「だよねぇ・・・」

 プラエが腕を組んだ。しばらく考え込んだ後、結論を発表した。

「この鹿、鉄で出来てる」

「「「・・・は?」」」

 体が鉄で出来ている?

「少量ならわかります。血液には鉄分が含まれているものですから。でも、鉄が主成分ってどういうことですか」

「私に言われても困るわ。検査結果がそう表示されたの。鉄と同じ成分が通常より多く検出されてる。刃も通らないほど硬いのは鉄だから。だから聞いたのよ。何食べてるのか。普段摂取している食べ物が体を作るのは人間も動物もドラゴンも同じ。この鹿も鉄を含んだ何かを食べていたら体が硬くなるんじゃないかと思ったわけ」

「いやいや、それおかしくねえか?」

 テーバが鹿に近づく。

「これ見ろよ。罠で出来た傷と、とどめ刺した時の傷、血抜きしたときのもんと内蔵出した時の傷だ。体が鉄なら、こんな風に傷つけることも出来なかったはずだぜ?」

「そう、そうですよ。私が捌いたときは、硬いとかそういう事も特になく、いつも通り捌けました。おかしかったのは臭いだけです」

 テーバの話をブルが捕捉する。

「どうなってんの? 故障した? 詰め込み過ぎた?」

 プラエが装置を振る。もう一度鹿を調べるが、結果は同じだった。全員が首をひねる。

「プラエさんの検査結果は間違いないでしょう。現に、この鹿は鉄と同じくらい硬いのですから。同時に、テーバさんやブルさんの話も正しい。体が鉄みたいに硬ければ、罠にもかからないでしょうし、傷もつかない」

 両方正しいなら、考えられるのは、死ぬ前は柔らかくて、死んだあと固まった。これが結論だ。変わったのは性質と時間。時間経過と同時に性質が変化したとしか考えられない。

 しばらく考える。前に聞いた話も混ぜて現状結果をまとめていく。

「ブルさん。ファキオ親方に聞いたんですが、この鹿、仕留める前からすでに、かなり弱っていたんですよね?」

「え? ああ、はい。そのように見えました。たった一日であそこまで弱ることはないと思います」

「なるほど。あと、気のせいかもしれないけど、川からも、鹿と同じ嫌な臭いを嗅いだということですが」

「はい。でも、それについては気のせいかもしれません。今は全然、そういう臭いはしませんので」

 考えがまとまってきて、仮説が一つ出来上がった。というか、一つ思い出した。採掘方法には、大きく分けて二種類あるってことを。漫画とかゲームで採掘を知った身としては、採掘方法イコール、つるはしでガンガン削る方法、もしくは爆破するイメージが染みついている。だが、もう一つなら、削る必要がない。ただ、この世界で可能なのかという問題はあるが。

 だが、正解であれば、色々説明ができて点がつながる。

「川に行きましょう。ブルさん。案内をお願いします」

「わかりました」

 背後でプラエが無言で崩れ落ちたが無視した。

「テーバさん、ちょっと先に戻ってもらえますか?」

「お、なんだよ。仲間外れか?」

 にやにやと笑いながら言った。こちらも苦笑しながら説明する。

「もちろん違います。組合長に、四階の採掘をした日時を調べてもらってください」

「日時? でも、盗掘が行われた形跡はないんだろ?」

「形跡はなくとも、盗み出す方法を知っています」

「へえ。・・・もしかして、団長が犯人ってオチか?」

「私が犯人なら、もっとうまくやりますよ」

「だよな。了解。他にも何かあるか?」

「体調を崩している鉱夫がいないかを一緒に調べてもらってください」

「わかった。じゃ、先に戻って、暖かい部屋で一杯やるとするか」

 最後の言葉は、プラエに聞かせるようにしてテーバが戻っていく。

「では、私たちも行きましょう。プラエさん。恨みがましく去る背中を睨んでも、仕事は終わりませんよ」

 嫌がるプラエを引きずり、私たちは川に向かった。

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