第73話 自分の選択を無駄にしないコツ

「全員集まったところで、情報を共有、整理しましょう」

 テーブルを全団員が囲む。どれほど名が売れたかは知らないが、三メートルほどのテーブルに全員が並んで座れるほどの団員しかいない弱小団なのは変わらない。

「では、順次報告をお願いします」

 まず隣にいたムトを指名する。頷き、彼は懐から用紙を一枚取り出す。

「ボブさんから提供してもらった鍛冶屋、工房のリストをもとに、僕たちはミネラの東部を回りました。ここにはミネラの鍛冶依頼を統括する鍛冶組合とリストに該当する店舗五軒があり、全てを回りましたが、どこも歯車の依頼を受けていない、とのことです」

「受けていない、というのは、注文すらなかった、ってこと?」

「はい。全員、歯車なんて見たことない様子でした。まず鍛冶組合に行ったんですが、組合は大量注文、例えば同じ型の武具が大傭兵団や時にラーワー本国などから入った場合に、各鍛冶屋の技術力、生産力で注文を分散し、量産数を管理する、傭兵団の案内所みたいなところですね。で、そういう特殊なものは、大量生産をしたことがない、というのが組合長の話でした。もしあるとすれば、個人注文だろう、と。そういうわけで個人の注文がないかと聞いて回ったのですが、残念ながら」

「個人でも依頼はなかった」

 はい、とムトが項垂れる。

「それについちゃ、南側を回った俺らも同じだ」

 テーバが言った。

「南側にあったのは同じく五軒。あと、商店がいくつかあったのでついでに話を聞いてみたが、どの鍛冶屋のマイスターも店の店主も、中にいた客も知らないとさ」

「北側の私たちもです」

 テーバに続いてボブが答えた。

「リストを渡した身としては大変恥ずかしいのですが、全て空振りに終わりました。お役に立てず、申し訳ない」

 机に頭を下げた。

「いえ、気にしないでください。西側の私たちも、有力な情報は得られませんでした」

 ううん、と全員が唸り、首を捻ったり腕を組んだりと思い思いの仕草で頭を抱えた。

「ただ、確認したいことがあるんですが、プラエさん」

 突如話を振られて、ぴくんとぼさぼさの長髪が跳ねる。

「ん? 何?」

「鍛冶屋のマイスターが言うには、この歯車は鍛冶屋以外が作った可能性がある、とのことです。もしくは、未熟な鍛冶屋か。本当に鍛冶屋なら、もっと出来がいいのでは、と。それで、鍛冶屋以外で鉄を加工する技術があるのは魔術師や細工師がいると聞きました」

「ああ、そうね。確かに魔術媒体に鉄を使うことはあるけど、正直魔術師が加工するとは思えないわね。魔術師の鉄の使い方は、丈夫さを活かして魔道具の土台にすることの方が多い。もちろん、細工を施すこともあるけど、鉄の加工に関してはミネラだけでなく、全世界の鍛冶屋の方が扱いは上手いし、魔道具の効果は細工の精密さが魔力の伝達率につながるから、余程の自信がなければ自分からはしないかな。細工をするならもっと加工しやすくて、かつ伝達率の高い素材はあるから、無理に鉄を使う必要性もないし」

「なるほど、そうですか」

 魔術師の線は薄そうだ。

「やはり、別の国で作られたのだろうか?」

 ギースが口にする。

 アルボスでは、車を運用しようとしていた敵は、自らのことを『虐げられる側』といった。つまり、現在リムスを支配している五大国以外の国ということになる。

「うーん、大量の鉄が消費されていたから、てっきりミネラに頼んだと思ったんですけどね」

 次の行き先を決める際、二つのルート候補があった。自称虐げられる側の奴らは、ヒュッドラルギュルムとカリュプスに火種を撒こうとしていた。単純に考えれば、この二国のうちどちらか、もしくは両国に虐げられている小国、属国が候補になる。なので、西と南を巡って一つずつ候補を潰していくルート。もう一つが、大量の車の部品が残っていたことを理由に、鉄の産出国を巡るルート。その中で、誰も見たことのない部品を加工するには技術がいる。輸入して自国に持ち帰り、そこからさらに加工するよりも、その場で加工したものを買い取った方が結局は安くつくのではないかという考えに至った。そこでまずはリムス最大の鉱山を有するラーワーのミネラに目標を定めたという経緯があった。

 しかし、こうも空振りが続けば、自分の仮説が間違っていて、正しいのは選ばなかった方ではないか、という気が強くしてくる。やはり小国群から確認していくべきだったか。秘密保持の観点からも自国で開発、生産を行ったのだろうか。確かに今はまだ、誰もこの歯車を見ても気づかないだろうが、ゆくゆくは気づく者が現れる。その時に見せる情報は少ない方が良いのは当然だ。考えれば考えるほど、選ばなかった方の魅力が高まってくる。

「今からルートを変更するかい?」

 私の苦悩を読んだか、モンドが声をかけてきた。

「そうですね。けど、せっかくここまで来たのに無駄足踏んだとは思いたくないと言いますか・・・」

「ここに来たのも無駄にはなんねえとは思うぜ?」

「? というと?」

「作った人間はいないかもしれねえ。けど、ここに来る決め手になったのは、鍛冶屋があるだけじゃない。鉄が良く取れるからってのもあるだろう。もし自分の国で作ったのだとしたら、輸入のルートを調べるってのも一つの方法じゃねえのか?」

 目から巨大な鱗が落ちた。確かにモンドの言う通りだ。試行錯誤も含めれば、かなりの鉄を消費したはず。もし仮に輸入していなかったとしても、それなら今度は自国内に鉄鉱山を有する小国を調べればいい。

「ありがとうございますモンドさん。確かにその通りです。作る方ばかりに目が行って、原料まで考えが至りませんでした。流石です!」

「参考になって何よりだ。が、あんまりそう褒めてくれるな」

 照れくさそうにモンドが笑った。

「褒められて悪い気はしねえが、ムトの奴の目が痛えんでな」

「ちょ、モンドさん!」

 テーブルを叩いて、ムトが立ち上がる。

「別に、僕は!」

「嘘こけ。すげえ羨ましそうな、妬ましそうな目で見てたじゃねえか。自分が良い情報持ってこれなかったくらいで落ち込むんじゃねえ」

「してませんよ!」

 唾を飛ばしながら否定するムトが、ふと、自分を見ている私に気づいた。

「いえ、その、団長。してませんから。大丈夫ですから。僕は至って普通です」

「え、ええ。はい。わかったから、まあ、落ち着いて座って?」

 促され、ストンと席に尻を置くムト。さらにちっさくなってしまった彼を、団員たちの生暖かい目が突き刺す。私も注意しよう。成果を出した人間は褒めて当然だと思っていたが、褒めすぎると他の団員がいい気はしないことがあるのだ。

「ムト君が、そんなに承認欲求が強い人間だったとは・・・」

 承認欲求が強い人間は、自分が褒められない、認められない中、他人が褒められると気分を害する、拗ねる傾向にあると何かで見た気がする。

 団長って大変だな。やっぱりギースに変わってもらえないだろうか。ちらと彼の方へ視線を向けると、人の心を読んだのか、ギースはこちらを向いて首を横に振っていた。

 努力するしか、ないらしい。

「じゃあ、明日からはそこも調査に含めましょう。輸出に関わっている商会を、ボブさん当たってください。輸出だけではなく、大量購入者がいなかったかも確認をお願いします。もしかしたら渋られるかもしれないので、モンドさん、一緒に行って『お願い』してください。ギースさん、ムト君はミネラの案内所で依頼を受注してください。加えて情報収集を引き続きお願いします。三人はその後合流し、私たちの商品を信用のできる店に卸してください。プラエさんは団員から要望の多かった携帯食の改善を最優先でお願いします。あとで私たち用に試食を用意してください。他団員は武具整備後、街で情報収集と依頼受注をお願いします。依頼内容に応じて、他団員と相談も行ってください。自分で片付けられそうなら即決で大丈夫です。ただ、戦闘になりそうならいったん保留し持ち帰ってください。くれぐれも自分一人で解決しないように。皆さんの実力は高く評価していますが、それでもお願いします」

「団長はどうするんで?」

 ジュールが訪ねてきた。

「私も武具整備のあと、街に挨拶回りを」

「挨拶回りするのなら、ぜひともミネラ領主に最優先で挨拶したほうが良い」

 一瞬、何を言われているのかわからなかった。ミネラはラーワーでも重要度の高い街だ。そこを任される領主は、かなり位の高い貴族となる。そんな身分も気位も高い相手が一介の傭兵の謁見など受けるわけがない。アルボスでさえ『アスカロン? 知らねえな。領主様は忙しいんだ』と門前払いされたのだ。そのアルボス領主以上の貴族に挨拶などできるわけがない。そもそもそういう権力者は色々あって苦手だ。

「いやいや、行ってもどうせ門前払いですって」

「そうかな? さっき鍛冶屋で騒がれたろ? 『龍殺しアカリ』だって。あんたやこの団は、アルボスからかなり名前が売れてきている。貴族は刺激に飢えているからな。ドラゴン退治の話はぜひとも聞きたがるんじゃないか?」

「いや、私そういうの話すの苦手なんですけど」

「適当に盛ればいいんだよ。倒したのは事実なんだから。今現在、あんたら以外でドラゴンを倒そうとか思う奴はいない。退治の方法を脚色しても誰にもばれない」

 国語の成績が十段階評価で四の人間に、即興の創作は無理だ。仮に謁見が上手くいったとしても、下手に話して不況を買いたくない。それなら、初めから会わない方が良い。

「苦手でも、作っておくべきだと俺は思う。あんたや、あんたらの目的のためにはな。貴族の情報網は、庶民とはまた別の領域だ」

 長年情報を武器にしてきた男の情報を語る言葉には力があった。

「心配すんな。よけりゃ俺もついていこう。何度か同じような経験をしたことがある。言葉に詰まったら横からサポートする」

 それならどうだというジュールの顔に、気は乗らないが折れた。

「わかりました。お願いします」

「おし、決まりだ。ムト君、これは仕事だ。団長取らないからそんな怖い顔すんなよ」

「してませんから!」

「愛しのプラエも安心してくれ。俺はお前一筋だ」

「くたばれ」

 人は相変わらず少ないが、少し騒がしくはなった。

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