第72話 三つの理由

「本当に殺さないとは思わなかった」

 ペルグラヌス戦後、宿屋で休んでいた私たちのもとに、足を引きずりながらジュールが訪れた。団員たちは素早く獲物を手に、ジュールを取り囲んだ。

 私たちはアルボスを攻めるエクウゥスの情報を得るために彼を捕縛した。大人しく情報を話せば命は助けると告げた。

 彼は、どういう経緯で依頼を受けたかなどは話したが、仲間を売るような情報は死んでも話さないと宣言した。このまま拷問にかけても、かけた時間に見合わない情報なら意味はなく、当時はいつ戦いが始まるかわからず、時間が最優先だったため、彼をどこかの空き家に縛って監禁しておいた。命を助けたわけではなく、結果的に命が残っただけだ。

「喧嘩をしに来たわけでも、復讐をしに来たわけでもない。そう殺気立たんでくれよ」

「警戒するなってのは、無茶な相談だぜ?」

 テーバが銃で狙いを定めながら言った。

「エクウゥスは壊滅した。その原因は主にお前ら自身のせいだ。けれども世の中には、逆恨みする奴がいる」

「まあな。君たちは俺の仲間を殺している。俺も君たちに剣を向けたし、殺すつもりで戦ったから、どっちもどっちで、恨むのはお門違いだってことを理解しているよ」

「復讐じゃなきゃ、何用だよ。お前らの生き残った数少ない団員たちは、逃げるようにして故郷に帰ったぜ?」

 それも当然のことだった。エクウゥスはアルボスに対して敵対行動を取っていた。残っていれば、アルボスの兵に捕らえられ、問答無用で処刑される。まだここに残っていることの方が不思議だった。今はまだ、街の混乱が収まっていないだけで、時間が経てば脱出も困難になるだろう。逃げるなら今のうちのはずだ。

「結論から言おう。俺を君たちの団、アスカロンに入れてくれ」

 驚愕の声が見事に重なった。

「ふざけんなよ」

「ふざけてなどいない。本気さ」

「どこに自分の仲間を殺した傭兵団に入りたがる馬鹿がいるんだよ」

「ここにいる。で、どうだろうか団長さん?」

 ジュールの目が私に向いた。私は、彼の仲間を殺し、彼に大けがを負わせた張本人だ。恨まれこそするだろうが、仲間に入れてくれと頼まれるとは思いもよらなかった。

「目的は何ですか?」

 ただ、彼の戦い方から、かなり合理的な思考をする人間ではないかとも思っていた。いくら死んだからとはいえ、死んだ仲間を目眩ましにして損壊させている。その方が確実に私を倒せると踏んだからだ。目的のために、自分の感情を飲み込めるのではないかと思った。そもそも彼自身、今回のエクゥウスの方針に反対の立場だったが、決定に文句も言わず団のために働いている。

「目的、というか理由は、三つだ」

 指を三本立て、ジュールが言った。

「一つ、知っての通り、俺のいたエクゥウスは潰れた。故郷に逃げ帰ることも考えたが、俺は傭兵以外の生き方を知らない。ならば新しい傭兵団に入るのが一番の近道だ。で、ここは今俺の一番近くにある傭兵団だってこと」

「近いからだと? ふざけやがって」

 傍らにいたムトが唸った。今にも飛び掛かりそうだ。彼だけではなく、ほかの団員も何かの拍子に飛び掛かりそうな雰囲気だった。

「三つ理由があるって言ったろ。せめて全部聞いてからにしてくれ」

 敵意や殺意を全身に浴びているにも関わらず、ジュールは肩をすくめて苦笑した。

「二つ目は、復讐だ。だが、君たちにではない」

「私たちじゃない?」

「ああ。前に話したか、俺はもともと、今回の依頼には反対の立場だった。リスクが高すぎるし、あと、悪い予感もした。その正体がペルグラヌスだとは思わなかったがな。うちのシフ団長もまた、連中に騙され、捨て駒にされた。俺は、そっちの方が許せない。連中が俺たちを騙すような依頼をしてこなけりゃ、俺たちはまだ生きていられた」

 少しだけ、心が動いている自分がいた。まさに自分たちが、騙すような依頼で壊滅したことがあるからだ。彼の気持ちが、少し汲めてしまうのを自覚した。周りの牙をむいていた数人が、口を閉じている。私と同じように気持ちを汲んでいるのだ。

 ジュールが私たちを見渡した。

「君たちも、この件の黒幕を追おうとしているのだろう?」

 だからこそ、冷静に、正直に話しておくのが同じ騙された者同士の最低限の礼儀だろう。

「追うかどうかは決めていません。結果として追うかもしれませんが。それに、追うとしても、あなたの期待に沿えるかどうかはわかりませんよ?」

「というと?」

「あなたも車、あの馬もなく走る道具を見たでしょう。あの技術を持つ連中を、できれば味方にしたい。そうすれば依頼の幅が広がります。利益優先で動くので、あなたの復讐に付き合う気はありません」

「かまわないよ。復讐、という言葉を使ったが、知りたい、という気持ちも含まれている。その気持ちの方が強いかな」

「なぜ知りたいんです? 自分たちをどうしてはめたかを、ですか?」

「それもあるが、その先だな。これだけのことをしでかす連中の狙いが知りたい。わかってるだろう? 今回の件、成功していればどうなっていたか」

「・・・領地を攻められたとヒュッドラルギュルムは疑心暗鬼に陥るでしょうね」

「そうだ。種明かしをするならば、俺たちの依頼の中には、それを煽るような噂を流布することも含まれていた。アルボスに撒かれた毒は、カリュプスに本店があるファリーナ商会の支店経由していた、というのも付け加えられる。残念ながら、種ごと踏み潰されたがね」

 エクゥウスが依頼を成功させていれば、ヒュッドラルギュルム対カリュプス、という構図が簡単に出来上がる。そして、彼ら大国は攻めてきたからあいつが犯人だ、なんてそんな単純な考え方はしない。もしかしたら別の国が仕向けたものではないか、ともきっと考える。何故なら、自分たちならそうするからだ。そして、五つの大国はにらみ合い、ゆくゆくは戦争にまで発展する。リムスが再び、戦乱の業火に包まれることになる。

「まさか、戦争を止めるために奔走するとでも?」

 冗談交じりに尋ねると、ジュールはそれもいいなと笑った。

「残念ながら逆だ。傭兵はこう考える。稼ぎ時だと。戦争が起こる気配がするのなら、勝ち馬に乗って戦い、稼ぎたいと考えるのは当然だ。そして、勝ち馬は黒幕の近くにいるのが常だ。そこから先は、同じ勝ち馬に乗るか、別の人間に勝ち馬を譲るように仕向けるか、臨機応変に考えようとは思う」

「その話、私たちが信じる証拠は?」

「残念ながら、君たちを納得させるような証拠は、俺のポケットにはない。今の俺にあるのは、まだ金を稼ぎたいって欲とこれまでの人生で積み重ねた経験や情報と、今話した目的、そんで、失うはずだった、拾った命だ」

 ただ、それら全部尽きそうになっているがとジュールは苦笑した。どういう意味かと問い返そうとしたとき、宿のドアが叩かれた。

「傭兵団アスカロン、夜分に失礼する。こちら、アルボス憲兵隊だ」

 私たちはドアと、苦笑しているジュールを見比べた。

「エクゥウス傭兵団の生き残りが、この辺りに潜伏しているという目撃情報を得たため、現在見回りを行っている。差し支えなければ、中を検分させてもらえないか?」

 そういうことか。彼にとって、私たちとの交渉は命がけなのだ。ここで引き渡されれば、激しい拷問の末の処刑は免れない。それでもここに来たのは、己の欲望を満たすためか。今話したことは全て彼の正直な気持ちなのか。

 判別はつかない。私たちがそう感じ取るように話したのではないかともとれる。情報収集を得意とする人間なのだから話術だって得意のはずだ。

 団員たちの視線が自分に集まっているのを感じる。見捨てるのは簡単だ。引き渡せばすぐに終わる。だが、彼の話の真意はともかく、まだ情報を握っている可能性は否定できない。

「三つ目」

 素早く小声で彼に問う。

「え?」

「三つ目の理由は?」

「今じゃないとダメか?」

「ダメです。早く。私たちも長く黙っているのは不自然です」

「どうした?」

 外から急かすような声に応える。

「ちょっと待ってください! 今、女性が着替え中です! すぐに行きます!」

「し、失礼した」

 もって一分か二分だ。視線をジュールに向ける。

「理由の三つ目だが」

 ジュールが視線を巡らせた。その視線がぴたりと止まる。視線の先にはプラエがいた。

「彼女、俺の好みのタイプだ。どうせ死ぬなら、死ぬ前にもう一度逢いたいと思った」


「街を救ってくれた英雄たちに手数をかけさせて申し訳なかった」

 アルボスの憲兵たちが部屋から出ていく。

「いえいえ、ご苦労様です」

 私たちは笑顔で彼らを見送り、ある程度離れたことを確認して、いまやプラエ専用となっているモヤシの袋を開く。

「もういいですよ」

「ええと、入団を許可してくれる、ということでいいのかな?」

「ええ。その代わり、団のルールは順守してもらいますし、知っていることは全て話していただきます。今から我々は運命共同体なのですから」

「もちろん。誠心誠意、団に忠誠を尽くし、団のために働こう」

 もぞもぞと袋が蠢く。かなり奥の方まで滑り込んでしまったらしい。

「アカリ、本気? 本気でこんなの仲間にするの?」

 心底嫌そうにプラエが言った。

「いつ裏切るかわからないわよ?」

「そいつは心外。これでも約束を破ったことはないんだ、よっと」

 ジュールの上半身が出てきた。

「「「あ」」」

 頭に彼女の下着を載せて。しかも私が考案した現代の下着のデザインの中でもちょっと攻めた感じに仕上がったセクスィーなタイプのやつ。だってこの時代の下着、肌触りもデザインも良くないんだもの。開発するよね?

 恐ろしいまでの沈黙だった。気づいていないのはジュール本人だけだ。全員が恐る恐るプラエを見た。彼女は笑顔だった。アルカイックスマイルだった。その笑顔のまま、彼女はジュールに近づいた。好みの女性に笑顔を向けられ、戸惑うジュール。その彼の口に、プラエは新作の回復薬が入った瓶を突っ込んだ。効果も味も粘度も従来の二倍と謳った新作だ。

 きっと、死んでいた方がマシだと思えるような苦痛を文字通り味わい、ジュールは白目をむき、悲鳴を上げることもできずに倒れた。

「実験台には、ちょうどいいわ」

 そう言い放ったプラエの顔を、私は忘れない。滅茶苦茶怖かった。

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