第71話 新入団員

「お疲れ様です」

 宿屋の食堂に戻った私とジュールを、ムトが迎えてくれた。

「ただいま。他のみんなは?」

「ほとんどの団員は帰ってきています」

 彼が横にずれると、食堂の奥ほど、暖炉を囲むようにして団員たちが固まっていた。火に当たりながら、シチューを口に運んでいる。かなりの熱さらしく、息を何度も吹きかけながらも、シチューを口にした団員たちは顔を緩めていた。雪降る中、街中の鍛冶屋を回っていたのだから体が冷え切っているのだろう。かくいう私も、手足の先が痛みを発している。彼らに近づくと、ムトが椅子を持ってきてくれた。礼を言って腰掛ける。早速手を暖炉に向けると、ちりちりとしたかすかな痛みとともに熱が広がり、手指に感覚が戻ってくる。

「ほとんど、って言ってたけど、戻ってきてないのは?」

「ギースさんと・・・」

 ムトが言いかけた時、扉が開く音と一緒に、寒風が流れてきた。

「ああぁもう、わかっていたこととはいえ、寒いですねぇ」

「北国ラーワーでも北部、しかも山間部で、外は雪が降っているのだから、寒いのは当たり前だ」

「私、寒さに弱いんですよね。だから本当はカリュプス本店かカリュプス内の店舗の配属がよかったんです。でも、カリュプス領内の主要店舗は全て埋まっているし、行けるとしたら他国の新店舗しかなくて。それでもヒュッドラルギュルムのアルボスは比較的気候も安定しているので過ごしやすかったもんですが」

 はあ、と大きな息を吐きながら、新たに入ってきた人達は目深にかぶっていた毛皮の帽子を脱ぎ、雪を払い落とした。

「あのままアルボスで一生を終えるものを思っていたんですが、人生とはどう転がるかわからないものですなぁ」

 しみじみと、『元』ファリーナ商会アルボス支店店長のボブが肩を落としながら言った。

「仕方あるまい。お前はあのアルボス襲撃事件で死んだことになっているのだから。それとも、実は生きていますと本店に挨拶に行くか?」

 意地悪い笑みを浮かべて、同じく雪を払いながらギースが言った。

「ドラゴンに食われて死んだことになっているから、お前はファリーナ商会からの責任追及と損害賠償から逃げられているのだぞ?」

 ファリーナ商会は現場の判断を尊重するため与えられる権限は大きいが、責任も大きくなるタイプなのだそうだ。店長には商品の仕入れや店舗のデザイン、従業員の雇用等、かなり自由に行うことができ、その分の予算も配給される。しかし、損害を出せば当然罰則が科せられる。売り上げが使用した予算に似合わなければ次からは予算は削られるし、給料の一部を損害の為に補填させられる。ましてや、店舗を焼失させたとなれば、どれだけの請求と罰則が科せられるかわからない。それが天災であれ人災であれ、責任追及は免れない。

 しかし、責任を負うべき人間が死んでしまえば責任の問いようがない。店長本人にのみ問う辺り、まだ悪徳な金貸しよりもましだろうか。金貸しであれば、家族や親せき縁者にまで責任を問うものだ。

「わかっていますよ。もちろん、無職となり、どうやって家族を養っていこうか途方に暮れていたところに声をかけていただいて、感謝もしてます。私の城に火をつけたのはこの際目を瞑りますとも」

 ちなみに、ボブの家族はカリュプスにあるボブの故郷に戻っている。父親が死んだことになっているので、親せきの元のほうが娘を育てやすいためだ。離れて暮らすのは辛いだろうが、戻ればせっかくの偽装工作が無駄になる。数年は戻れないのを覚悟して、ボブは私たちについてきた。カリュプスやヒュッドラルギュルムから離れれば離れるほど、彼が知り合いに捕捉される可能性は低くなる。生きていることを悟られにくくなる。

「ははは、言うようになったな!」

 ボブの背中を部隊長のモンドが大きな手で叩いた。

「ちょ、痛いですってモンド隊長! 私は皆さんと違って軟弱なんですよ! 言ってて情けないですけど!」

「悪い悪い。しかし、会った頃はびくびくしていたあんたが、今じゃ憎まれ口を叩くようになったんだから、ずいぶんと慣れたものだ!」

「私はまだマシですよ。被害者面して金を貰うためについてきてるようなもんですからね。慣れたと言うなら、そちらにいらっしゃるジュール氏の方が、馴染むまで大変だったんじゃないですか?」

 話を向けられ、ジュールは苦笑した。

「確かに俺は、元は敵だった。だが、傭兵でもある。傭兵は金次第でその日味方だった奴と次の日には敵になる可能性がある。そういうもんだと割り切らなければやってられない。それに、俺がいた団はすでに壊滅した。ならば生きるために新しい団に入るのはおかしなことじゃない。しこりが全くないと言やウソになるが、今はここで、できることをやるだけさ」

 それに、とジュールが続ける。

「入団を許可したのはこちらの団長さんだぜ?」

 ポンと気軽に肩を叩かれた。

 確かに最終的に入団を許可したのは、団長の私だ。しかし彼といいボブといい、今はすっかり馴染んでいるムトといい、うちの団は一度問題を起こしたり、起こされた人間しか入ってくれないのだろうか。

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